第6話 奇妙な光景

 カフェでのんびりしていたために学校に遅れそうになったが、どうにか時間内に教室へたどり着き、すでに着席して本を開いている乃崎さんの隣に座る。彼女はこちらに気づいたようで会釈であいさつをする。そこに今ではもう見慣れた顔がやってきた。


「おはよう、長谷川君。随分と遅かったけど、もしかして道に迷ってたり?」

「いや、大丈夫。いろいろあって遅れただけだから」


 迷ってはいない。しかし、あまりにジョギングから帰るのが遅くなったので大家である美世子みよこさんが心配していたのだ。もう一歩遅ければ警察を呼びそうな勢いで心配していたようなので危なかった。まあしかし、連絡しなかった僕にも非はあるのだが。


「それより湯崎さん、お母さんからお弁当も貰っちゃったけどよかったの?」

「うん、全然。志桜里のも作ってるし、2人分も3人分も変わんないよ」

「そう?じゃあお言葉に甘えて」


 そう言えば、僕が弁当を持って帰ってきたことにも何か文句を言っていたな、美世子さん。確かに、ジョギングに行ったはずの人間がどこからともなく朝食を済ませて弁当も持って帰ってきたのだから、驚くのは仕方のないことだ。

 しかし、心配してそれどころじゃなかったと言っていたが、美世子さんもお弁当を作ろうとしていたのだから驚きだ。昨日自分で作るから大丈夫だと言っておいたはずなのだが。


「そうだ、長谷川君。一緒にお昼ご飯食べない?なんだか志桜里もあなたのことは気に入ってるみたいだし。どう?」


 気に入られているって、どこが。僕は彼女の声すら聞いたことがないというのに。


「そうなのかな?」


 僕が疑問を呈すると、乃崎さんがものすごい剣幕でこちらを見つめている。

 どうやら同意のまなざしのようだ。


「どうやら、そうらしい」

「でしょ。じゃあそう言うことで」


 会話の切れ目にちょうど良く、ホームルームを告げるチャイムが鳴り響くとともに、僕の一日が始まった。




 昼休憩を告げるチャイムが鳴る前に教室ではすでに机の大移動が行われ、数人のグループで机をくっつけて昼食をとるものもいれば、ほかのクラスに出向く者もいる。

 湯崎さんは自分のお弁当を持って乃崎さんの前の椅子に座る。


「今日のご飯は何かな?まあ、食べよっか。いただきまーす」


 考えてみると奇妙な光景だ。兄弟でもないのに同じ弁当を持った3人がこうして顔を突き合わせて食事しているのだから。側から見ると複雑な家庭なのかと疑ってしまうだろう。


「あれ?どうしたの?食べないの、志桜里?」

「……飲み物が欲しいんじゃない?何も持ってきてなさそうだし」


 乃崎さんは激しくうなずいて同意を示す。


「ああ、なるほどね。どこかに自動販売機があった気がするけど……」

「それなら一緒に行く?僕も買いに行こうと思ってたんだ、飲み物」

「あ、じゃあ長谷川君お願いできる?」

「いいよ、行こう」


 僕が立ち上がると、乃崎さんも立ち上がり後についてきた。

 自販機まではそう遠くなく、僕はお茶を買い、排出されたお茶を取り出したところで乃崎さんが手ぶらなことに気づく。


「あれ?財布は?」


 あっ、という表情の彼女の顔には、「忘れました」とはっきり書いてある。


「しょうがないなぁ、いちごミルクでいいの?」


 彼女がうなずくので、ボタンを押していちごミルクを取り出し、彼女に渡す。


「どうしたのそんな驚いた顔して」


 しかし彼女が首を振るので、深く考えることもなく「帰ろうか」とお弁当と湯崎さんの待つ教室へ向かう。

 教室に帰ると律義にもお弁当には一切手を付けずに湯崎さんが待ってくれていた。


「ああ、ごめん。先に食べててくれてよかったのに」

「いや、やっぱりみんなで食べたいし。一人で食べるよりそっちの方が美味しいでしょ」

「まあ、ね」

「相変わらずそれ好きだねぇ、志桜里」


 湯崎さんはいちごミルクを見ながら言った。乃崎さんは嬉しそうな顔で応える。


「そういえば乃崎さん、財布忘れるんだもん、参っちゃうよ」

「ええ!?どうしたの、それ」

「僕が買ったんだよ、忘れたっていうから」

「え、ご、ごめんね。あとで払うから」

「いやいや、いいよそれくらい」

「ごめんね、本当に。昨日から迷惑かけてばっかりで」

「いいって、気にしなくて」


 当の本人はいちごミルクにストローをさし、小さな口で飲んでいる。その姿はさながら小動物のようだ。……そう考えると本当に小動物に見えてくる。

 朝食の時と同じように僕は2人よりも早くお弁当を片付け、湯崎さんの話すことに耳を傾ける。その話は乃崎さんのことからこの学校の部活動のことまで多岐にわたっていた。昼の放送でも放課後に部活動の勧誘が一階ロビーであるらしく、部活動に入る気のない僕のような人間には迷惑な話だな、と聞き流した。

 そして、湯崎さんの話題がとうとう世界の観光名所の話にまで及んだころ、昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、学生たちは渋々午後の授業へと戻るのであった。

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