第6章夜は続く。魔女と女の子、または因縁とシスターと。そして二人の関係2

 ううぅーん、パチパチと目が覚めて目を開くと、そこにはまたユーリが。

 随分、この魔女は楽しそうにニコニコしている。いや、にやついているかもしれない。


 ・・・・・・そんなに私の寝顔を眺めるのは楽しいですか。


「おはよ、ソラ」


 モゾモゾと布団を撥ね除けると、スッと照れたようにユーリは目を逸らす。

 どうやら、パジャマがはだけていたようだけど、結構意識してしまっているんじゃないですか、ユーリってば。


 そういう風に見られると、ちょっとこっちも恥ずかしくなってしまう。恐らく昨日のことがまだ尾を引いているんだろう。


 なので、ユーリには出て行っても貰って、素早く着替えることにする。


 ユーリは部屋を出て行く時に、


「紅茶容れて待ってるわね。キミエのを見ていて、どこに何があるか覚えちゃった」


 とのたまった。

 うむ。それはありがたい。楽しみにして支度をしよう。


 とりあえず今日は実の所、学校は普通にお休みなのであるから、私服に着替える。

 そんなにレパートリーもないし、別に着飾る訳じゃなく、ユーリを喜ばし続けられるかは分からない。


 朝食はいつも簡易に済ませているので、ユーリは不満に思わないかと心配したけども、そんな不安は杞憂だった。


 ユーリは当たり前だがパンでも充分だったし、紅茶の抽出の時間もしっかりしていて、それはもう美味しいミルクティーに与れたのは、いつも先生の容れる美味しい紅茶を頂いている私でも思ったくらいだ。


 牛乳と砂糖の割合も絶妙じゃないかしら、これ。


「ふふ。ソラってやっぱり可愛いわね。だからこそ不思議なんだけど」


 不思議ってなによ。そんなに可愛く思われても、何もサービスは出来ないわよ。


「そうね、どう言ったらいいかしら。ソラってあんまりこだわりがないみたいなのよね。こう執着っていうかさ」

「む。そんなこともないと思うけど」

「じゃあ、何か好きなものはあるの? 嗜癖って感じのもの」

「うーん。嗜癖、ねぇ。まぁ、先生の聴いたり読んだりする物は結構何でもいけるわよ。ロックだって親しみはあるし、本も色々読めるし」


 やれやれ駄目だこりゃ、みたいな目線をくれるユーリ。え、そんなにおかしい発言だったの、今の。


「だからね、そういう問題ない、支障はありませんって態度じゃなくてね、これが好きなんだ、これがなくちゃ生きてる意味なんかないっていうのよ。わたしで言ったら、実を言うとね、イギリスにいた時にハマっちゃってね、紅茶には目がないのよ。ホントに美味しい紅茶は、リーフで容れなきゃいけないってくらい」


 ははあ。それで普通に先生の生活にも溶け込んでいたんだね。それなら、結構先生とは気が合ったんじゃないかしら。


「そう! そうなのよ。コーヒーばっかりに支配されて、この世は嘆かわしいってキミエは言ってたわ。仕事のお供もキミエは紅茶だって言ってたかしら」


 そうなのよね。私も本音を言うと、冷めたコーヒーは美味しくなくなるけど、紅茶は冷めたのでも美味しく頂けるという意味でも、紅茶の多様な楽しみ方や銘柄があるのも含めて、その辺りは先生の影響か、私も紅茶党なのかもしれない。


「で、よ。そういうのがソラにはあるのかってこと。テーマパークとかには行きそうにないし」

「テーマパーク・・・・・・遊園地とかは、まぁ確かに興味はそんなにないかなぁ」

「部屋も素っ気ないし。だからって虚無的に生きてる風でもないのよ。そうね、日本語でどう言うんだったかしら。えーと、柳に風、とかなのかも」


 へえ。難しい言葉知ってるわね。でも、そんなにのらりくらりしてるみたいに見えるのだろうか。


「あ、そうよ。私、ボンヤリするの好きなんだ。余裕がないとそういう時間もないし、雲を眺めたり、雨音を聞くのもいいしさ。テレビとかを漫然と付けているよりは、ボーッとしてる時間が好きだなぁ」


