第8章ラヴァーズ・エンド
第8章ラヴァーズ・エンド1
少女が白髪の老人と共に、各地を放浪して世界を見聞する。その先々で古い時代には迫害もされ。
時代が降れば、魔女への信仰や蔑視も失われていき、そもそもが人々に魔女の実在を信じる向きもなくなってしまう。
故に少女は旅人として、老人と孫の道連れの様なモノとして認識され。
あちこちで害を為す怪異と、日夜戦っていたのだが、それを町の人間が知る訳もなければ、感謝などするはずもなく。
そういう人生に嫌気も差さなければ、ただ少女は自らの使命としてではなく、それが好きだからという理由で、命を賭けてひたすら夜の間戦い続ける。
その姿はやはり魔女であり。人々が恐れていたその異形の力を有するモノでもあったのだ。
しかし、恐らく少女は人がとてつもなく好きで、少女自身かなりのお人好しだったのだろう。
故に少女に自らの望みはなく。ただ人の世の平穏を望み、市井の人々が笑い合う世界が希望であり。
そこに少女の入る余地など考えたことはなかった為に、老人には呆れられていたが、それも少女のひた向きさだと馬鹿にされずに認められ。
だからこそ、人と対立する魔はいつまでも減らず、彼らも生き延びることに必死で。
捕食者を狩る者達と共闘したりもするが、彼らは少女を認めることもなく、老人は絶えず宗教的な過激思想には憤っていたが、それを根絶することは人間の性質上困難なのも理解していたから。
少女らはその矛盾も含めて人間の尊さなのだと、半ば考えるのを放棄するかのように、単純な善悪の線引きをしなかった。
そういう意味で、魔物と戦うのもとても苦渋の決断だっただろう。
魔物にも生活があるのは分かっていて、生きる為に人間を糧としていたのだから。
その矛盾が許せなかったのが、少女の弟であった。
彼は、世界をあるべき姿に変貌させなくてはと、次第に狂気に駆られていった。
そう、それこそが老人の忌むべきとした、極端な思想的傾向に違いなかったのだが。
そして、彼は世界を巻き込み、災害となった。故に少女は断腸の思いで、彼と敵対することを決意したのだ。
――彼の顔が初めて目に浮かぶ。
私が見ているこれは、恐らくユーリの精神に触れている過去の記憶だ。
そうやって走馬燈のように、ユーリの辿って来た人生を夢に見、私は何やら不思議な心向きのまま、クリアにいつも以上にスッキリと目を覚ますのだった。
目が覚めると、当然のことながら、私は裸だ。隣を見るとユーリも素肌のままですやすや寝ている。
・・・・・・今日はユーリより早く目が覚めたんだなと思うと、少し誇らしい気持ちになりそう。ちょっと個人的には、初めての体験で嬉しい気分。
シーツを見ると、やはりじんわりと濡れていて染みになっていたので、昨日のあの行為を思い出してしまった私は、妙に恥ずかしい思いがした。
そりゃああんな風に告白し合って、抱き合って、あちこちに触れられていれば、下半身が反応しないはずはないでしょう。
また洗濯をしないといけないなと考えてから、私はユーリの所に毛布を掛けておく。そして、リビングに一人服を着てから向かう。
今朝はレモン風味の紅茶を選択した。そういう銘柄を店で発見したのはいつだったか。これはレモンの味もするし、仄かにレモンがティーバッグの中にブレンドされているのだろうか。
それにしても。ユーリは本当に弟を殺してしまうつもりだろうか、と考えると気が重くなって来る。
ユーリは決意しているようだけど、あまり自分が手を下したくないんじゃないかしら。
だったら私が汚れ役を請け負えたら。
そうはいっても、私が上手くシン・クライムの魔術式を破壊し去ることは出来ないだろうけど。
ソーセージを茹でて、先生が買っていた切れ込みの入っているロールパンに挟んで、ケチャップとマスタードを掛けた物を、私は一人食べる。
紅茶はホントに何でも合うから好き。先生が好きだったからっていうのもあるけど、単純に癖なく飲める。勿論、アールグレイのように好みの分かれる銘柄もあるけれど、大抵は色んな飲み方が出来て、息抜きにも朝や夜のちょっとした時間でも飲めるのだから。
――――驚いたのは他でもない。眼鏡を傍らに今は置いていたのだけど、何故か暴走することもなく、かなりの程度で私の眼は安定している。
ユーリの精神の感覚と同調しているからかもしれないが、少しくすぐったい様な、何か変な感じだ。
このいつも一緒にいる様な、他人の魔力が混じる奇妙な身体感覚にも、徐々に慣れていかないと。
――これならもしかして、全開に私の魔眼を使っても耐えられるのでは。
どこまで壊れないでいられるのか、まだ余談を許さないのだろうが、私が戦力になるのなら、もっとユーリの負担を減らしてあげたい。
それにしても、まだ小松さんがやられてしまったリアルな実感がない。
友人が亡くなったのになんて薄情な女かと思われるかもしれない。
でもホントにただ事実として受け止めてしまったことが重すぎたのか、未だにあの姿を見ると気さくに話しかけてくれる、あの優しい子がいつでも現れる気がしてしまうんだもの。
それにやはり私の性質なのか、先生の時と同じでただ単に事実を事実として、そのまま何の抵抗もなく受け入れてしまっていて、精神が鈍磨しているのかしら。
シン・クライムの実験した後の光景も夢で見た。吸血鬼に自らなってしまい、最初の段階ではまだ自我はあったようだ。
そして、姉弟の訣別。
もう和解なんて結末は望みようがない。お互いに彼女らは年月を経すぎたし、もう後戻り出来ない所まで、彼は来てしまっている。
既に暴走して、初めの理想なんて欠片もなくなってしまい、世界を変貌させるという志向性だけが残った〝現象〟になってしまっているのだから、後始末をしてその世界を閉じてあげることが、最後の弔いなのかもしれない。
それにあのまま行けば、恐らくあの原理の使者ってやつが、行動を起こしてどうにかしてしまうだろう。
だからその前に私達で止めてしまいたい。結果は同じだと誰かが言うかもしれないけれど、でもそれは違うのだ。自分達のケジメだから。
最後にはでもあの奇妙な女の子の力が必要になるかもしれない。
だって、シン・クライムは誰の手にも負えないくらいの巨大な災害になってしまっている。
――そう。だから終焉に向けて、心を落ち着かせて備えなくては。
不思議と私の心には不安感はなく、静かで透明な心境だったのだと思う。
それは後に控える試練を、何も見ない振りをしているだけかもしれないけれど、でも今の私にはそんな風にあれこれ思い煩うだけの余裕、というよりは些事の様な思念に割く必要がなかったんだろう。
ユーリが起きて来るまで、私は静かに過ごす為に、『All My Loving』を聴いていた。奇しくも、この曲がジョン・レノンの亡くなった時に、どこかで流れていた曲だったと教えられるのは、少し後のことだった。
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