第6章夜は続く。魔女と女の子、または因縁とシスターと。そして二人の関係3
陽が落ちて来ると、緊張感も次第に否が応でも増大いく。
それなのに、今日は少しばかり、先生がいないのもあってか、ユーリと二人で過ごしていたからなのか、精神が弛緩している。
でもそれはすぐに打ち破られることになるだろうな、という予感は常にあり、戦いに赴くのだからそれは当然で、ユーリにはああ言われたけれど、やはり戦いに参加し始めたからには、いつ死んでもおかしくないと覚悟していなければならないのだろう。
夜の公園。
誰もいないのは当然で。
ユーリがポイントを探る姿が、私の近くにはあるだけだ。
しかし、そこも素早く対処してすぐに次に向かう。
私はというと、式神を起動させてみて、傍らに立たせている。
それは何か弓の様なものを持っていて、仮面をしている。
これで何が出来るのだろうと思ってしまうのだが、恐らく自律的に稼働して、味方を守ってくれるんだろう。
先生のことだから、かなり高度な術式で編んだ式神であるのは間違いない。
交差点にも人通りはまったくない。この危険な状況で夜間に外出する人もいないのだろうか。
それとも人々は、虫の知らせのように無意識に怪物が跋扈しているのを感知しているのか。
そもそもそれが生物の危機管理能力のはずだ。
でもそれに敢えて私達は向かって行かなければならないのだ。
突然。
向こう側に、ポツンと人影が。
街灯は暗く、電気は切れかけているのか。
それとも、そもそも立っている数が少ないから、それだけ明るくはないのか。
傍らを見ると、ユーリが息を呑んだ様な表情をしている。
「まさか――! あれが? でも――」
そう。その姿は少女のものだ。確かにそう見える。見えるのだが。
だが、私はそれをよく見た時に、瞬時に見覚えのある、旧知の姿であったので、絶句してしまう。
「そんな・・・・・・。あれが寄生体・・・・・・?」
「そうね。・・・・・・ソラ? え、もしかして知ってる顔が被害に・・・・・・?」
恐る恐るコクリと頷く。
そうだ。あれは紛れもなく見知った顔。
いつも笑っていて、私と仲良くしてくれたあの子は。
「小松さん・・・・・・!」
その少女は虚ろな目をして、最早生き物とはいえない姿になっていた。そこには死の臭いが充満している。
私はだが、心を落ち着けて、静かに眼鏡を外して仕舞う。
戦闘態勢に入らなくては。
――あれはもう、小松さんじゃない。
吸血鬼。シン・クライム。ディストーション。
私という一人の少女がどこまでやれるか分からないが、やるしかない。
瞬間、相手が消えたかと思うと、瞬く間にこちらに接近して、攻撃を繰り広げて来る。
それを〝疾走〟を使いながら避けて、こちらもナイフで切り掛かる。
一進一退。
こちらの一撃も辛うじて躱されて、あちらの攻撃も何とかこちらは間一髪で回避し続ける。
ユーリも加勢してくれて、攻撃は少しずつ当たる。
服が破れたり肉が裂けても、あちらは頓着などまるでしない。
そして、穴が空き、無数の手が這い出て来る。そして、それが伸びて来る。
今度はこちらが防戦だ。
それに捕まらないようにしながらでは、攻勢に出ることは中々難しい。
その穴は四方に広がっていき、何かの術式も発動しようとしている。
それを式神がいつの間にか、弓で射かけてくれる。
穴が爆発したように、その射撃で霧散していくのが見える。
それを続けていく式神。表情は仮面の為に読めないが、頼もしい限りだ。
こちらは相手を二人で畳み掛けようとする。
まるでずっとパートナーだったみたい。
そんな錯覚を覚えるほど、ユーリと息が合う。
ナイフは当たらないが、ユーリの魔術的切り裂きの様な一撃は、少しずつ命中しているのが分かる。
だが、相手はそれも構わず、反転して何かを飛ばしたり、切り裂いたりして来るので、こちらは改造人間でも苦しいだろう連続攻撃を、魔眼の力でどうにかこうにか、無茶して体に鞭打って動かして、常に避け続けるしかない。
――速い!
