第五話 美味しい朝食

 馬を預けて立派な扉から店内へと入ると、白く明るい朝の光が差し込みテーブルが距離を開けて置かれている。お客は貴族ではないものの、立派な服を着た男女ばかり。


 朝の食堂といえば賑やかで、頻繁に人が入れ替わる落ち着きのない場所だと思っていたのに、この店内は静かでゆったりと緩やかな時間が流れている。


 正直言って気が引けている。クレイグの服は平民風であっても、しっかりとした仕立ての上質な物。一方の私の服はというと何年も着古したワンピース。何度も染め直しをしているので見た目は大丈夫でも、布地は痛んでいる。


 クレイグは個室を希望し、小さな部屋に案内された。清潔感のある真っ白な壁、何よりも驚くのが、入り口の反対側の壁には両開きの扉があって、庭に咲く花々を眺めながら食事ができるということ。


 何を頼めばいいのかわからないので、クレイグに任せるとすぐに料理が運ばれてきた。


 野菜が入ったスープに魚のソテー、揚げた鶏のモモ肉とジャガイモ、さまざまな形のパン。薄茶色の陶器に盛られた料理はとても美味しそう。


「遠慮なく食ってくれ」

 勧められるままに料理に手を伸ばす。そうは言われても物凄い量。とても一人で食べきれない。


「騎士の朝食は薬膳粥だと聞いていましたが…普通の料理なのですね」

 騎士や貴族が朝食に食べる薬膳粥は、栄養豊富な完全食と言われている。高価な穀物や木の実を使い、三日間発酵させる手間のかかる料理で、平民には手が届かない。


「俺は元々平民だからな。あの酸っぱい味が苦手なんだ」

「あの味が重要なのですよ? 体に良い成分の塊です」

「食べたことあるのか?」

「一度だけ」

 お嬢様も薬膳粥が苦手なようで、替わりに食べたことがある。初めて食べた薬膳粥は、体の中から調子を整え、力を満たしてくれるような味だった。


 スープを口にすると、お腹の中に温かさが染み渡る。

「……美味しい……肉に味がある……」

 古城に来てからの食事は最悪で、野菜と味が抜けた塩漬け肉のスープとパンが定番。裕福ではなかった侯爵家の食事よりも遥かに酷い。


「ん? 侍女っていうのは、姫さんたちと同じ物食ってるんじゃないのか?」

「それは貴族出身の侍女だけです。私みたいな平民の侍女は別ですよ。お嬢様は一緒に食べようって言って下さいますが、裏で妬まれるのが怖くって」


 公爵家の侍女は、子爵や男爵家の令嬢であることが多い。侍女であっても食事や部屋の待遇は貴族の令嬢と変わらない。平民の私が貴族と同じ食事を食べていると知られれば、他の侍女や使用人に妬まれるのは間違いない。


 古城での使用人の食事の惨状を説明すると、クレイグが目を丸くする。

「それは酷いな」

 騎士の料理は普通らしい。お嬢様の料理も普通だった。


「王子妃候補選びが突然決まったから、準備不足で厨房の人手が絶望的に足りてないらしい。明日から、周辺の村や町から若い女を集めるって話だから、もう少しの辛抱だと思うぞ」

「……若い……女?」


「ああ。厨房の手伝いついでに、俺たち平民あがりの騎士と見合いをさせるらしい。婚約者がいる騎士以外は大喜びしてる」

 そうか。そんな話があるのなら、ますますクレイグとは縁がない。行き遅れの私より、若い女性の方がいいだろう。


「ちょっと聞いていいか?」

「何ですか?」

 焼きたてのパンが美味しい。口の中にほこほことした旨味が広がる。


「酒が飲めないのに、何で麦酒を買ってたんだ?」

「っ!」

 パンを喉に詰まらせそうになってむせると、慌てたクレイグが背中を叩いてくれて飲み込めた。


 お嬢様の黒髪を脱色するのに使うとは言えない。壺一つで約十日分。また買いに行かなくてはならないから、なんとか理由を付けなければと考える。……黒髪だと知られれば、お嬢様が異世界人だとバレてしまう。


 三年前に空から落ちてきたお嬢様は異世界人で、その知識を使って傾いた侯爵家を立て直した才女でもある。もしもお嬢様がいなければ、侯爵家は無くなっていただろう。出自の怪しい私が他家に務めることができるかといえば難しく、路頭に迷うことになっていたかもしれない。


 私にとって、拾ってくれた侯爵夫妻と侯爵家を立て直したお嬢様は恩人以上の恩人。その恩を少しずつでも返さなければと日々考えている。 


「あ、あの……その……美容の為です」

「美容? 顔でも洗うのか?」

  

「そ、そ、そ、そ、そんな感じです」

「ふーん。女ってのは、いろいろ大変だな。俺は飲む方がいい」

 さらに追及されるかと身構えたのに、クレイグはあっさりと話を変えた。


 山のように盛られた料理が魔法のようにクレイグの口の中に消え去り、私たちは店から出た。


「よし、魔道具屋に行くぞ」

「馬は?」

「この店で預かってくれる。かなり堅苦しい店だが、便利だろ?」

 実は静かで上品な雰囲気が苦手だと笑うクレイグと共に、町へと歩き出した。

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