第2話 忘れられない夏#2

「―――――――えーであるからして、この世界は実質的第三次世界大戦と呼ばれた科学技術競争であらゆる機械や技術が一段階グレードアップしたものでありますが、それに伴ったデメリットもまた存在しており―――――――」


 近代歴史の先生が黒板に板書されているものを指さしながら、メモするのも飽きるような長文をしゃべっていく。


 この教室にいるまばらにいる誰もが机に浮いたように表示される半透明ディスプレイに目を通しながら、同じく机に表示されたキーボード型のディスプレイで文字を打っていく。

 そして、昔見慣れたノートにペンというスタイルはもはや原型もなく、教科書すらもない。使っている人もいなくもないがもはや物珍しいと思われる環境。


 そんな中でも授業を集中して聞くか否かと問われれば、それは今も昔も変わらない。

 もはや別の言語と化している先生の話を右から左へと受け流しているようにぼんやりと聞いている俺【天渡 凪斗】は悲しくも夏休みの補習を受けていた。


 外から聞こえるセミの声はより夏が到来したことを告げるように、中途半端に効いた冷房の冷たさをかき消していくようだ。

 窓を開けても夏特有の熱風に襲われ地獄。窓を開けなくてもジリジリと蒸すような暑さが襲ってきて地獄。

 だから、俺は一刻も早くここから出たいと思った。


 ――――――キーンコーンカーンコーン


 授業が終わりの音を告げる。

 俺はジメジメして湿った腕を不愉快に思いながらも、「いかにも集中して聞いていましたよ」感を醸し出しながら、大きく伸びをする。


 俺の受ける補修はこれだけで、これだけのために朝の30分の移動をしなければいけない。

 しかし、期末テストで近代歴史だけが赤点で自分が不勉強だったのが悪いの。なので、その時の自分の忌々しさがこの気持ちを儚くさせる。

 ......はあ、きっと他の奴らはキャッキャウフフしてんだろうな~。クソぅ、リア充め。俺のディクショナリーに彼女という言葉は乗ってねぇんだよ。


 俺は別にぼっちというわけではない.....現在を除いて。

 悲しきことに俺の友人は赤点を余裕で回避して補習をさよならバイバイ。あんなにも互いに「大丈夫だ」と励まし合い、テスト直前まで深夜通信プレイをしていたのは何だったのか。


「裏切りものめぇ~」


 弱弱しい声が漏れる。その声を体現するかのように頭を垂れながら、手で頭を抱える。

 ともあれ、ここにいても仕方がない。そう思うと俺は教室を後にした。


 ***


 しばらくして、人通りの多い帰り道を歩いて行く。

 時間がお昼頃だからか、オシャレをした俺と年齢が近い若者が夏を謳歌している。

 オシャレな男女がこの季節を境に右往左往。全く.......これだからリア充は。だが、夏だからこそよく見えるその美しい脚線美は評価しよう!


 俺の視線がキリッと細くなる。そして、目の前にいる女性陣グループのミニスカート、ホットパンツ、少し透けているロングスカートにロックオン。

 スラッと伸びる炎天下に負けない白い脚。さらに足先まで見えるサンダル。実に素晴らしい季節だ。

 全く外に出たいとは思わないが、この誘惑があるから時折外に出ることがやめられない。良きぞ、ビバサマー!


