標本の話
最初は飼育小屋の兎。次は公園の野良猫。それから、それから。階段を上るように道を踏み外した。その時に全てが明るみに出ていたら、機械を通した独特の声音でこう語られたことだろう。
まさかあの子があんなことをするなんて。
大人しくて賢くて、とてもあんなことをする子には思えません。
今でも信じられませんし間違いじゃないかと思っています。
そんな馬鹿馬鹿しいコメントが地域のニュースで流れただろう。一体彼等は『生体標本』と呼ばれるようになった彼の、何を知っていたと言うのか。『生体標本』自身でさえ何故こんな風になったのか解らないのに、関係のない他人にそれが解るとは思えなかった。
『生体標本』は彼自身の役割を、趣昧と実益を兼ねた侵入者の排除だと思っている。生憎、理科室から離れられない身ではあるが――真っ当な人間は、怪我をして助けを求める人間を、見捨てられない。稀に例外はいるが、ここで死なずとも『廃校舎』の中をうろつく『何か』の獲物になるか、『廃校舎』自体に食われるかの二択だ。
「怪我をしていて動けないんだ、助けてくれないか……?」
『生体標本』は、理科室の外を歩く人間に、弱弱しい声でそう懇願する。大抵の人間は、警戒しつつも理科室に入って来る。そうなれば後は彼の独壇場だ。
肩を貸そうと手を伸ばした人間の腕を掴んで押し倒すように抱き込む。正体を隠すにために巻いている包帯の下から滲み出すのは血ではなく、肌を肉を骨を焼き溶かす強酸だ。やがてそれは赤茶けた濁流と化して理科室を、彼の『領域』を満たす。そうして哀れな犠牲者は、全てを溶かし尽くされ殺されてしまう。
そうしてまた今日も、理科室と廊下を区切る窓が赤錆の色に満ち、じぅじぅとほどけた目玉がーつ張りついて――酷く冷めた目をした『彼女』を映し、溶けて消えた。
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