第3話 緑な外見

 入学式を無事終え、僕は帰路につく。今朝、乃崎のざきさんにあった高台、朝と変わらずピンク色の絨毯が敷き詰められた桜並木を抜け、昨日から暮らし始めたマンションへと向かう。

 「桜並木を抜けてすぐ」というデマを吹き込まれたが、帰り道ではそれもあながち間違ってはいない。実際、桜並木を抜けるとものの数分でマンションに到着した。

 洋風の館のような外観をかまえるマンションは、周りに建物などがない、ちょっとした山の上にたたずんでいる。

 マンションとは言ったが、3階建てのこじんまりとしたものだが、外観は結構なものだ。ガラス張りの窓の向こうには小綺麗なエントランスが見え、大きくカーブを描いた階段が二階へと続いている。1階にはエントランスのほかに管理人室や大浴場など共用のものが多く、各部屋にもバスルームはあるが、大浴場と言っているだけあって結構大きな浴場らしい。まだ見たことはないが。

 僕の身長より少し高い生け垣に沿って入り口を目指す。

 入り口が見えてきたかと思うと、中から女性が姿を見せた。


「あ、慎一しんいちくん!おかえり」

「恐ろしいタイミングですね」

「そろそろ帰ってくるかと思ってスタンバイしておいたからね」

「え」

「まあ、そんなことより、部屋の片づけしなくちゃ。まだ片付いてないでしょ?」

「え、はい」


 この人、能登美世子のとみよこさんは僕の親戚で、このマンションの管理人をしている人だ。

 この通り、この人が言うことは時々本当か冗談かわからないところがある。この件に関しては冗談であることを願うが。


 木々に囲まれた庭を抜け、玄関。これは周囲の雰囲気に似合わず自動ドア。機械音がなり、スッと扉が開く。

 その向こうにはエントランスがあり、先ほども言ったがこの階に管理人室以外の住居はない。よって、ここから階段へ直行する。螺旋らせん状になった階段は正直言って登りにくいが、まあそこは良いとして。

 僕の部屋は2階の202号室。階段を登ってすぐ長い廊下があり、両手に部屋を見る。左手にあるのは僕の住む202号室。反対は201号室だ。

 先に美世子さんが鍵を使って玄関を開ける。用意周到なのが怖い。いや、さっきの冗談が冗談じゃないように思えてくる。紛いなりにも部屋の主である僕より先に部屋に入っていくとは。まあ、あちらも紛いなりにも大家だと言うことか。

 職権濫用だ。

 まあ、引っ越してきて1日。当たり前のように段ボールがつまれ、リビングにはソファとローテーブルのみの殺風景なものだ。引っ越したては誰でもこんなものだろう。


「おお、結構いい部屋だね」


 あなた、大家でしょ。


「自分で言いますか」

「よーし!じゃあ始めちゃいますか!」


 人の話を聞きなさいよ。


 …………。


「意外と荷物、少ないんだね」

「ええ、まあ」


 ものの見事に部屋は片付いた。ほんの十数分で。一人暮らしの男の荷物などこれくらいのものだと思うが、手伝ってもらうまでもなかった。

 段ボールが片付くだけても部屋として様になるものだ、と感心していたところだが、殺風景なのは変わりなかった。いや、この殺風景な部屋も魔法の一言で言い訳できる。何せ、

「男の一人暮らし」

なのだから。

 何より色味が足りない。例えば緑。観葉植物があればマシになるだろうが、この部屋のほとんどのものがモノクロか寒色系の色味。

 いや、そんなことよりカーテンがない。

 いや、まて。驚いたことにカーテンがないおかげでこの部屋に足りなかった「緑」が補われているではないか。外の自然豊かな木々が窓いっぱいに広がっているおかげで、部屋が明るく見える。これはカーテンなどいらないのでは?いや、いるか。

 そして、ご飯まで作ると言い出した美世子さんを強引に追い出し、安息の時間を得た僕は、空っぽの冷蔵庫を見ながら直近の出来事を後悔するのであった。


「まあ、男の一人暮らしですから」

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