第9話 クソ野郎は叩きのめす

 間に合った。なんとか間に合った。一先ずその安堵が大きかった。

 俺の心に渦巻く感情は実に様々なもので気にしているとキリがない。

 だから、今は目の前にあることに集中することにした。


 傷ついた二斬の姿。背中は大きく斬りされていてカーキー色のジャンバーが血を沁み込んで黒くなっている。

 そして、すぐそばには血が引きずられたような跡がある。恐らく武器を取りに行こうとして這っていったのだろう。全く、無茶なことをするもんだ。

 だが、そんな無茶をしなきゃ勝てない相手ってことだ。


 俺はすぐに二斬に近づく。すると、二斬は驚きと安堵が混じったような表情で俺の服を掴む。


「良かった.......生きててくれて。でも、逃げて。私は大丈夫.......だから」


「現状一番だいじょばないやつが何言ってんだ。むしろ、俺に任せろ。俺とお前を傷つけた分をキッチリお返ししなくちゃいけない」


 俺は出来る限り傷口に触らないようにお姫様抱っこすると近くの木へと座らせる。

 顔が若干青ざめてきている。どことなく体温も低い。これは血の流し過ぎだな。止血したいところだが、傷が大きすぎて医療に無知な俺が下手にやると悪化してしまうかもしれない。

 なら、早く二斬を安全な場所に連れて行くためにも、逃がしてくれなさそうなあのクソ野郎を倒さないとな。


 俺は神社に続く石畳の上に戻ると瓦礫を吹き飛ばすようにクソ野郎が出てきた。

 あの化け物は殴られた顔面を抑えながら、ノシノシと重そうな体を動かしていく。


「オマエハサッキノ!?」


「しゃべれんのかよ。このセリフも二回目だな」


「シニゾコナイガ」


「死の淵からお前をぶっとばすために戻って来たんだよ。二斬を泣かしてくれやがって.......許さねぇ!」


 俺は地面を勢いよく蹴る。

 バチッと紫電が弾けた音ともに俺の体はまさしく雷光のような超スピードでクソ野郎に接近していく。

 さっきの俺は全く力がなかった。だが、今は心底力が溢れてくる。さっきの俺と同じにしてんじゃねぇクソ野郎。


「グガッ!」


 俺は正面から全力の右ストレートをぶちかます。

 クソ野郎は反応できていない様子で俺の拳を腹部からまともに受けた。その瞬間、クソ野郎の体に俺に纏った紫電が伝わって感電させていく。

 見たところあまりダメージを受けている感じはしないが、まあないよりマシだ。一気に畳みかける!


 僅かな痺れ状態を活かして背後へと回り込むとそのまま回し蹴りを脇腹に叩き込んでいく。

 それによって、クソ野郎の体が横に傾いていくと背骨に向かって左ストレートからのドロップキック!

 クソ野郎はそのまま地面を転がっていく。しかし、すぐに体勢を立て直す。


「ナメヤガッテ」


「お前を許すわけには行かねぇ――――――!」


 俺は隙も与えずに殴り掛かりに行った。しかしその瞬間、クソ野郎はまるで空気中に溶けていくかのように足元からスーッとその体を背景と全く同じにした。

 そのあまりの自体に俺は思わず攻撃を止める。すると、二斬が声をかけてきた。


「鳥類は.......まだ近くに.......いる。逃げ.......ない」


「ありがとう、二斬。だけど、もうしゃべるな。体の回復に集中しろ」


 なるほど。二斬がやられたのはこれが原因か。気配も感じない。確かに、やりたい放題だ。

 だが、これには必ず穴があるはず。それを見つけるんだ。

 周囲に耳を済ませろ。臭いを辿れ。空気の動きを肌で感じろ。

 自分がアニメの主人公にでもなったかのようにこの場の状況を深く意識しろ!


