第14話 初出勤#1

 俺は所長から話を聞いた数日後、黒スーツと赤いネクタイを身に着けていた。

 本来ならばスーツを着る必要はないらしいのだが、支部によってそれぞれのローカルルールというのが存在しているらしく、ここ東京支部は所長が軍服だからかスーツの着用が義務付けられている。


 とはいえ、そのルールは緩く、とりあえずネクタイとワイシャツさえ来ていればいいというもので、水色の水玉ネクタイに白ワイシャツ、スーツジャケットの代わりにフードファー付きのジャンバーを着ている二斬なんかがいい例だ。


 再び事務所にやってくる前の準備は大変だったかと問われるのなら、そんなことは全くなかった。

 事務所から住んでいる家は割に近いので引っ越す必要は特になく、スーツも経費で落とすらしい(皮手袋はさすがに自腹だが)。


 とはいえ、俺の働いていたバイトは止め、高校も中退。晴れて中卒である。全く笑えねぇ。

 しかし、物は考えようだ。ひょんなことから入り込んでしまった世界だが、この仕事は警察の仕事(少し違うが)。

 ということは、俺は高校を止めて国家公務員になったのだ。むしろ、人生勝ち組と考えていいだろう。

 

 その数日間で意外だったのが、一人暮らしの俺を支えてくれているいとこの叔父叔母がすんなり俺の言葉を聞き入れてくれたことだ。

 正直、そこだけは心臓が張り裂けそうなぐらい緊張した。


 なんせ、両親が他界してから両親が残した家に住みたいという俺のわがままを聞いてくれた人達で、さらに言えば養育費やら高校のお金も出してくれたのだ。

 何言われても構わないという気持ちだったが、回答は拍子抜けぐらいだった。

 とはいえ、やはり表情は複雑であったが。


 そして現在、初出勤から初顔合わせの人がちらほらいるが、それは後で話すとしよう。

 

「そういえば、も高校辞めて良かったのか?」


 俺は所長から渡された紙に書かれたリストを見ながら、二斬に話しかける。

 初出勤は資料整理やら部屋の片づけやらのいわば雑用だ。まあ、分かってたけどね。


「別に構わない。私の目的はなぎ.......ゴホン、天渡を守ることだから」


「だけど、仲良かった友達いただろ? まあ、人のことを言えた義理じゃないが」


 今頃なんて思われてんだろう。まあ、中退だから確実に良くは思われてないな。


「それは.......」


 二斬は思わず顔を暗く.......させたのか? 表情が全く動かない。やっぱり、学校あっちにいた時は演技とかしていたのか? だとしたら、名演技過ぎるが。

 まあ、それでも暗くなってそうな雰囲気だからここはひとつボケてみますか。


「俺と先輩が同時に抜けたから"かけおち"なんて思われてたりして―――――――ぐはっ!」


 俺の.......腹部に.......強烈な右ストレートが.......。


「.......バカ」


 俺は思わず膝を崩れ落ちさせる。あまりのいいパンチに腰が立たない。クソいてぇ。

 ふと見上げてみれば冷酷な目をした二斬の姿が。無表情だからか余計の恐ろしい。

 ここはすぐさま冗談と言わなければ。


「わ、悪い悪い。今のは冗談だから――――――なんでふぇ!」


 弁解しようとした瞬間、二斬のハイキックが顔面に決まる。その勢いで背中から床へと叩きつけられる。

 .......え? 今なんで蹴られた? そ、そうか.......つまらない冗談で怒らせてしまったからか。

 そして、ふと二斬を見ると先ほどよりも目が怖い。殺意が宿っている。やばい、殺される!


 すると、二斬は俺の何かを見て人差し指を首に当てた。


「天渡、安全チョーカーついてない」


「ん? ああ、悪い。教えてくれてありがとう」


 やっべ、ポケットに入れっぱなしで忘れてた。

 すぐに上体を起こすと右ポケットから黒く丸みを帯びたチョーカーを取り出した。


 このチョーカーはいわば安全装置だ。

 異能力保持者アストラルホルダーが持つアストラルは感情を司る。そして、その感情は時に暴走する場合があるのだ。

 例えるなら火事場の馬鹿力状態。でも、普通の人ならただ筋力が上がるだけで済むが、俺達は能力を得ているので、それともども大幅に力が増強されてしまう。


 火スぺ(※火曜日サスペンス)なんかで出てくる「気が付けば殺していた」とかいうシーンで、そのドラマや現実でも起き得て一人ぐらいだろうけど、ホルダーなんかは単位が何十人、下手すれば何百人となるらしい。

 過去にも目の前で仲間が殉職した光景を見た人が暴走したなんてこともあったらしい。

 

 よって、このチョーカーの出番というやつだ。

 詳しいことはわからないが、とにかくチョーカー内部にある機械が暴走のボーダーラインを超えると暴走者を強制的に眠らせる薬品を打つらしい。

 まあ、他にも機能があるのだが、要するに何が起きるかわからないから日頃から付けておけということである。


 俺はこのチョーカーを首につける。

 初めてつけたからか、首に何かが纏わりついているような感覚が凄いな。慣れるまで時間かかりそう。


 起き上がると改めて二斬に資料室を教えてもらう。

 ちなみに、二斬は俺の教育係を買って出たのでここにいる。

 そして、俺が先輩と言っているのは同年齢でも形式的にそうした方がいいのではと思ったからだ。


 最初は敬語を使っていたが、二斬に「気持ち悪い」と一蹴されたので先輩呼びなのにタメ口という感じになってしまっている。

 最もここの人は大抵「先輩」呼びを嫌がる傾向にあるが。


 俺は事務所の入り口から左手側にある扉に入ると両端にあるいくつものファイルが置かれた棚と乱雑に積み上げられた段ボールの山を見た。


「マメに掃除してるけど、また山になってる。後で探すの面倒なのに」


 二斬はぶつくさとそんなことを言っている。意外と苦労しているらしい。


「一先ず、段ボールを開けて中身を見た方がいいよな。先輩も手伝ってくれるか?」


「わかった」


 眉がピクリとも変わらない。相変わらずの白に近い銀髪が薄暗い資料室の中でも美しく照り映えているだけ。

 そして、俺と二斬はリストにあるだけの荷物を揃えるとそれを積んでいく。

 アストラルで身体能力が上がったおかげで結構重いものも随分と軽く持てるようになったのだ。


「それじゃ、行きますか―――――がっ!」


「行く」


 俺が段ボールを持とうとした瞬間、二斬に思いっきり腹部に肘鉄食らわされた。な、なぜに?

 そして、二斬は二斬で何事もなかったかのように段ボールを全て積んで持っていく。

 当然、俺はすぐに追いかける。


「ちょ、先輩! 俺の仕事が!」


「天渡は私が守る」


「いや、守るって何から?」


「段ボールを落とした際の足の指」


「え、そこまで?」


 まさかそんなところを守ると言っているのかこの子は。


「それに前のめりに倒れた際の段ボールの腹部の直撃、及び膝の強打。後ろに倒れた際のお尻の強打、及び腰も」


「過保護がすぎないか?」


 守るの定義が広すぎる!! 俺は一体どこまでの範囲で守られるんだ!?


 それからというもの、俺の仕事はまあなかった。それはもうなかった。


 棚の上にある荷物を取ろうとすれば、あごに頭突きされて怯んでいるうちに持っていかれるし、先輩方にお茶でも淹れて持っていこうとしたら既にやられてるし、時間が余ったから掃除しようとすれば手足拘束されて目の前で二斬の掃除を見させられるし.......。


 これって新手のイジメですか?

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