第5章風雲急、その先へ3
夜。食事はするのだが、あまり沢山は食べない。
激しく動くからでもあるし、攻撃を受けて吐いてしまう恐れもあるから。
でも食べないと力もつかない。なので少しだけ軽い物を食べる、と。
そして、出掛ける時にユーリは再びこちらに来た。
その前まではどこに行っていたのか分からないけど、とにかく学校からは一緒に家まで来たのに、そのままふらっと行ってしまったのだから。
先生はその直前まで、まだ例の音楽を聴いていた。そんなにお気に入りにでもなったのかと訝しんでいると、こちらを眼鏡越しにジロリと見て、一つポツリと言う。
「空。君は困難を抱え込むことに無頓着過ぎる。この件が無事に片付けば、自立して生きていく方法も考えなきゃならん。それと」
ふう、と一息。先生は妙に緊張でもしている風に見える。
「自分の幸せを考え続けるんだ。何が幸せなのか、とね。機関にいても、市井の人間として生きていても、それは同じだ。それを見失えば、どこにも行き場はなくなると思っておくといい」
「先生・・・・・・。それを・・・・・・先生は見つけているんですか?」
真っ直ぐ見つめられたままなので、少し気圧されているけど、先生は圧を掛けているのではなく、真摯にこちらを見つめているのが分かって、こちらも生唾を飲み込みながら、ジッと言葉を待つ。
静寂が支配して、暫しの沈黙。そして、発される先生の言。
「私にとって、君という子供がそれだった、と思っていたのだがね。いざとなると、何だか分からなくなってしまった。なぞるように言われた通りに生きるのに慣れてしまって、自己主張というものがないのかもしれない」
「そんな。先生は充分思慮深いですし、自己流の哲学だってあるじゃないですか」
「そう見えるのなら、君の目は節穴かもしれないな。私は要の様な自由な心はないよ。杓子定規で、自分の生き方が分からない、あの姉の影の存在だ。だからこそだが、私の生き方は無様だ。そうならないように、反面教師として君には学んで貰いたいものだが」
先生の突然の自嘲に私は困惑する。普段はこんな話、する人じゃないのに。
「だがね、何かを見つけたのなら、そこに向かって行くのが、正解ではなくとも大事な核を手に入れられる。なに、何も手に出来ない人間が言うんだから間違いはないよ。――さて、行くか。ユーリさん、待たせてしまったな。済まない」
何やら嫌な予感もするが、先生のその言葉が頭から離れない。
私は今、ずっとユーリの為に何かしてあげたいと思っている。
それが今出来ることは、シン・クライムと戦うことなら、ボロボロになったとしても、私の力を貸してあげたい。
だとしたら、先生はこの私を愛情掛けて育ててくれた。
――――それなら、だ。先生にとってのその核は、もう私ではないのか。
今の先生は必死に自分がいなくても、もう免許皆伝だとでも言うように、私から離れようとしているのではないのか。
万が一に備えて? それとも、この先はまた違う場所でエージェントとしての生活が待っているのか。
いずれにしろ、現状で不安を感じている暇はない。先生にはついていくし、ユーリの手助けは最大限していく。
――そう。ただ、それだけ。
先生が空っぽなら、私だって空っぽだ。
共に生きてきた家族だからこそ分かる。先生はわざと自嘲的な言葉を言っていたはずだって、ハッキリ分かるのだもの。
外の月はまた少し小さくなっている。これなら新月はもうすぐだろうか。月齢というものをチェックする習慣もないし、まだ当分先ではないかという推測も出来ない。
――――ユーリ。魔女。
そして、私紅空。魔眼。
このコントラストがこの場でどう作用していくのか。果たして、私はこの魔眼のせいで足手まといにもならずに、戦い抜けるのか。
臆していても仕方がない。とにかく目の前の敵をこのナイフで払うことに意識して、戦場に出向こう。
・・・・・・要さんのあの自信に満ちた瞳を思い出す。
あの人なら、いつもの黒ずくめで、何も怯むこともなく、ささっと事件を解決してしまうんだろうな、とか一筋の期待の念を抱いてしまう。
あの人がいてくれたら、と。
でもここには、先生もいるし、自分もやれると信じている。
だから、まだ絶望することはない。そのはずなのに。
私は酷く不安定な心に、急になってしまいつつも、それを必死に考えないように、眼とナイフに注意を向けて、ユーリと一緒に町に繰り出していく。
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