白兎の話
『図書室の白兎』は、彼自身の役割をこう定めている。彼女が望む全てを、彼女が望んだその時に、命に代えても叶えること。それが己の死だったとしても、彼女の望みなら笑って死ぬこと。何故なら、彼は彼女を救えなかったから。
かつて、『図書室の白兎』と呼ばれる前の彼は、『アリス』と呼ばれる前の彼女と共に、何度も同じ時を繰り返していた。幾度目かで繰り返していることには気づいたものの、そこから彼女を救うには至らなかった。彼女は幾度も殺されて、彼自身も生きて帰れはしなかった。
だから、彼女の下僕――『ケンゾク』となった今、彼は彼女の望む全てを叶えるために存在していた。唯一『アリス』から生前の真名を奪われなかった、その信頼に応えるためにも。
「だから、貴方達には死んでもらわなければなりない」
力チ、力チ、力チ、力チ。『図書室の白兎』の『領域』で響く秒針の音は決して狂わない。気が遠くなるような正確さであの時を刻み続ける。あなたたちをすくいにきたんだ、なんて、無意味な戯言だ。今更救われたって、誰もが救われない。今目の前にいるのは、向こう側でも有名な霊能力者らしいが――『アリス』の望みを、自分に科せられた使命を、違える訳にはいかない。
「僕達を救うと言うなら、何故僕達が生きている時に来なかったんですか?」
純粋な疑問を音に乗せれば、霊能力者は言葉に話まったようで。つまらない、くだらない、と見下せば今度は赤くなった。
力チ、力チ、力チ、力チ。正しい秒針の音と共に『図書室の白兎』の周囲は狂っていく。あの時全身を炎で焼かれた、あの時肺腑に汚水が満ちた、あの時両足を切り落とされた、あの時、あの時、あの時、あの時。幾重もの死の瞬間を追体験した霊能力者は、心を壊され自害した。霊能力者に付き添っていた雑誌記者は、それを見て逃げ出した。
『アリス』の望みは、『怪談の国』に迷い込んだ人間に恐怖を植えつけること。恐怖に呑まれた人間は、己の心を保つために溜め込んだ恐怖を吐き出す語り部となる。そうして、『アリス』の望みを一つ叶えた彼は、深々と安堵の溜息を吐いた。
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