第6話 不可解な夢と山田肇
山田肇は自分がいま人の形をしていないことに気がついた。感覚だけがあってそれ以外はない。自分は風なのかもしれない。自分は光なのかもしれない。自分は熱なのかもしれない。そのどれでもないのかもしれない。
I just believe in me という歌詞を思い出したが、そのmeが消失しているのなにをbelieveするんだ? と彼は頭を抱える感覚があった。
転がるようだと肇は感じた。運動会の大玉転がしだと彼は納得した。なら自分を押す存在があるはずだ。
――肇くん頑張ってね
――僕が何を頑張るって?
彼はいつのまにか石畳の上にいた。石畳には血の筋があった。しかし、行き交う人々はこれを無視する。そもそも認識すらしていないのだ。
ヒールの女性は、爪先で血だまりを踏みつけたのに平然としている。スニーカーの青年も、パンプスの女子高生も、デッキシューズの老人も、誰も気がつかない。
『たすけてくださいっ』
声をかけられた。肇は、返事をしようとしたが、返事をするということがどういうことかすら分からなかった。
『大丈夫ですか』
『すごく痛い、すごく寒い、すごく、すごく地獄にいるようなんです』
『ここはコンビニですよ』
女たちが会話している。平然としている方の女を、肇は美しいと感じた。もう一人の女は頭から血を流し続けている。この血だまりは彼女のものだったのだ。
『痛い、なにもかも痛い、足が、腹が頭が』
『どうやら飲酒運転の車にぶつかって亡くなったようですね、あなたは』
『違います。ここで救急車を待っているんです。誰かが呼んでいます。これだけ人がいるんです。たまに手を伸ばして助けてとも言っていますし、いつか救急車が来るはずなんです』
『いえ、あなたは既にコンビニの地縛霊なんて呼ばれてますよ』
――どこかで聞いたことあるなぁ、と肇はぼんやりと考えた。
美しい女が生真面目な声で言った。
『いいところがあります。そこの住人の見張りをするだけです。そうすればあなたを助けてくれる何かがきっと現れますよ』
『本当ですか?』
肇は胡散臭いやり取りに眠気がした。
――あれ、喉が渇いてる?
肇は自分が乾燥していくような感覚におそわれた。
不意に自分が活性炭のような、ミイラのような、隙間だらけの存在になった。
そして頭から血を流し続けている女に向かって放り投げられた。
すると女は肇の体内に浸透していく。
『さぁ行きましょうか』と美しい女は肇を握りしめて歩き始めた。そのままどこかのアパートのどこかの部屋に入り込んだ。
見覚えのある明るい茶髪の女が眠っていた。その枕元に肇を放り投げた。すると美しい女は何かを唱えた。
肇の存在に空いていた穴からガスのようなものが放出されると、それを寝ている女が鼻から吸い込んだ。女は胸を押さえて咳き込む。明らかに寝苦しそうだ。アァ、アァ、と喘ぐ。
美しい女はその耳元にひっそりと囁いている。ただの塊である肇には何もできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます