おにはうち!~人間と友達になりたい小鬼と恥ずかしがり屋の女の子~
2月3日は小鬼にとって特別な日でした。
なぜなら年に一度、人間と接することができる日だからです。
小鬼は人間の友達が欲しくて、家々をまわりました。
けれども、どの家に行っても小鬼は追い出されてしまうのでした。
「おにはそと! おにはそと!」
「いたい、いたい。やめてやめて」
人間たちから豆を投げつけられて、小鬼は頭を抱えながら逃げまわりました。
怖い顔をした小鬼が、豆に怯えて逃げ回る。
その姿を見るのが面白くて、人間たちは何度も何度も小鬼に豆を投げつけるのでした。
「はあ、どうしてみんな、僕を追い出すんだろう」
小鬼は、歩きながらため息をつきました。
悪いことをしたわけでもないのに、出会った瞬間に豆を投げつけられる。
それが悲しくて仕方ありませんでした。
「みんなと友達になりたいな」
そんなことを思っていると、一軒の家からかわいらしい声が聞こえてきました。
「おにはうち! おにはうち!」
小鬼はすぐにその家に顔を向けました。
まわりの家に比べて、とても小さなおうちでした。
小鬼はひょこひょことその家に向かうと、そっと窓の外から中を覗き込みました。
「おにはうち! おにはうち!」
見ると、小さな女の子が天井に向かって豆をまいています。
小鬼は思わず声をかけました。
「何をしてるの?」
女の子は豆を投げるのをやめて窓の外に目を向けると、とたんに目を輝かせました。
「あ! 鬼さん、来てくれたんだ!」
その言葉に小鬼は首をひねります。
「どういうこと?」
「今日は日曜日なのにパパもママもお仕事でいないから寂しくて……。誰でもいいから来てほしかったの」
女の子はそう言うとパタパタと窓辺に駆け寄って、ガラス戸をあけました。
「入って。一緒に遊びましょ」
「い、いいの?」
「うん! おにはうち!」
小鬼は嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
初めて人間から歓迎されたのです。
怖い顔を綻ばせながら、中に入ったのでした。
小鬼と女の子はおままごとをしたり、トランプをしたり、すごろくをしたりして遊びました。
怖がることもなく楽しそうに遊ぶ女の子に小鬼は尋ねます。
「ねえ、僕の事、怖くないの?」
「え? ぜんぜん怖くないよ?」
「だって僕、鬼だよ? 顔だってこんなだし……。みんな怖がってるし……」
その言葉に女の子は「あはは」と笑います。
「そんなことないよ。鬼さん、優しいもん!」
「優しい?」
そんなこと言われたのは初めてでした。
いつもは怖がられたり泣かれたり、時には睨まれたりしていたのに。
「優しい」なんて言われるとは思ってもみませんでした。
「私が呼んだら来てくれたでしょ? だから鬼さんはすっごく優しい鬼さんよ」
小鬼が来たのはたまたま声が聞こえたからで、呼ばれたからというわけではありません。
ですが、女の子の楽しそうな表情を見ていると、自分の容姿などどうでもよくなってきました。
「ありがと……」
小鬼は泣きそうになる目をおさえて女の子にお礼を言いました。
心がポカポカしていました。
いままで感じたことのない、不思議な気持ちでした。
(ああ、やっぱり人間っていいな)
そんなことを思いながら、遊び続けました。
ところがしばらくして。
突然、女の子が胸をおさえて苦しみはじめました。
「ど、どうしたの?」
小鬼が尋ねると同時に、女の子がぱたりと倒れました。
「ち、ちょっと、ねえ! どうしたの!?」
慌てて抱きかかえる小鬼でしたが、直接肌に触ってみると女の子の身体は異常に熱くなっていました。
息も絶え絶えで顔は汗でびっしょり濡れています。
「ねえ、どうしたの!? ねえ!」
女の子はハアハアと息をするだけで答えません。
赤かった顔が、次第に青く変色していきました。
小鬼はもうパニックになりました。
実は女の子の身体は生まれつき病弱で、気持ちが高ぶると熱が出て倒れ込むほど弱かったのです。
両親はそんな女の子の治療費をかせぐため、休みもなく働き続けていたのですが今日初めて会った小鬼には知る由もありませんでした。
とにかくなんとかしなければと思い、すぐ近くの家に助けを求めました。
「助けて!」
家の扉を開けると、中にいた住人はギョッとしてすぐに豆を取り出しました。
「なんだ、お前は! ここは鬼が来るような場所じゃない、出て行け!」
「女の子が……隣の家の女の子が苦しそうなんだ! 助けて!」
「ふん。鬼の言うことなんか信じられるか。出て行け! おにはーそとー!」
そう言って大量の豆を投げつけてきました。
「いたい、いたい。やめて!」
