第2章 忘れたものと思い出すもの

第11話 もう既に運命は決まっていた

「今ってどこに向かってます?」


「私達の事務所だ。普段はそこで働いている」


 俺は軍服の女性美琴さんの運転する車に乗って事務所へと目指している。

 車窓から見える景色は多くの乱立したビルが右から左へと流れていき、雲一つ見えない空はいつまで経っても変わり映えしない。

 当たり前の景色で、当然見慣れた景色だ。


 とはいえ、これから俺の日常がまた変わらずに進んでいくことはなく、通常なら関わることのない「アストラル」という力に関わってしまったために事務所へと言わば移送中なわけだ。


 俺は車内に効いた割とガンガンに吹くクーラーの涼しさを感じながら、ぼんやりと外の景色を眺める。

 そんな時間が約10分ほど経つと事務所から少し遠い駐車場に止められ、そこからさらに歩くこと約5分。


「さあ、着いたぞ」


「ここが.......事務所」


 どこかヤクザとかが経営してなくもないよく見そうな不動産に辿り着いた。

 しかも、驚きなのが割と俺の住んでいる家から近い。事務所の方の通りはあまり行く機会がなかったからしらなかったけど、こんな場所にあったとは.......。


 それから、美琴さんについていって事務所の中に入った。

 まず目に映ったのは横に長い額縁にある大きな字。その字は「僥倖」と書かれていた。

 .......なんだろう。この最初っから運に期待しまくっているような感じは。しかも、ああいう額縁に入るのって社訓的なものだったような.......。まさかあれが社訓とは言わないだろうな。


「ん? ああ、その字が気になるだろう。実はその字は私が好んで書いてもらったんだ。なんか良いこと起きて欲しいだろう。ちなみに、社訓だ」


 まさかの社訓らしい。運任せすぎやしないか?

 すると、美琴さんは目の前に置いてある客人と談話するための場所であろうソファと机を避けていくと奥の書斎に座った。

 そして、その書斎には「所長」と書かれたプレートがあった。ん? ってことは、この人がこの事務所の責任者ってことか?


 美琴さんは俺を手招きする。どうやら書斎机の前に来て欲しいらしい。

 俺は周囲を見回しながらその場所に向かっていく。

 割と広めの部屋だ。割と人数多めでも余裕ありそうな感じで、動く分には問題なさそうだ。

 それから、壁の両端にはガラスの扉で外から見えるようなっている棚がある。その棚にはいくつものファイルがあり、「~~~~事件」ってのが多かった。

 また、角には観葉植物があって、左手側には扉がある。まだ他に部屋があるらしい。


 .......ん? これはあれか? 探偵業とかか? いやだとすると、「アストラル」って力はどうなのか説明つかないな。

 まあ、その他もろもろは説明してくれるだろうけど。


 俺は美琴さんの前に立つとひじ掛けつきの高級そうな回転する椅子に寄り掛かっていた美琴さんはしゃべり始めた。


「改めて、ここで所長をやっている【反加 美琴】だ。皆からは所長と呼ばれているから、お前もそう呼んだ方が楽だろう」


「それでここに俺を呼んだ理由は――――――――」


「まあ、そう焦るな。まずはお茶でも飲んで落ち着かないか?」


「いや、今は大丈夫なので―――――――」


「そうか! 飲みたいか! さあ、入れてやろう!」


 全っ然人の話聞かないな、この人。いや、この感じはわざとはぐらかしている感じに近いか。

 美琴さんは椅子から立ち上がると「確かお茶請けがここに」と呟きながら、俺の横を通り過ぎようとする。

 その時、美琴さんは不意に足を挫いて横に倒れそうになった。

 俺は咄嗟に美琴さんを正面から支えに行く。


「大丈夫ですか?」


「ああ、久々の客人だから無意識に緊張してしまっているのかな」


 美琴さんは少し恥ずかしそうに苦笑いした。

 その笑みは妖艶さを纏っていて、同時に揺れた髪から出会った時と同じ透明感のある爽やかな香水の匂いが漂う。

 本当に19歳なのだろうか。少なくとも腹部から感じるこの胸圧は19歳のものとは思えない。で、でかい。

 とはいえ、なんだかこの人が緊張する人には見えないのだが。


「いい筋肉をしてるな」


「おひょ!?」


 俺が美琴さんを起こそうとすると美琴さんはおもむろに胸板をまさぐってきた。

 な、何やってんだこの人!? 思わず変な声が出てしまったでしょうが!


