第7話 迷惑な勧誘
今日すべての授業を終え、教室は雑踏に飲まれる。さっさと身支度を済ませて帰る者もいれば、帰りの支度などせずに放課後の予定を話し合う者もいた。
僕はどちらでもなく、帰り支度を済ませ、リュックサックを肩にかける。
しかし、校内放送が鳴り響き、僕は「しまった」と天を見上げた。そうだ、今日から部活動の勧誘が始まるのだ。1階玄関ロビーで開催されるという部活動の勧誘。僕は最初から部活動に入る予定などないので関係のない話だが、問題はそこではない。部活動の勧誘というのは関係のない者ほど関係のあることなのだ。
「長谷川君、もう帰るの?」
そんな僕に話しかけるのはおなじみの
「あれ?
そう言われて隣に目を向けると、先ほどまでいたはずの
「ど、どうしよう、どこに行ったのかな、何か変なことに巻き込まれてないかな」
「え、いや、流石に大丈夫でしょ、多分トイレに行っただけだよ」
変なことに巻き込まれる?外出先でことごとく殺人事件に出会う探偵じゃああるまいし、そんなことはないだろう。
「ううん、でも心配だわ。長谷川君、一緒に探すの手伝ってくれない?」
「え、ああ。それは別に構わないけど、まずはトイレを探してからにしよう」
「うん、ありがとう。じゃあまずは、この階のトイレに行ってみましょう」
この階のトイレは僕たちの教室から一番遠くに位置している。端から端に移動した湯崎さんは女子トイレに消えていった。
しばらくして出てきた湯崎さんの表情は晴れないままだった。
「いないわ。中には誰もいなかった」
「そうか、じゃあどこに行ったんだろう。手分けして探してみようか」
「うん、お願い。そんなに遠くには行ってないだろうから」
見つかったら連絡して、という会話でその場を後にし、乃崎さんの捜索を開始する。今朝、連絡先を交換したことがここで役に立つとは。
心配からか顔が少し強張っている彼女を背に、一番心当たりのある場所へと向かう。まあ、今日、この時間に人探しをするとすれば必ずこの場所は探さないといけないだろう。少々面倒くさくはあるが、湯崎さんの今にも泣きそうな顔を見てしまっては、そうも言っていられない。
1階玄関ロビー。まずはここから。想像通り人でごった返している。この人混みのなかに自分から飛び込んでいくなどもっての
あちらでは
そこまで広くない玄関ロビーではそこらの夏祭りよりも盛況なお祭り騒ぎだ。
今日、この時間帯に「巻き込まれる」と言ったら、この人混みだろう。
……しかし、これほどまでとは。一応の通路は勧誘する部員たちが往来し、新入生を物色している。この中から見つけ出すのは至難の業だ。どこから探していいものやら。階段の踊り場からその様相を見つめていたが、階段のすぐ下に勧誘「する者」と勧誘「される者」がいた。する者は女子生徒。持っている看板から茶道部であることがわかる。一方、される者はと言えば…………見つけた。
これが俗に言う「灯台下暗し」と言うやつか。
「おーい、乃崎さん!」
その場から呼びかける。しかし、この雑踏のなかだ。こちらの声は聞こえていないらしい。すると、しばらくの受け答えのあと、どこかへ連れて行かれている。
「おいおい、どこに行くんだよ」
仕方ない、と湯崎さんに繋がりかけた電話を切り、後を追う。
この人混みでは向こうもなかなか進めなかったようで、すぐに追いつくことができた。
「志桜里、どこに行くんだ」
咄嗟に乃崎さんの腕を掴む。勢いで下の名前で呼んでしまった。まあ、いい。
茶道部の部員には最初、新入生を欲している別の部活動かと疑われたが、事情を話して諦めてもらう。しかし、申し訳ないことをした。
「ふぅ、湯崎さんも心配していることだし、教室に帰ろうか」
乃崎さんは相変わらず首を縦に振るだけだが、いつまでも握っていては困るだろうと腕を離し、……いやしかし、この雑踏ではまた逸れてしまうかもしれない、と腕を掴み直して教室へと帰る。
湯崎さんは教室に帰る途中で連絡していたので、すぐに飛んできた。
「志桜里!もう、勝手に出て行ったら危ないでしょ!?もう」
「まあまあ、こうして無事に帰ってきたんだから、ね?」
「でも、何しに行ったのかしら、志桜里は……」
「いや、まあ……トイレに行ったら迷ったらしい」
「は?ここから一直線に行けばいいだけなのに!?」
「まあ、人を避けながら行ったら迷った、と」
「ふーん、まあいいわ。無事だったから。早く帰りましょう」
こうして、乃崎さん失踪事件は幕を閉じたのだった……。
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