第13話 歩み始めた道#2

「ファンタズマ......」


 俺は所長が言った言葉を思わず繰り返す。あのインコが異世界からやってきた存在だとは。いつの間にこんなにファンタジー色溢れているんだ?

 ともかく、あの異世界からやって来た化け物が危険なのは身をもって体験した。とはいえ、途中まで普通のインコだったしどうやって見分ければいいんだ?


「奴らは低級から上級といて、それは私達基準の強さでランク付けしている。今回お前が戦ったのは中級ぐらいだな。もっとも、普段の結衣では中級など瞬殺だ。今回は相手が特殊な能力を使ったからそれに焦ってしまった結果だろう」


「私が力不足なだけ」


 二斬はそう言うがどことなく悲しそうな表情は伝わってきた。恐らく俺が傷ついたことに対する罪悪感とか抱いてるんだろうな。あれは勝手な自業自得なのに。


「とりあえず、それらのランクの強さは後で結衣にでも聞いておけ。それで重要なのがここからだ。私達の任務について」


「任務.......」


「やることは普通の警察と一緒。刑事ドラマとか見たことあるだろ? 事件が起きて、捜査、証拠を集めて、最後だけが違って逮捕でなく討伐だ。とはいえ、事件が起きて動くようじゃ被害者もたくさん出てしまうだろう。だから、先手を打つ」


「先手ってことは被害が出る前に居場所を特定できるんですか?」


「ファンタズマには特殊なオーラを放っている。それは普通の人間には捉えることも、ましてや肉眼で見ることなんて以ての外だ。しかし、それはある力によってクリアできる」


「それが"アストラル"だと?」


「ああ、アストラルは同じく時空科学研究所が対ファンタズマ用に開発したものだ。出会った時も話したと思うが、アストラルはアストラル体という感情を司るもので、最も簡単な言葉で表すなら『心』だ」


 所長は主張の激しい胸の丁度心臓辺りに左手を置く。俺の視線は僅かに下に動く。


「感情は時に大きな力を呼び起こす。身近な一例を挙げるとすれば、『火事場の馬鹿力』だな。あれは危機的状況において感情が強く生きたいと願うからだ」


「生きたいって感情でしたっけ?」


「お前.......感情が喜怒哀楽だけだと痛い目見るぞ? それにお前が結衣のために行動した理由だって『助けたい』という気持ちが働いたからだろう?」


「それは.......確かに.......」


「ある研究者は感情についてずっと研究していたらしい。すると、人の基本的な感情は27種類で出来ているそうだ。そして、それらの感情の組み合わせの総数は2185もある。お前が抱いた『助けたい』って気持ちもそれらが混ざり合って出来た感情だ」


 感情ってそんなにあるんだな。

 そう考えると確かに俺の「助けたい」は結衣を危機的状況から救いたいとか、泣かせたくないとか、化け物と戦わせたくないとかいろいろな気持ちが混ざっていた気がする。


「そんなわけで、ファンタズマに有効なのがアストラルで、逆に言えばそれ以外の攻撃は無意味。故に、私達がいる。今回はそのメンバー補充のためのARリキッド輸送中だったんだけど、うちの仲間がヘマこいてな。あれってそうそう量産できるものじゃないらしい」


「そ、それはなんかすいません。ですけど、だとしたらどうしてそんな大事なものを普通のバッグに入れてたんですか?」


「それは違法アストラルホルダーの手に渡るのを防ぐためだ。そいつらの存在を簡単に言えば大麻保持者だ。といっても、やり口はほとんど強盗だがな」


「それらから盗まれないようにするために?」


「ああそうだ。普通に輸送していたら、どうしても中身が壊れないように厳重な作りの車に乗せなければいけない。しかし、その方法はことごとくやられていてな。奴らの思う壺になっているんだ。だから今回は、リスクあっても普通のサラリーマン装って輸送していたら、まさか本物の強盗に出くわすとは......」


 所長は頭を抱えるように言った。強盗に本物も偽物もないと思うが.......。

 後ろをチラッと見てみると二斬もどこか恥ずかしそうな顔をしていた。恐らく身内の恥が恥ずかしい敵な感じだろう。


「ともかく、大体の内容はそんな感じだ。話はいじょ――――――」


「あの質問いいですか?」


 俺は所長の言葉を遮つつ、そっと手を挙げた。すると、終わる気で立ち上がろうとしていた所長は椅子に座り直すと「いいぞ」と言った。

 そして、俺が言ったのは前々から疑問に思っていたことだ。


「あのー、変な質問なんですが.......」


「いいぞ。何でも言ってみろ」


「アストラルって何ですか?」


「だから、言っただろ。感情を司る――――――」


「そうではなくて、どうしてそれを使うと特殊能力を得るのかってことです」


 そう、これがずっと引っかかっていたのだ。

 所長の話を聞いてからアストラルが凄いものだとよくわかった。

 聴覚も視覚も身体能力も人間の基本能力のあらゆるものが向上し、その力を実に痛感した。

 だからこそ思うのだ。どうしてアストラルで能力を得るのか。


 すると、所長は少し疲れたようなため息を吐くと苦笑いを浮かべた。


「痛いところを突かれたな。実はそういう類の質問がいずれ来るのではないかと思っていてな。まあ、民間人出身だと気になるよな」


「何かあるんですか?」


「率直に言うとまだ言えない、だ」


「.......え?」


 思わず言葉が漏れてしまった。そんな得体の知れない力をこれから信用して使わなければいけないのか。

 所長は一つ息を吐くと「まあ、いずれ詳しく話すから概要だけ」としゃべり始めた。


「諸説ある話で、人間の力は筋力で言えば約50パーセントの力、脳で言えば約10パーセントしか使われていないという」


「だから、火事場の馬鹿力がそれらのリミッター解放状態って感じですよね?」


「ああそうだ。しかし、解放しても精々100パーセント足り得ない。それは全部を引き出すと体が負担に耐えられないからだ。だが、アストラルはその火事場の馬鹿力を常時解放しているという感じだ。まあ、筋力以外にかかるのは良い副作用とでも思って来ればいい」


「つまりどういうことですか?」


「つまりだな、私達が使えるようになったいわば異能力は脳がリミッターを解放した影響だと思うんだ。解放と言っても2~30パーセント辺りだろうけどな。身近なやつだと超能力とかだな。そして、人間に与えられた一つだけ解放された能力はその本人が望むものへと変化する。お前の場合は――――――迅速に結衣のもとへと辿り着きたいという願いからだろうな」


 所長は俺にビシッと指を指す。

 その言葉になんとなく納得したような気がした。


 俺は結衣を助けたいと思った。でも、きっといくら筋力がパワーアップしても間に合わないんじゃないかと思ったんだろうな。

 だから、より早く動けるようになるために.......その速いイメージがどうして光ではなく、雷なのかは謎だがともかく得た力だ。これからはより多くの人を助けるために役立てることになるんだな。


 すると、所長は「そういえば、私の共通認識を教えてやろう」と指差した人差し指を縦に立てる。

 所長の胸が僅かに縦揺れし、揺れた髪から心地よい匂いが漂う――――――――はっ! また後ろからっ!


「私達はな、アストラルを解放したことで得た力からか自身の持っている尋常ならざる力のことを『アストラル』と言うんだ。そして―――――――」


 所長は立ち上がると軽く手を掲げる。そして、その手のひらの上には小さい宇宙とでもいうのか謎の藍色に近い色をした球体が出来上がる。


「その力を有する者を異能力保持者アストラルホルダーと呼ぶ」

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