そんな実感がある。実際の吸血鬼との戦闘はここまで素早く行われるものなのか。
ホントにどうやって要さんは、あれだけの実績を上げているのか。改造人間でもないのにさ。
ただ、こちらの方がジリ貧になるのは、あちらの方が火力は上で、退魔の力を出していても、式神は穴を破壊するので精一杯だし、私はまさかあの奥の手を使わないのなら、ナイフの一撃をヒットさせられるほどのスピードはないようだ。
ユーリもこれは今がチャンスなのだから、何か一気に自分の力を解放した方がいいのかと迷ってる節だ。
もしかして、本来ならこの間の魔術式〈フラクチャー〉を使いたいのか。
なら、何故使わないのか。
――ハッと気がつく。
あれは恐らく、周りの反応に対して仕掛けるもので、敵味方の区別を付けられる式ではないのだ。
ああ、そうか。でもどれだけ離れればいいか分からないし、この状況で私だけ離脱しては元も子もない。
やはり魔眼を使うか。
――――そう思った、その時。
空から大量の水飛沫の様な、それも弾丸の様な、そんな物が大量に降り注ぎ、それを緊急的に回避する為に、小松さんの姿のシン・クライムは、ざざっと察知して後退する。
あれだけ一つずつ潰すのに手間取っていた穴の処理が、まさか一瞬で全て潰される。
シン・クライムを見ると、そこにジュージューと穴が空いているので、恐らく私のナイフと同じ類の水の攻撃。
一体、と思い空を見上げると、浮かんでいる一つの黒い人影。
――西洋の法衣を着ているだろうか。
その姿は女性だった。
見覚えは――ある。
――ああ、あの人は。
「――舞先輩?!」
「メイ・リーズ! 貴方やっぱり――!」
あれ、おかしいな。
別の名前をユーリが叫んだ気がしたけど。それもまさか舞先輩と面識があるだなんて、嘘みたいな話が、まさか。
「お喋りは後です。あれはまだ本領ではありません。それに逃走しようとしているようですよ」
ああ、空間に亀裂が入る。そこから逃げる気だ。
私はナイフを投擲するべきか、と逡巡している間に、舞先輩が水弾で一気に攻め立てていく。
なのだが、それは別の穴に阻まれて、すぐにシン・クライムは向こう側に溶け込んでいき、視界が開けた時には既に姿をその場から消失させていた。
それを見て、くっと誰かの声が漏れる。ユーリだろうか。
舞先輩は地上に降りて来て、私達の目の前に現れる。
「空さん。夜に出歩いたり危険なことはしないようにと、私言いましたよね」
何も言えず黙る私。
意味が分からない。舞先輩が何故ここにいるのか。
不合理ではないか。
その私の混乱を補うように、ジッと私を見据える舞先輩に代わって、ユーリが説明するのだが。
「その女性はメイ・リーズ。元は改造人間ウォーターと呼ばれていた、シン・クライムとも因縁のある人間よ。やはり安息同盟である貴方も動いていたのね」
「ええ。そうです、ノーブル・ウィッチ。貴方は規格外であり、今はまだ有益なので見逃されているだけである、ということをお忘れなきよう」
「ちょ、ちょっと先輩。一体、どういうことなんですか? 先輩の名前は、清峰舞さんでしょう。それがそんな僧服を着て、何してるのよ」
一瞥をくれる先輩。以前の優しい感じはまったくなく、冷たい眼差しだ。
ゾクッとする。鳥肌が立ったみたいに。
「改造人間ではないようですが、機関の人間であることは分かっていました。しかし、あれは機関でも末端の人間ではどうすることも出来ない化け物です。空さんには引いて貰いたいですが・・・・・・そうもいかないでしょうね」
「当たり前ですよ! 私だってユーリに協力してるんです。あなたは何の関係があるんですか。それに味方してくれるんなら、互いに協力し合いましょうよ」
その私の提案には耳を貸さず、先輩は更に衝撃的な言葉を口にする。
「そのことなら、そこの魔女に聞く方が早いんじゃないですか、空さん。彼女は語りたがらないでしょうけどね」
「な、なんで・・・・・・」
言葉にならない言葉を口にしようとして、舌がもつれる様な思考停止の感覚。
何を。言おうとしているのか。
「シン・クライム――いいえ、生前の魔術師としての名前で言えば、ウンベルト・エメラルド。その彼を追う、彼の目的である、彼の姉でもある、魔女ユーリ・エメラルドにしっかりとその辺りの話を聞くといいでしょう。世界は待ってはくれませんが、一晩くらい整理をして、関わらないでいるか決める猶予はあるかと思いますので。私は単独でもあれを今度こそ仕留めるつもりです。あれは規模からして恐らく、ここで完全な術式を開くつもりです。この教会の手が及ばない地で」
そう言うと、ブクブク言う水を漂わせながら、その場から飛び去ってしまう舞先輩。
まだ、聞きたいことはあったのに。
それにあの舞先輩が改造人間?
クエスチョンマークが飛び交い、ユーリを見ると、若干震えている。
・・・・・・これはマズい感じだ。そう直感が告げている。
私は何が出来るかしら、と逡巡を少しの間して――そうだ、ユーリを助ける、と決めたじゃないのと思い直す。
「ユーリ。とりあえず話は帰ってからにしようよ。事務所に帰ろう。私は絶対に味方でいるから、ね」
「え、ええ。そうね。わかったわ。帰りましょう。貴方のホームに・・・・・・」
声は弱々しい。こういう時こそ、誰かが傍で支えてあげなきゃ、と切実に思う。
それが先生に救われた私の、今の義務であるかのように。
だが義務ではなく、私が今はそうしたかった。
とにかく、今夜の危機は去ったのだから、対策も兼ねて、帰還することになったのである。
私はユーリのその弱さが心配だ。
何かを我慢しているその感じから、いつか決壊しないかと思っていたけど、やはり痩せ我慢で私の心配などをしていたのよね。
そう、そうよ。魔女って言っても、ユーリだって人間と変わらないんだから。
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