 あ。なんか奥歯に物が詰まったみたいな、驚いた目をしてる。そこまで変に思われるのは、なんか反発心感じちゃう。


「ふーん。やっぱりあんまり強いこだわりが薄いのが、生命への執着も強くない証拠かしらね。そういう個体は、過酷な環境で生き残りづらいから、凄くわたしは心配なの。分かる?」

「・・・・・・一応は。でもそれでもいいわよ。必死に生き過ぎたら、生きられないってなった時に、辛い思いをするし。死を身近に感じてる方が性に合ってるの」

「ふむ。面白いこと言うわね。わたしの身元引受人のお爺さんなんか、生きる貪欲さが失われては、人の生としての成長も発展も何もないって言うくらいなのに。でも、そっか。その方がソラらしい、か。うん。そういう意味で無防備に見えるから、すっごく可愛く、とびきりキュートに見えるのかも」

「ん」


 今度はこっちが逆転して、変な目をしていたかもしれない。ユーリってば、そんなに私を褒めてどうするつもりなんだろう。

 さっきまで批難されてたはずなのに、それが可愛い所だって言うなんて。


「でももっと楽しいことはしたいわ。ソラとも共有出来るようなの」


 ふむ。今度はこっちが考え込む番だ。うーん・・・・・・ああ、少しだけ好きなのはあったかもしれない。


「一ついい?  私思い出したことあるの」

「なになに。ソラにも目を輝かせる、嗜癖があったのかしら?」

「うん。実はって言うのもなんだけど、シューマン作曲の『子供の情景』が好きかも。ピアノソロでさ。トロイメライとか、やっぱり郷愁を誘うって思うのよね」


 へ、と声を漏らすユーリ。あ、日本語のタイトルじゃ分からないかな。トロイメライで分かるかしら。


「なるほど。ある意味、不定形の未完成。子供の素朴な意識なのかも。ソラの場合、それにあんまりワンダーを感じる感性が弱いだけって部分があるのね。それだけまだ魔眼に苦労しない時代が恋しいのかしら」


 とりあえずは通じてるみたい。なら、いいか。


「そういう訳じゃないけど、どうもね。無邪気に生きられたらどれだけ良かったか、とはいつも思うよ。世界に対して何の疑問も呪いもなく、他人の毒や苦しみを見ないで済んだらって」


 なんだかしんみりしたことを言ってしまうのは、ユーリが分析的な発言をするからだ。


 私としては、そうね、子供が遊んでいられる世界を守るのに、何か大人が、そういう戦いをしていかなくちゃいけないとは思っているんだけど。間違っても児童虐待なんかを見過ごしていたらいけない。


「それが小さいことへのコンプレックスに繋がってるの? ソラは」


 ・・・・・・またこのヒトは何を言い出すのか。

 だから何度も言うように、そんな話は全然私は気にしてないって言ってるのに。


「あのね。不便はあるけど、別にそういうことでどうこう今更思わないんだから」

「いいえ。そうは思っていないはずよ。魔力の小ささとか、体の小ささ。これは性的な差別があるとかそんな話ではなくて、機関のエージェントとしてやっていくのに不安ではないか、とそういうことなのだけど」

「ああ、そういう。それなら確かにちょっときついなって思うわよ。でも胸が小さい方が走るのも苦じゃないし、背だって小回りが利くのはメリットもあるって言い聞かせてるつもりなんだけど」

「その分、ソラはナイフを武器にするから、リーチが短いのはデメリットよね。だからってあまり無闇に〝崩壊〟は使っちゃ駄目よ。あれは脆い部分の神経を、ズタズタになるくらい使いすぎるんだから」

