第5章風雲急、その先へ4

 落ち着かなくては、と冷静になるのを努めて、白き魔女の隣を歩く。

 こう女二人で歩いてたら、通りの人にはどう見えるだろう。まぁ、誰もそう見かけない時間だけど。


 もしかすると、ユーリは目を引くかもしれない。そんな風になると、仕事は酷くやりにくいかなとか思ってしまうのよね。


「ソラ。定点を作って、魔術式を作る結界が張られてるって言ったわよね。だから、少し外れの方まで来たんだけど」


 ああ、そうだね。とその言葉に気づいて周囲に目を配ると、かなり町の中心からは遠ざかってる。

 あちこちにあるから、ある意味で先生と分担したのは良かったかもしれない。


「あ。この辺、いっぱいある・・・・・・」

「え。ヤバいのかな。対処出来そう?」

「うん・・・・・・。ちょっと面倒かも。波長は合うと思うから、弄るのに苦労はしないけど」


 ふーん。波長が合うってどういう意味かしら。あまり情報を明かしてくれないから、まだまだ知らない事情も沢山あるね、と一人でつぶやく私。


「え? ちょっと、これって?! 黒くなり過ぎてる――! これじゃ、外にすぐ溢れちゃう。――きゃっ?!」


 咄嗟のユーリの声に反応して、体勢を整える。一体、何が?!


 見ると、ドロドロとグロテスクで汚らしいモノが溢れた、空間の裂け目。

 そこから出て来る、手。

 ソレが、伸びて来る。


 ――避けきれない!


 手とその何か得体の知れない圧が、こちらの体を捉える。

 う、動けない・・・・・・。こんなに危ない代物をシン・クライムは作っていたのか。


「ソラ! どこでもいいから、その退魔具――ナイフで払って!」


 そんなこと言っても、こちらからは何もアクションなんて・・・・・・!

 く、くそ――! 動いて!


 シュバッと払えたと思ったら、大量の黒い泥なのか砂なのか、汚水なのか、そんなようなモノが私の上に覆い被さる。


 ナイフを突き立てたり、振り回しても追いつかない。

 こんなに早く見つけたと思ったのに、もうこっちがすぐに劣勢だ。


「ソラ! 今、こっちの魔術式を――!!」


 闇の奥から赤い光が見えるけど、今はまだ温存しておかなきゃ駄目なんじゃないのよ、と声を張り上げたい。


 が、こっちもピンチだし声はまるで出ないのだ。かき消されてるみたい。

 それにやはり足手まといなら、ここでユーリだけでも対処して欲しいとも思う。


 でも、私はまだ終わりじゃない。そう直観がピンと繋がったみたいに閃いている。


 ――ガラガラ、と。

 ――すべての現象が崩れ落ちる、そんな感覚と音がする。


 眼が黒く染まり、自分の感覚が反転するかの様な、奇妙な体験。

 瞬間、何故か意識がグルッと回転した気がして、そこからクリアな脳のスッキリした爽快な気分。


 ――視る。それが魔眼の条件。

 ――そして、働きかける。自己の持っている性質を外界に向けて。


 視界が開けて来たと思うと、目の前が真っ暗だったのが、次第に晴れていく。泥が崩れていくみたいに。


「え?! まさか、貴方のその眼は――!」

「空間の裂け目をさ、どうにかすればいいのよね。でしょ、ユーリ?」

「え、ええ。貴方、無事・・・・・・なのよね?」


 大丈夫と頷いて、裂け目の方に向かって行きながら、今は少し体がぐらつくし辛いけれど、その眼の使い方を熟知しているように効果を発揮して、ナイフをそこに突き立てるまでもなかった。


 崩落の音が聞こえて、そしてそこにあった魔術式の定点用の異次元はなくなっていくのが分かる。


 ・・・・・・これで、一応一つクリア、でいいのかな。

 そして、安心してその場に膝をついてしまう。


 ――かなり消耗したのかもしれないな、と若干後ろめたい気持ちを抱きながら。


「ソラ。今の、魔眼でしょ。やっぱり貴方の魔眼は自分に向けてのモノではなく、外部環境に影響を与えるモノだったのね」

「・・・・・・そうみたいね。でも良かったじゃない。これで対応策がまた増えたんだから」


 そんな呑気なことを言う私に、ユーリは激昂して言葉を荒げる。


「そんな悠長なこと言ってる場合?! ソラみたいな普通の人間が、そういう回路を急に開いちゃったら、かなり危険なんだから。調整とか、反転現象が起きないか、とか」


 むー。何故私がそんなに説教を受けないといけないのかしら。


「聞いてる? って、その前に肩貸してあげるから、もう戻りましょう。今夜はこれで終わりにしないと。この後、紀美枝にも協力して貰って、前以上の魔力炉とか神経回路の調節をして、暴走したり呑み込まれて自らが崩壊しないようにしないと・・・・・・」

「・・・・・・心配してくれてありがと。でもその〝崩壊〟っていい単語ね。今までのが〝疾走〟なら、今度のは〝崩壊〟だ。――――うん。感覚的にもしっくり来るわよね、それ」


 はあ、と信じられない光景を見た様な目をするユーリ。

 む。何が不満なのよ。聞こうじゃない。


「・・・・・・・・・・・・呆れた。そんな馬鹿な軽口が叩けるなら大丈夫そうだけど、念には念を。・・・・・・とにかくほら。こっちに寄りかかって。とんでもない大馬鹿者を目撃した気分よ、こっちは」


 ホントに相当呆れてるみたいだ。


 ふふふ。なに、こっちは先生に鍛えられてるから、よっぽどのことがないと、そうそうおかしくなったりしないってのよ。


 でも立つのは凄く不安定だったので、お言葉に甘えて合流地点に向かう。


 先生ならもしかしたら、もっと楽に能力を行使する方法を伝授してくれたりしないだろうか。


 それにどうして危機を脱したのに、私が悪いみたいになってるのか、そこが少し不服なのだけど。一応、今だけは黙っておきましょうか、ええ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る