 夜風による森のざわめきが聞こえる。血の臭いが辺りの漂っている。南から北にかけて風が抜けている。

 俺はふと仁王立ちになって目を瞑る。


 俺の能力は【雷操者ボルトウェアラー】という。名前は頭に流れ込んでくるように思いついた。

 まあ、雷なんて大層な威力のものは今は出来ないが、少なからずの紫電なら体に纏わせられることに気付いた。

 といっても、これも頭の中に勝手に簡単な操作が流れてきただけなんだが。


 ともかく、その紫電からわかることは自分の体から溢れ出る僅かな電磁場を感じられるということ。

 その電磁場はセンサーみたいなもので(これもほぼほぼ体に纏わりついているみたいな状態だが)その範囲を上手く広げられれば相手の体のいわゆる生体電気的なやつを感じ取れる......はずだ。


 しかしまあ、現状の欠点はそれを止まってしか使えないということだが―――――右側に僅かに風の揺らぎ!


「がっ!」


「凪斗!」


 俺が反応しようとした時には胴体から右脇腹にかけて大きく斬り裂かれた。

 斬り裂かれた部分には熱がこもり、空中には鮮血が舞っていく。超痛てぇ。

 だが、痛みを堪えながら横に転がって距離を取っていくと陽炎のような僅かにあった実体の揺らめきはすぐにどこかへ消えていく。



 すると、俺は再び仁王立ちになり、先ほどよりも少し広めに電磁場を作り出した。しかし、あくまでその範囲は体から15センチほどしかない――――――正面から風向きと違う風!

 俺なら正面からでも十分てか。なら、その考えを後悔させてやる!


 俺は不自然な風を肌で受けて、クソ野郎の何かが俺のセンサーに触れた。しかし、それを俺の認識から動いてでは遅い。


 ――――――だから俺の視覚情報を雷で向上させる!


 できているか分からない。だが、そんなことはどうでもいい。こういう魔法みたいな能力はイメージでどうにかしろって言うだろ? そんなものだ。

 俺の視覚は周囲のありとあらゆる情報を捉えていく。

 自分の移動速度から電磁場の揺らぎ。風の流れ。周囲に聞こえるいろんな音。陽炎のように僅かに空間が歪んで見える相手の体。そして、自分の見ている世界。


 俺は体を横に動かしていく。

 クソ野郎の攻撃は薄皮を斬りながら遠くへ攻撃の手は流れていって、二撃目は来ない。


「攻撃する時には完璧に姿を消すことは出来ないみたいだな―――――――なら、もう逃がさない!」


 俺は雄叫びを上げながら右拳を振る。その瞬間、俺の右拳は静電気のような弱い電力ではなく、まるでスタンガンのようにバヂッと僅かに鈍い音を紫電のように走らせていた。

 その電気は俺の右手を壊していくように所々に皮を引き裂いた跡をつくり、火傷をつくり、その傷口から血を溢れさせる。

 恐らく高電圧による影響とかなんとかだろう。しかし、そんなことは俺には関係ない。


 俺はただ目の前にいるクソ野郎を、女の子を泣かすクソ野郎を叩きのめすだけだ!


 その拳による右フックはクソ野郎の腹部に直撃した。その瞬間、聞いたこともないような断末魔の声を上げていく。

 全身は俺の右拳の電流が感電していき、体を激しく痺れさせている。

 腹部にあった傷口は火傷とともに開いていき、大量の血を流していく。


「おらああああああ!」


 俺は拳を全力で振り抜いた。

 全身に力が入った大振りの拳はクソ野郎の体を浮かせて崩れた神社へと思いっきり突っ込んでいく。

 瓦礫を周囲にまき散らし、瓦礫のホコリを空中へと舞い上がらせる。

 先ほどまで吹いていた夏の風は姿をくらまし、熱帯夜が訪れる。


 右拳は――――――否、右腕はボロボロであった。

 いたるところに傷口があってそこから血が溢れ出ている。そして、その血は指先に絡みつくように流れていき、地面へポタポタと滴を落としている。

 正直、めちゃくちゃ痛い。でも、今一番痛々しいのは二斬の方だろう。だから、俺は平気なフリをして二斬にサムズアップする。


「大丈夫か! すぐに仲間を呼ぶ! 死ぬんじゃないぞ!」


 するとその時、この場に軍服の女性が現れた。そして、俺達の様子を見るとすぐさまどこかへ連絡していく。

 その姿を見ると俺は思わず安心してしまい、無意識に抑えていたであろう全身の痛みが体中を駆けずり回る。

 そして、俺はその痛みに意識が持たず、その場で思いっきり倒れ込んだ。

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