第10話 余韻に残る実感

「知らない天井だ.......」


 俺は目覚めるとすぐにエ〇ァネタを呟きながら、周囲を見る。

 実のところ本当に知らない天井だ。真っ白い天井に真っ白い壁。右隣には柵つきの真っ白いベッドがある。

 .......なるほど、ここは病室か。思い出せる断片的な記憶があのインコの化け物を倒した後だから、軍服の女性が助けてくれたのか。


 そういえば、気づきたくなかったのだが、左隣から異様に甘い香水に匂いがするのは気のせいだろうか。

 否、気のせいではない。何かがいる。俺の直感はそう確信している。

 はてさて、隣には何がいるのか俺が忘れているだけの幼馴染か? 謎の美少女か? はたまたえっろい美人のお姉さんか? なんてあるわけ――――――――


「ふふっ、おはよ」


「.......」


 俺は一旦見たものから天井へと視線を戻すと目をつぶる。

 落ち着け。一旦落ち着け、俺。これはどういうことだ? なぜ俺の隣にピンクのゆるふわの髪をした泣きボクロがチャーミングなのお姉さんがいるんだ?

 .......ああ、そう言うことか。俺はどうやらまだ夢の中にいるらしい。

 俺も伊達に長く我が至宝を守っていない。そして、勘違いをするほど軟弱ではない。これは夢だ。夢に違いない!


 とはいえ、万に一つもあり得なさそうだが、見間違いということもなくはない。そのための確認が必要なのだ。

 だから、決してもう一度あの掛布団から溢れ出ているような胸を見たいのでは"決して"なく! 純粋に俺の今ある状況を確かめるための行為であって! 断じて破廉恥な行為ではないとここに宣言いたします! はい、そう! そうなんです! だから、けっして――――――――


「もう、無視しちゃやーよ。ふふっ」


 だから、決して不純な気持ちではなくただの事実確認であってこの行為による自分の非は一切ないわけで、故に俺の右腕に感じる一切の柔らかさも感知しないということだから、その、いや、「こんなに柔らかい」とか「こんな感じなんだとか」決して思っているわけでもないでもなく、それはいわゆる男の性というものであって、体が勝手に肌に体中の全意識を向けているのは仕方ないことであって、俺が直接ふれているというよりは触れてしまっているのだから、それにこの状況が一切嫌いとかではなくあああああああおっぱい!!!


 俺は女性から目線を逸らすと目頭を押さえる。


 あー、感じる。目頭を摘まんでる意識を感じる。夢じゃない。夢じゃないなーこれ。あーどうしよ。

 俺には一体何があったんだ。もしかして、俺の意識がないうちにエクスカリバーが暴発してしまったというのか!?

 いやいや、俺は伊達に長いことエクスカリバーを引き抜いたまま手放したことなど一度もない。しかも、見ず知らずの女性を押し倒してゲットなんてそんな夢物語あると思うか?

 そもそも俺にはそんな度胸はない。ああ、残念ながら.......とても悲しいことに。


 ここはキッチリ何があったか話してもらおう。け、けけ決してラッキースケベイベントに甘んじてわけではないぞ! そう決して!


 俺はその女性に今の状況を尋ねる。


「あ、あのー」


「なーに?」


 甘い声が耳から脳に響いていく。この人――――――捕食者かもしれない!


「今ってどういう状況です?」


「どうって.......」


 女性は少し考える素振りを見せるとクスッと妖艶な笑いを浮かべて告げる。


「夕べお楽しみでしたね」


「朝チュンじゃねぇか!」


 俺は思わず大声で叫びながら全く記憶がないことに後悔した。

 そういえば、やけに布団の布地をダイレクトに感じると思えば、俺も裸じゃねぇか!

 おいおいおい、マジかよマジかよマジかよ! いつの間に俺は大人の階段を上っていたんだ!? そして、どうしてそんな貴重な人生に1ページをろくすっぽ覚えていないんだ!

