第8話 おせっかいなご老公

 窓の外には、延々と続く木々。その手前には移り行く景色を目で追いかける乃崎のざきさん。心地よいとは到底言い難いバスの中では、エンジン音や話声で溢れかえっている。かれこれ2時間ほどの長旅。山道に入って揺れは大きくなり、しかしそれが合宿所に近づいていると予感させる。

 そう、僕たちは現在、新入生の親睦を深めるための合宿へと向かっている最中なのだ。いや、この合宿の目的が本当にそうだったがどうかはさておき、肩をたたかれたので後ろを振り向く。

 すると、個包装されたせんべいが2袋、つままれている。

 「どうも」と受け取り、隣の乃崎さんに1袋わたす。

 相変わらずの乃崎さんは、せんべいを食べ終わるとまた外を向いてしまった。

 いや、「しまった」と言っても話したいことがあるわけではないのだが。それにしても隣の乃崎さんと対照的なのは後ろに座る我がクラスのクラス委員長をなさっているお方。名前は、忘れた。

 高校に入学してから数週間が経ったが、今までの様子を見るにこの人はおせっかいやき。水戸のご老公さまのような人だと思った記憶がある。まあ、女子生徒を老人に例えるのは失礼極まりないが、思ってしまったので仕方がない。

 今現在も、せんべいの代償だと言わんばかりに後ろから声をかけられまくっている。


「長谷川君はどこの中学だったの?」


 無視するのも忍びないので、答えることに。


「まあ、橘東高校辺りあのへんではないね。引っ越してきたから」

「へえ。そうなんだ。家族の転勤とか?」

「いや、両親は海外に住んでるから、僕は一人で」

「ええ!?そうなの?大変だね、困ったことがあったら何でも言ってね」

「うん、わかった。ありがとう」


 クラス委員長、通称おせっかいさんとの会話を早々に切り上げ、これから行われようとしている合宿のしおりを広げる。数ページのしおりの一番最初、タイムテーブルを確認していると、隣の乃崎さんに悲劇が起こった。


「ねえ、乃崎さんはどこの中学だったの?」


 例の。


「同じ中学じゃないよね?」


 入学から数週間ほどしか経っていないが、これまでの行動からして乃崎さんの対人スキルが圧倒的に無いことは明白だ。その乃崎さんにとって、おせっかいさん委員長に話しかけられることほど悲劇なことはないだろう。


 すると、制服の袖をひっぱられるような感覚。

 いや、「ような」ではない。

 横を向く。

 助けを求める上目づかい。


「……わかったよ、何?」


 ――しばらくの沈黙。


「ああ、委員長と同じ中学だったらしいよ」

「え!?そうなんだ。同じクラスになったことないのかな?」

「委員長が知らないってことはそうかもね」


 ……いや、この乃崎さんの顔を見るに、クラスが同じだったこともあるっぽいな。まあ、こういっては何だが乃崎さんは存在感があるほうではないし、おせっかいさん委員長の記憶に残っていないのもそのせいだろう。僕も存在感のない人間だが。

 しかし現に、隣の席の僕でさえ、乃崎さんの声を未だに聞いたことがない。


 その後も乃崎さん共々後ろからの質問攻めにあっていたが、そうこうしているうちに合宿所に到着した。


 しかし、これから1泊2日で行われる合宿だが、基本的には「班活動」になる。班の決定は席順で決められるため、隣の席の乃崎さんはもちろん、僕の前の席に座るおせっかいさん委員長も同じ班に振り分けられている。


――この1泊2日、長くなりそうだ――

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気もちのありか 桜咲優 @P2000

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