「うん。それは理解してるつもりよ。でもやらなきゃいけない時は、そんなの言ってられないでしょう?」

「それがあまりにも危機感が薄い証拠なのよね。式神も有効活用すればいいし、ナイフも改良の余地はある。今のソラには無理だとしても」


 そうだ。もっと力を付けて、自分でも退魔の力を自由に行使出来るようになりたい。でも先生という師がいなくて、本当にこれ以上スキルアップなんて出来るのかしら。


「とにかくもっと生きるのに執着を持つことね。誰か死んだら泣いてくれる人でもいないの?」

「そう言われてもねぇ。学校に友人はいるけど、別にその場で泣いたからって、段々記憶も摩耗して忘れられていくだろうし」

「――呆れた。だから精神構造が危ういって言ってるのよ。っていうか、もうわたしだって貴方に死なれたら寝覚めが悪いわ。凄く信頼してるし、強く惹かれちゃってしまったんですもの」


 うわ。そうユーリみたいな美人に、そんな風にポンと言われたら、こっちはへどもどして困っちゃう。


 こんな寂しさを隠せない魔女を悲しませたくはない。大体、そういう意味では私にだって、このヒトともっと生きてみたいとは思うのだから。


 まぁ、口にはその台詞は出さない私なのだけど。


「うーん・・・・・・。でもホントにソラってば、愛らしくて小っちゃくて、子供みたいに可愛いわね。えーと年齢はホントは幾つなのかしら?」


 馬鹿にされてる。そうよ、絶対にからかってるのよね。


「――十六よ。まだ誕生日は来てないし。高校二年なんて、ユーリからしたら、そりゃあもう子供なんだろうけどさ」


 少しむくれてみせる私に、ユーリはぷぷっと笑いを隠せないようだ。笑えばいいわよ。もう好きにして。


「なるほど。改造人間にはソラより小さい、子供みたいな歴戦の戦士なんかもいるから、こういう人間は見慣れてるのかと思ったけどね。わたしにとってソラみたいなヒトは初めてだわ。こっちの心が温かくなるのに、見てると不安な気持ちにもなる、この奇妙な相反する感じ」


 それはどういう・・・・・・。私ってそんな不安定な人間だろうか。

 それが生と死があまりバランスが取れすぎていて、どちらかを重く見過ぎないとでも言うかのように。


「・・・・・・それにさ。ソラはキミエのことも、戻らないとしてもそこまでショックに思ってないんじゃないかって。そんな風に見えるわ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ほら、あんまりそわそわもしないし、キミエはキミエで上手くやるだろうし、駄目なら駄目でお互いが勝手に後は自分で戦うって感じの師弟関係に見えたから。キミエも逆に言えば、ソラのことを冷淡に見ている節もあったけど、あれはどう考えても本心を外に出さないでいようって、そうやってクールに振る舞ってたんだと思うな」


 また長々と語る。そうやって今日は核心に切り込んで来て、どういう風の吹き回しなんだろうか。追い込まれてるみたいよね。


「いや、それはそうかもしれない。どちらも万が一のことは想定しておけって、日頃から先生には言われてたもの。いざって時になったら、臆するかとも思ってたけど、確かに私は肝が据わってるみたいね。冷酷な人間と他人には思われるでしょうけど」

「いいえ。虚実機関での上司と部下の関係でもあったのなら、それは自然な成り行きよ。親子としては歪だけどね。でもエージェント同士があまり思い入れを持つのは良くない、と機関の人間は誰もが言っていたものよ」


 ふむ。果たしてユーリはどんな改造人間と出会って来たのか。

 まさか要さんと出会ってるってことはないだろうけど。だって〈七色の虹〉とかその手の異名がその口から出ることはなかったし。


「お互いに辛いわね。ちょっとしんみりしちゃった。何かあるなら、音楽でも掛けてよ。キミエのこと考えるのと、ソラをもっと深く知りたいから。それで雑談でもしましょ。まだ夜には沢山時間があるでしょう」