「この発展途上ながら適度についている胸板」


 ん?


「そして、人を魅惑するような鎖骨」


 んん??


「これからもっと絞れば引き締まっていい体になるであろうと確約している腹直筋」


 んんん???

 この人は急に何を言い始めたんだ。というか、そんな人の筋肉をまさぐんないでください。ちょ、やめ、あ、そこは!


「なんかこう.......興奮して来ないか?」


「ほわっ!?」


 美琴さんは上気した顔で上目遣いしながら俺を見る。そして、わがままボディを押し付けていく。

 俺は必死に体を反らすが、足がその場から離れようとしない。

 こ、ここここれはどういう事態なんだ!? 何が起こってこうなった!? なんでこの人急に発情してるんだ!?


「なあ、君もそう思わないか?」


「ひっ!」


 美琴さんは俺の耳にボソッと呟く。その耳からはくすぐったさと生暖かい吐息がかかって、俺の頭はおかしくなりそうだ。

 や、やばい! エロい! エロすぎる! なまじスタイルがいいだけに特に巨大で豊満な実りの影響力が大きい! それでいて美人とか! やっぱあんたほんとに19歳かよ!


「ちょ、ちょ何やってるんですか!?」


「何ってワイシャツを脱がしてるのよ」


「ほんとに何やってるんですか!」


 俺は止めようと美琴さんの腕を掴む。しかし、止まらない。え、何この人。筋力値ゴリラとかなんとかですか?


 そして、結局俺のは脱がされ、大事なワイシャツは遠くへ投げ飛ばされると美琴さんは今度は自分の服を脱ぎ始めた。

 当然、俺は止めようとする。ここで誰かに見られたら明らかに(社会的に)死ぬ。


「もう強引なのね」


「ええ、(止めるために仕方なく)強引ですよ!」


「いけない人♡」


「やっぱ、どうなってんだよ。この人の腕動かなすぎだろ――――――わぁ!」


「きゃっ!」


 美琴さんの暴走を止めようと必死になっていると突然前方に引っ張られた。

 それは美琴さんが背中から倒れたからであり、結果的に俺が美琴さんを押し倒したみたいになった。

 やばいやばいやばい! これはMAGIでやばい!!


「なんか音がしたけどどうした――――――――」


 あ、オワタ.......。

 ガサッと荷物を落としたと同時に汚物にも向けないような無機質な視線を向けている二斬の目は俺の社会的終わりの鐘の音を告げていた。


「八つ裂きにしようかな」


 聞こえてますよー。ボソッと言ったつもりでしょうけど、聞こえてますよー。

 するとその時、俺の下からも冷静な声が聞こえた。


「よし、目撃者確保っと。えー、ただいまの時刻を持って強制わいせつ罪でお前を逮捕する」


「ほえ?」


「まあ、もとよりARリキッド不法所持という余罪もあるんだけどな」


「.......」


 俺の思考力はその機能を完全に停止していた。もう何言ってるか全然わからない。女の人コワイ。

 美琴さんは俺をどかしながら立ち上がると身だしなみを整えていく。そして、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。

 その紙は赤い塗料のようなもで浸した感じで、半分ほどが赤くシワシワになっていた。

 そして、その紙には明らかに手書きでこう書かれていた。


『天渡凪斗殿 貴君を警視庁特殊捜査任務東京都月宮支部の一員として承認する』


「さて、強制わいせつ罪で女の敵というレッテルを張られて牢獄にぶち込まれるか、もしくはARリキッドという国家機密を知って一生観察されながら過ごすか、私達と一緒に一員となって働くかどれを選ぶ?」


 オンナノヒトコワイ。

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