「視線がエロい」


「なんだ藪からスティックに」


「その言い回しもダサい」


「........」


 俺が振り返るとそこには小学生といっても過言ではない容姿でありながら、目を見張るほどの容姿をした西洋ドールとも言ってもおかしくない【二斬 結衣】の姿があった。

 その二斬の服装はフリルの着いた白色のノースリーブに紺色のスカートというカジュアルのもので、その格好が小学生との違いを対比していた。

 そんな二斬はどうしようもない人を見るような目で俺を見る。そして、どうしようもないため息を吐く。


「八つ裂きにされたい?」


「唐突な死刑宣告!?」


「あ、市中引き回しの方がいいか」


「何サラッと刑の内容を増やしてるわけ? 選択肢てもどっちにしろ待ってる死のみじゃん。俺が何したってんだ」


「視姦わいせつ罪」


「......んな、バカな!」


「12時37分、視姦わいせつ罪で天渡容疑者を現行犯逮捕」


「俺は冤罪だー!」


 二斬は俺の少し前を歩く。そして、振り返るととってもいい笑顔で俺に告げる。


釈放ゆるされたかったらお昼奢って?」


「横暴が過ぎる」


 そう言いつつも、俺のお腹の虫も景気よく音を鳴らす。そのことに俺は若干恥ずかしそうにしながらも、二斬の隣を歩き始めた。

 そして、周りにある飲食店を物色していると二斬が俺に話しかける。


「そういえば、今日は何の補習だったの? というか、赤点あったんだね」


「いつもギリギリを生きていたいから」


「そんなどっかのアイドルグループの歌にあるようなことを言わなくていいから、バカト」


「とってつけたように人の名前をバカという言葉で改造すんな」


「それじゃあ、アホト? それともゴミカス?」


「ダイソン並みの変わらない辛辣さの上に最後に至っては本当にただの悪口。原型も残ってないからね」


「ツッコミ上手~~~」


「バカにされている気しかしない」


 俺は思わずため息を吐く。その一方で、二斬は実に上機嫌で楽しそうだ。

 ともあれ、俺は「まあ、二斬が楽しそうならいいか」と思うと気を取り直すと近くにあったファミレスを指さすと二斬に尋ねる。

 すると、二斬も同意したのでその店に寄っていった。


 俺と二斬はテーブル席に座ると店員が水を運んできた。しかし、俺の視線はそこにあらず、可愛い制服でもなければ、胸.......もなくもないが、それ以上にチラリと見える足。

 やや細いとも思われるが柔らかそうなふくらはぎに目を奪われた。


 だがすぐに、すぐ近くから来る視線にハッとする。その方向には窓から降り注ぐ日射しと真反対の闇属性を宿らせた瞳の二斬がブツブツと何かを告げている。


「ふ、二斬さん? いかがされました?」


「ん? あー、これから口をつけるであろう天渡の水に呪詛を込めただけだよ。気にせず飲んで」


「いい笑顔で何言ってんのこの人。それでいて容赦なく勧める胆力」


 ピカーッと純粋無垢のような顔から差し出された水が入ったコップはどこか邪気に溢れているような気がした。

 ......きっと俺の思い過ごしなのだろうが、俺視線からではそう見えて仕方がない。

 しかし、ずっと日射しの下で歩いてきたのは事実なので、俺は勇気を振り絞ってその水をゴクリと飲んでいく。


「な、なにもない.......だと!?」


「その驚かれ方されるのは初めて」


「いやー、本当に入っているような気がしてさ。失敬失敬」


 俺がそう言うと二斬は呆れたようなため息を吐く。

 その一方で、こんなにも気軽に乗ってくれる二斬に俺は思わず笑みを浮かべる。

 そして、ふと昔仲良かった黒髪の少女と重なって見えた。とはいえ、さすがに身長が全く伸びていないことはないだろうが。


「どうしたの?」


「いやー、なんかふと懐かしく感じてな。ほら、腹も減って来たし、早くなにか注文しようぜ」


「あ、うん.......」


 俺はテーブルにあったメニュー表を手に取ると二斬に見せやすいように広げた。そして、「これとか美味そうだな」と言って指差していく。


 楽し気な雰囲気に、外気を切断した店内のエアコンから送られてくる涼しい風は実に居心地を良くさせる。

 先ほどまで汗ばんでくっついていたワイシャツも乾き、隙間から涼しい風が入ってきて体を冷やしていく。

 いつもと変わらない。そうきっと変わらない。当たり前の日常が当たり前みたいに考えることもなく続いていく。


 そう信じていた――――――今日までは。

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