「・・・・・・うん、そうね」


 そう言って、じゃあ何をプレイしようかと思って、暫し考える。

 そうか、と思う。ちょっとは情感的な部分も私にはあるんだぞと思わせる物を掛ければいいんじゃないだろうか。


 そう考えてクイーンの『オペラ座の夜』を流すことにした。


 しばらく流しながら、二人して無言。ちょっと沈黙は気まずいが、音楽に集中しようと思って、耳を傾ける。

 最初は恨み言の歌だけど、徐々にロマンチックな曲になっていく。今日は土曜日だとしても、別に日曜日の歌があってもいいんじゃないだろうか。


「ふーん。なるほど、こういうのも好きなんだ。もしかして何かわたしにアピールしようとしてないかしら。あんまり’39みたいなしんみりした思い出に、ソラの性格からして、浸りそうにはないのだけど」


 それは同意だ。あなたがわたしに生を与えてくれた、とかの歌詞だって、私のようではそりゃあないだろう。


「でも確かにこれは、わたしもサウンド的にも好きかな。普通のロックバンドと大分違う気もするし。でもやっぱり最後の『ボヘミアン・ラプソディ』を考えたら、ちょっとソラっぽいかも」


 うーん。そうなのだ。

 確かにクイーンは女性人気も高いから、その着眼点からも他のロックバンドでは見せてくれない世界が展開されていて、私もそういう部分には惹かれもするし、好きであると言えると思うのだけど。


 でもそう、最後の曲は諦念みたいで、私は特別に思い入れが実はある。

 この世界に呪いや未練があったり、どうしようもないことを嘆きはするが、でもどうってことないさという、悟りなのか諦めてしまっているのか、そんな少し自己にも世界にも距離を取るスタンスが凄く気に入っているんだから。


「ソラともっと付き合って、お互いのことを知らなくちゃね。それくらいずっと仲良くしていたい気分。・・・・・・わたしもホントは話さないといけないことは、ちょっと今話せなくても幾つかはあるのだけど」


 それは分かっている。夢の内容に続くことだろう。だから敢えて私も言葉にはしない。


 恐らく、同期したことで、少しは自分の中を私にも見られているのを、ユーリだって承知のはずだ。

 それでこっちの中も見てしまって、こんな話を続けているのかもしれない。


「それにしてもさ。シン・クライムってどれだけの規模の術式を造ろうとしてるの。そんなに凄い魔術師だったとか?」


 話題を少し変えてみる。自分のことばかりをあんまり聞かれるのもむず痒いから。


「ええ。でもその理想を実現出来なかったという意味では、二流の魔術師なのかもしれないわ。あの男は全ての世界を理想郷に変えたかったんだと思う。それがねじ曲がってしまって、あんな気持ちの悪い世界を形成している」


 全ての世界を理想郷に、か。

 その誰かが苦もなく憂いもなく、平穏に常春の世界で暮らせるように。


「でも、元から一人の魔術師の力量では、到底無理な研究だったのよ。だから人を喰らう吸血鬼になって、固有吸血界十七柱にまでなってしまったんだから。何でも前の位の十位だったかの祖をも呑み込んでしまって、その位に認定されたくらいだもの」


 むむむ。その名前は聞いたことがある。それって吸血鬼の世界では頂点に君臨しているといわれる、人類の宿敵じゃないのよ。


 虚実機関も容易には手を出せなくて、小競り合いを続けているとか。

 まともにやり合おうとするのは、一部のエクスキューショナーの組織くらいなものだろうと思う。


 その一角にシン・クライムはいるのか。


 そりゃあ相当に強大で、逆に言えば人としての理性などもう欠片もなく、一つの現象になってしまって〝災害〟と呼ばれるのも分かったかも。


 少しぶるっとして、恐ろしい気がした。今更その敵の情報を聞いて、怖じ気づいてしまったのか。


 私だってまだ小娘だ。幾らそう達観しているとか、希望を抱いていないとか言われていても、そんな怪物だと知ったら少しはビビるってもんだよ。


「大体ね、この世界には原理の使者なんていう、理解不能なのがいるって噂なのよ。境界を超え出た存在は、それに歪み《ディストーション》として修正されるって。今はまだ人間に対する害だけど、恐らく彼も遠からずそうなるはず・・・・・・」