 悲しい......悲しすぎる。何があってそうなったのかわからないが、悲しすぎる。


「.......ぷふっ、くふふふふ」


「?」


 するとその時、隣にいた女性は急に抑えきれなくなったように笑い始めた。

 正直、何がそんなにおかしいのかわからない。もしかして、俺の初体験はそんなに哀れだったのか。


「入るぞー.......加里奈、またやっているのか。はあ、懲りないな」


「あ、あんたは.......!」


 俺が寝ている病室に入って来たのは軍服の女性。

 思わず上体を起こす。やはり裸だ。

 見られた瞬間はあまりにも体験したくない修羅場を体験したような気分になったが、これはどういうことなのか。もしかしてこれは実は――――――


「3ピ―――――――」


「アホか」


「いてっ」


「くふふふふ、ははははは!」


 俺の発言は軍服女性の持っていた黒いノートのようなもので頭を叩かれ一蹴した。

 その光景かもしくは俺のバカな発言かわからないが、隣の女性は口を手で押さえながらも隠しきれないほどの大きな口で、それはたのしそーに笑っていた。


 それから、軍服女性から聞いた話によるとここは軍服女性の所属する組織の病院らしい。もちろん、一般病棟もあるらしいが、俺にいる場所は特殊病棟だという。

 そして、俺の隣にいるエロいボディをしたピンク髪の天然ビッチ風女性【加里奈】さんはここの看護師だという。

 サービスが充実.......ゲフンゲフン、看護師がそんなんでどうかと思うが。


 加里奈さんはからかい好きだという。特にこう、男の純情を弄ぶ感じで。いつか痛い目に合いそうな感じだ。

 その加里奈さんは腹がよじれるほど笑った後、「気に入ったよ」と言って立ち去ってしまった。どうやら嫌な気に入られ方をしたようだ。


「腕の調子は良さそうだな。アストラルを体の限界以上に使ってしまったツケだ。少し直りは遅いが我慢しろ」


 ハーフアップのブロンドをフワリと揺らし、なんとも視線が揺らいでしまうような二つの巨峰を避けつつ、包帯が巻かれた右腕を見る。

 この右腕が軍服女性が言っていたダメージだ。

 どうやら俺があの時使った全力の雷パンチはやはり腕に相当な無理があったらしく、自然治癒力が高まったこの体でも治るのは時間がかかるようだ。

 まあ、あの時は二斬を助けるのに必死だったし―――――――


「あの! 二斬の様子は!」


 俺はふと思い出した二斬の安否を女性に尋ねる。

 あの時の二斬の傷は酷かった。二斬のような小さい子が流していい血の量を遥かに超えていた。

 倒した後、俺は倒れてしまった。もし、あの時この人が来てくれなかったと思うと.......


「凪斗、そんな悲観的になるな。結果はどうであれ、お前はとしてよくやってくれた。そして、お前のおかげで結衣は無事だ。お前と違ってアストラルによる傷じゃないからな。もうすでに完治している。とはいえ、顔が見えなければ心配だろう。結衣、入れ」


 女性がそう言うとガラガラガラと病室のドアが横に動いた。すると、結衣の姿が見えてきて――――――鋭く冷たい眼差しで見つめてきた。

 俺の体温を奪っていくような冷えた無機質な目はそれだけで俺を殺そうとしている。あれ? 俺なんかした?


「変態、八つ裂きにしてあげるからその場でジッとしてて」


「それについては誤解だから!」


「朝ち.......なんて言ってたくせに」


「言ってた! 言ってましたけど! やめて! その鎌は! ほんとシャレになんないから!」


 結衣は鎌の刃でギギギッと床を削りながら歩いてくる。その姿に死神を連想し、俺は思わず目をギュッと瞑り、身を縮こませた。


「バカ」


「――――――!」


 ボソッと聞こえた言葉とともに頭がそっと何かに包まれていく。

 恐る恐る目を開けていくと結衣の腕であった。しかも、その腕は僅かに震えている。

 俺はあまりのことに驚いて何もできなかった。

 ただ柔らかな白に近い銀髪と鼻孔をくすぐる優しい匂いに俺自身も安堵を感じ始めた。


「無茶して、バカ」


「バカでごめん」


「私が守るって決めてたのに、守れなかった。危険なことに巻き込んでしまった。そんな私は大バカだ」


「二斬はバカじゃないだろ。俺のために戦ってくれたんだろ? そんな人を俺はバカとは呼ばせない。たとえ二斬自身でもな」


「......ずるい奴」


 二斬はボソッとそう言うと俺から離れた。そして、嬉しそうに笑みを浮かべると病室を出ていく。

 ステップを刻んだような足取りの二斬の後ろ姿を見てようやく助けられた実感を得た気がした。

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