小鬼は頭を抱えて「やめて」と何度も叫びました。
豆は小鬼にとって針で突かれるような痛さなのです。
「おにはーそとー! おにはーそとー!」
大量の豆を投げつけられて、小鬼は家を飛び出しました。
「どうしよう、どうしよう」
小鬼はあたふたしながら別の家に駆け込みました。
「ねえ、助けて! 女の子が大変なんだよぉ!」
その家でも、すぐに住人が豆を取り出して小鬼に投げつけました。
「鬼の分際で勝手に入って来るな! おにはーそと!」
「きゃあっ、いたい!」
「そらそら、出てけ出てけ。おにはーそと!」
「ひいいっ!」
小鬼は頭を抱えながらその家も飛び出しました。
それから近くの家々を何軒もまわりましたが、話を聞く暇もなく追い出されてしまうのでした。
「どうしよう、どうしよう」
オロオロしながら小鬼は女の子の家に戻りました。
女の子は相変わらず青い顔をしながら「ハアハア」と息をして苦しそうです。
「ねえ、どうすればいいの? お願い、返事をして!」
ふと、小鬼は近くにあった豆に気が付きました。それは女の子が「おにはうち!」と叫んでまいていたあの豆です。
「そ、そうだ!」
小鬼は豆をつかむと天井めがけて力いっぱい放り投げました。
「ふくはーうち!」
豆はバラバラと天井に当たって飛び散ります。
飛び散った豆は小鬼の身体に容赦なく叩きつけられましたが、小鬼は構わず投げ続けました。
「ふくはーうち! ふくはーうち! お願い神様、女の子を助けてあげて! ふくはーうち!」
そうです、小鬼は神様にお願いをしようと思いついたのです。
天井に豆をまくと福が来るという言い伝えも知っていました。
言い伝え程度なので、信ぴょう性はまったくありません。
ですが、人間から追い出されてしまう小鬼にはこれ以外の方法が思いつかなかったのです。
小鬼は何度も何度も豆を天井に投げつけました。
跳ね返った豆を食らい続け全身に青アザができてきましたが、それでも小鬼は投げるのをやめませんでした。
「ふくはーうち! ふくはーうち!」
そうやって投げ続けていくと、不思議なことが起こりました。
キラキラと豆の一粒一粒から光が放たれ始め、それが女の子の身体に吸い込まれていったのです。
「ふくはーうち! ふくはーうち!」
小鬼はそれに気づくこともなく、ぎゅっと目を瞑ったまま懸命に豆を投げ続けました。
豆から放たれる光は徐々に輝きを増し、次々と女の子の身体に吸い込まれて行きました。
どれくらい投げ続けたでしょう。
小鬼がヘトヘトになるまで投げ続けていくと。
女の子の呼吸がみるみる穏やかになり、青かった顔も元に戻って行きました。
全身の火照りも消え、パチリと目を覚ました女の子はむくりと起き上がりました。
「鬼さん」
女の子の目の前には、懸命に「ふくはうち」と叫びながら豆をまいてる小鬼がいます。
「鬼さん」
「ふくは……あれ?」
女の子の声に反応して小鬼はピタッと豆まきの手を止めました。
そうして、元気そうな顔を見せる女の子に満面の笑みを浮かべました。
「ああ! よかった! 気が付いたんだ!」
「うん。なんだかわからないけど、さっきの息苦しさがうそみたいに消えてすっごく身体が軽いの」
「わあ、ほんと!? よかった! ほんとによかった!」
見れば、褐色もよくなっています。
小鬼は安心しきって、へなへなとその場に崩れ落ちました。
「よかった、よかったよぉ」
「ごめんね、鬼さん。苦しんでる間、ずっと豆をまいててくれたんだね。声は出せなかったけど、鬼さんの『ふくはうち』の声だけはずっと聞こえてたよ。ありがとう」
小鬼はそう言われてボロボロと涙をこぼしました。
女の子が助かったという安心感と、ありがとうとお礼を言われた嬉しさと、すべてがごちゃまぜになってどうしていいかわからなくなりました。
「よかった。君に何かあったらって思ったら、僕、僕……」
女の子は、泣き崩れる小鬼に近づき、ぎゅっと抱きしめました。
小鬼は不意をつかれて思わず固まりました。
もともとの赤い顔がさらに真っ赤に染まります。
「小鬼さん、本当にありがとう。大好き」
チュッとそのほっぺにキスをされた小鬼は頭からボシュンと煙を出して、今度は小鬼の方が倒れてしまったのでした。
不思議なことに女の子の身体は健康的になり倒れることもなくなりました。
両親も大喜びで、女の子からこの話を聞くと心から小鬼に感謝しました。
そして三人で決めたのです。
毎年節分は鬼を呼んでお祝いをしようと。
それからというもの、毎年節分にはこの家からはこんな言葉が聞こえてくるようになりました。
「おにはーうち!」と。
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