第5章風雲急、その先へ

第5章風雲急、その先へ1

 昨日は休んでしまったので、注意をして起きてから、学校に行く準備をする。

 そう言えば、ここの所ずっとユーリは私達の家に泊まってるなぁ、なんて考えながら。


 居間に行くと、いつも通りの風景・・・・・・なのだが、先生が今日は何かボンヤリとしながら、紅茶をちびちびと口に運んでいる。


 そして何故かずっとビートルズの「While My Guitar Gentle Weeps」を聴いているので、不思議な感じがしてしまう。

 エリック・クラプトンの鳴きのギターが凄まじいまでの曲だが、ジョージ・ハリスンもギターへの気持ちを切々と歌い上げる美メロのナンバーだ。


 「僕には分からないよ、誰も何故君に語ってくれなかったのか、君の愛がどんな風に繰り広げられたか。僕には分からないよ、誰かが君を操る仕方が、彼らは君を買っては売っていく」


 こんな風に前半部が展開されていく名曲なのに、このアルバムの中ではあれだけ曲もあって、一つの曲になってしまっているのも、また何かビートルズの凄さを感じる。


 それをどうして先生は、ずっとこの曲だけリピートしているのか。感傷的な気分になんてなる人でもないだろうに。


「おはよ、ソラ。今朝は早いのね」


 ユーリがその先生を横目に、こそっと私に話しかける。何かやはり先生には話しかけづらいのか。


「あの、今日はとりあえず学校に行きますので。えと、もう大丈夫そうです」

「そうか」


 うーん。やはり会話にならない。

 とにかくもう学校にささっと行っちゃおうか、と準備する為に朝のパンと飲み物を用意し始める私。




 そんな先生を置いてユーリにも適当に挨拶はして、学校に行く。

 行く道にそんなに違和感を持つこともない中、私も先生と一緒でボーッとしていたのかもしれない。


 ――もう学校に着いてしまった。


 教室にもまだ早い到着のようで、私は席に座って先生は何を煩っているのかと思案してみる。

 今までこんなことはそうそうなかった気がする。


 音楽はいつもアルバムを通して聴かないと気が済まないのが先生だった。

 それで要さんの適当な聴き方にも文句を言っていたくらいだから。

 それともまた要さんに影響でも受けたのかしら。


 ・・・・・・まさか。私はまぁ時々一曲をずっと聴くこともあるけど、先生はアルバムの構成自体も愛している風だから、逆にシングル盤の聴き方が分からん、なんて言うくらいだし。


 それにしても、昨日みたいに平穏無事に一日が終了する、なんてもうこの先はそんなに言ってられないんだろうな。


 シン・クライムに迫りつつあるのなら、遠くない内に相対することになるだろうし。


 先生はNPGにはどう報告しているんだろうか。

 別に部下である私が気にしなくてもいいけれど、何となくあのシステムの方も少し気にならないと言えば嘘になる。


 中枢システムにそこに報告すれば、全て情報は伝わると言うのだけど、どうやってネットワークを構築しているのか。

 もしかすると、誰かの能力が関わっているのかもしれない。

 だって、そうしないとハッキングされないで、一方的に情報を受け付けるシステムなんて作れないだろうから。

 普通のコンピューターシステムではあり得ないセキュリティだと聞くし。


「今日は来たな。何ともないようで何より」


 ポンと頭に手が置かれる。

 う。歩だ。


「ああ、おはよ。別に病気じゃなかったんだし。ってそんなに心配してたの?」


 顔を見ると、少し顰められている。何、何よ、私気に障ること言ったかな。


「こう言えば、私が君の事も憂慮する気持ちが分かると思う。・・・・・・海も昨日と今日、来ていない。家に行ったら、親御さんも行方不明で警察にもう少ししたら捜索願いを出すんだとさ」


 何だって?! 小松さんが?


 確かに小松さんは例えば、家出をしたり夜遊び歩いたりする子じゃない。

 だから親御さんも娘を疑わずに、真っ先に何かに巻き込まれていないか心配しているのだ。


 私のその目の色の違いを見て、ようやく私の言っている意味が分かったか、返事も素っ気なくて、まぁちょっとは待つ身を考えるんだな、という様な意味深な無言の圧力を感じながら、次の言葉が継がれる。


「それで昨日は君もそうだったろう。それに近頃の町の状況は理解していると思うが」

「・・・・・・うん」


 私が黙って頷くだけで済ませているのを見て、またも眉間に皺を寄せる歩。整った顔の彼女がそんな顔をしているのは、らしくないと不覚ながら思ってしまう。


「アクションを起こすのもいいが。私は自己管理もキチッとすべきだと思うな。君に出来る事があるならするがいいが、闇雲に海を探そうなんて思わない方がいい。ましてや、この非常事態に首を突っ込むとは」

「ああ、ええ、うん。そうね。でも私その、色々と調べられる宛もあるの。だからちょっと心当たりに聞いてみるだけだから」

「――――そうか。なら、いい。君が帰って来なかったなら、私は馬鹿な行為をしでかしたんだな、と思わざるを得ない事を了承してくれると期待している」


 そう言い、すすっとやはり姿勢良く機敏に席に向かって行く。


 私は内心ホッとした。

 これ以上、何か探られてたら、色々吐き出さずにはいられないから。


 だって、それくらいの真実を見透かす様な透明な目を歩はしているのだもの。

 どこか精神修行をした侍とかお坊さんとかの類が、相手を透徹した眼差しで、全てお見通しだとでも言わんばかりに。


 とにかく、何だかその小松さんのことも心配だ。気になりすぎて、もう授業なんて聞いてられないくらい。


 早くに飛び出して行きたい様な、焦っているみたいな気持ちになる。


 逸る気持ちを必死に抑えながら、少し眼の疼きを感じて、痛みを抱えてる場合じゃないと振り払って、放課後まで苦行僧のように堪え忍んでいた。



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