 ・・・・・・これは、あの時のあの体験を言っておいた方がいいのだろうか。

 うん。ユーリには隠さず言ってしまおう。


「あのさ、私この前帰りにその原理の使者っていうのに会っちゃったかも」

「うそ?! ホントに? だ、大丈夫、だったのよね?」

「うん。この通り私自身はピンピンしてるわよ。でもあれはイニュエンドゥって名乗ってた。なんか掴み所のない感じだったかしら。下手に刺激すると世界への汚染に繋がるとかも言ってたかな」

「――――ふーん。でも当面わたし達のやることは変わらないわ。そんな不確かなものを宛に出来ないもの。人の世界は人が守らなくちゃ」


 自分は魔女なのに、よく頑張る。

 時々その事実を忘れてしまいそうになる。

 そんな私の視線を見て感づいたのか、ユーリはもう諦めたように語る。


「ええ。わたしだって人間の醜さや邪な欲望くらいは十全に理解しているつもりよ。でもね、綺麗なだけの薔薇の花がないように、人間も様々に形相がグラデーションとして、一様じゃなく存在する。単純に善悪の二分法で分けられないし、善の人間が悪を為せば、悪が善を為すこともあるのだから」

「そりゃあそうだ。虚実機関だって人類を守ってるつもりでも、かなりあくどいこともしてるだろうし」

「ね。人間はだからと接続することもないけど、そうだとしても存在として尊いのよ。魔女のわたしが言うんだから信用して。人間だけじゃなくて全ての生き物が、なんだけど。虚実機関の人間的には、人間と対立する魔物は、本来なら仲良くは出来ないかもね」

「そっか。そうね。その吸血鬼と私達は戦ってるんだった。簡単に善玉悪玉と決められないけど、明確に人に害為す存在になってしまったモノは、それが人であれ魔であれ、やっぱり対処しなくちゃいけないわよね。つまり防衛はしないとって言うか」

「そう。自分の命を天敵から守ったり、逆に戦ったりするのにまで批難される謂われはない。ただその天敵も生き延びる為にやってたりもする訳だし、そこは生存競争の過酷な所かしら」


 生存競争か。巷では間違った解釈ばかりされて、本来のダーウィニズムである生物の多様性の概念が忘れ去られてると聞くけど。


「異なる種族同士が共存出来ればいいけど、相手を食糧にする生物がいる以上仕方ないのかな。棲み分けが出来ればいいのに」

「ま、生物として違うだけなら、そういう話にもなるんでしょうけど。多くの異端は、永遠の命を望んでいたり、魔術師が研究の果てになってしまうモノだったり、この世界を超え出ようとする、ディストーションに限りなく近い存在だから」


 うーん。そんなに彼らはこの世界や、自分の人生に不満があるんだろうか。

 そこが解せない。


「というよりも、不合理で不完全な世界を改革とか完成に近づけようとしているんでしょうね。自分の不都合な所を直視し過ぎるあまりに、それが見過ごせないんだわ」


 それは、ちょっとやはり私には感覚的に理解出来ない。

 自分は不完全であるのは誰だって知ってると思うし、何だったら神だって不完全だとする論だってあるくらいなのに。


「随分ヘーゲル的な理想論みたいに聞こえるわね。世界がいずれ、この世界とはまったく違うモノに変貌するとか、真理がどこかに実在するとか、もうとっくに捨て去った夢物語だと思ってたけど」

「それがそうでもないのよ。例えば、わたしみたいな星が刻印を施した魔女なんかを見れば、神秘を信じたくなるんでしょうね。それはあくまで星が防衛本能で作り出す力に過ぎないんだけど」


 それに、とユーリは言う。


「原理って絶対的なものでしょう。物理学的には、かなりゆらいでて確定的じゃないのかもしれないけど。その次の可能性、そう言ったモノはやはり魔術師には憧れなんだと思うわ」


 途端に阿呆らしくなってしまう。そんな理想の為に人々を犠牲にしている奴と、私達が必死こいて命賭けて戦わないといけないなんてさ。


 魔術だって本来は生きる為の知恵で、便利に使えればそれに越したこはないのに、変に可能性を追求し過ぎるのが、やはり魔術師って連中なのかもしれない。


 あ。やっぱりユーリが心配そうに見てる。私が命に執着がないって言われてるのに関係あるんでしょうね。


「ソラ。そこまで命を投げやりに思うことはないのよ。彼らのように究極を求める必要もないけど、命を尽きたら消えるだけだとか思うこともないんだから」


 そんな風に思ってるように見えるかなぁ。私自身があまりにものっぺりと生きてるからか。


「有限の命だからこそ、この世で必死になれるし、命を生きる存在が終生一生懸命だからこそ、それによって構成されている世界は尊いのだから」


 うん。言ってる意味は分かる。分かるんだけど。ね。


「でもね、一生懸命に生きるのはいいんだけど、それじゃ疲れちゃう時もあるから。だからゆるゆる中途半端に生きるのもいいんじゃないかなって、私なんかは簡単に言っちゃう訳なのよ。それって怠けてるかな?」

「――そうか。ソラは大分突き抜けてるってことなのね。わたしも無理しようって言ってるんじゃないの。自分の生に真剣に向き合おうって言ってるのだけど。なんて言えばいいのかな、だから死を意識して、ソラみたいに死をすぐ傍にあるものとして認識するんじゃなくて、もっとこう突然死が来るものでも、でも出会うことや、まだ今現在は生きていることにも目を向けるとでも言うのかしら」


 なんだか難しい話だ。サヨナラだけが人生だ、の続きみたいな話かな。

 それなのに何故また春は来るのか。


「まぁ、言ってる意味は分かるわよ。もっと欲望的な主体として、やりたいことをしていけって言うんでしょ。いいのよ、今はユーリの手伝いをするのが、私のやりたいことなんだから」


 そう私が言うと、少し顔を赤くして、そっぽを向いてしまう。

 直撃だったのかな。


「ああー、なんでそうソラは無自覚なのかしら。自分の為に生きてって言ってるのに。他人を助けることもいいけど、それに自分の為が含まれてなきゃ駄目なのに」

「? だからユーリが喜ぶことなら、私も嬉しいって、そんな単純な話じゃないの?」

「・・・・・・っ! うー、だからね、そうやってわたしに奉仕しても何もないの。わたしにそれほど心を寄せ過ぎちゃ駄目なの。それに絶対、ソラは深く考えてない。そこにそれがあるから、そうしてるだけよ」

「いやいや、それこそおかしいよ。私はユーリのその誠実な心に惹かれたんだから。ユーリがそんな話したんじゃないの。私だってユーリに幸せになって欲しいって、ちょっと今は強く思ってるわよ。そりゃあ付き合いはちょっとしかまだないけど、でもこれから仲良くなっていきたい。・・・・・・そんな甘い考えじゃ駄目、かな?」


 ふ、と漏れた一言。それに真っ赤になってしまうユーリ。でも彼女は誠実な魔女だからこそ、誠実に返事をする。


「・・・・・・わたしも、ソラのことは好きよ。確かにもっと仲良くなりたい。でも貴方は虚実機関の人間だし、わたしはノーブル・ウィッチよ。それでもいいの?」

「全然いいよ。何もそんなの関係ないわ。だって仲良くなるのに、そんな属性なんて関係ないでしょ。強いて言えば、女同士だから、こんなに意気投合出来るのかな、ってそれはちょっと思うけどね」

「・・・・・・うん。ありがと、ソラ。だったら尚更、自分を大事にして。それはわたしの為だと思ってくれるのでもいいから」

「――そうだね。そう考えると、ある意味空っぽな私でも気が楽かもしれない。ユーリを悲しませたくないから」

「そう。そんな調子よ」

「だから、魔眼も使わないといけなかったらだけど、存分に活用しちゃうかもよ」

「・・・・・・そう、ね。魔眼の力はホントは凄く役立つと思うから。でも無茶だけはしないで」

「うん。さ、お茶を今度は私が容れるよ。もうちょっとゆっくりしよう」


 私は立ち上がって、キッチンに向かう。

 今日の様な平和な一幕を、ユーリと共にもっと過ごしたいなと思いながら。



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