7話 散歩②
十分程、景色を楽しんだり談笑したりしながら歩いて行くと、見通しの良い野原に出る。
一度に子ども達の様子が見られる所がいいとロンドに注文を付けたのだが、希望通りの場所に出る事ができた。
私は、教会から持ってきたロープを真っ直ぐに伸ばして地面に置き、「この線に合わせて整列!」と呼びかける。ゴブリンの子ども達は物珍しそうに集まって並んだ。
アルクは恥ずかしそうに、イオーラは苛立ちながらもそれに倣う。
「お約束は覚えてるよね?ひとーつ、勝手にどこかへ行きま~」
「せん!」
「ふたーつ、帰ると言われても泣いたり怒ったりはしま~」
「せーん!」
「よしっじゃぁ私が合図をしたらまたここに集合ね!さぁて、遊んでおいで!」
「はーい!」
子ども達が散らばる。先ほどの手を繋いだペア同士で離れ過ぎないように、ロンドとイオーラへ伝え、アルクには地面が柔らかい草で覆われているのでキルンを降ろしてもらって大丈夫と指示を出した。
ロンドが魔法で動く時計を持っているらしいので、三十分後に合図を出してもらう事にし、私はウルヒムとカントの後ろを追っていく。
あまり集合地点から離れ過ぎないように気を付けながらも、肩透かしを食らうほど平和に遊べている。これならロンドが引き継ぎ終了で『不滅の灯』の仕事に戻ってしまっても、アルクとイオーラの年長組がいてくれれば散歩には来れそうだ。
ただ、土地勘無い私は簡単に迷子になる可能性がある……早く周辺地図くらい覚えなくては……。
そんな事を考えながら子ども達と散策を楽しんでいると、「サクラママ」とか細い声がする。手を繋いだエルとロンドが、こちらに合流してきた。ちなみに「ママ」は、ドンが冗談めかして「サクラの事はママって呼んであげるんだぞ~」と唆し、純粋なエルが本当に呼び出してしまったのだ。
「エル、ほんとにママって呼ぶのか?」
「呼ぶのー?」
ウルヒムとカントがそれに反応する。恥ずかしいから呼ばなくていい。そんな配慮の無い言葉を投げつけるわけにはいかないので苦笑いをして見守る。
「じゃぁ、おれも呼ぶ、ね、ママ」
「ママ―」
案の定二人からもそう呼ばれる事になってしまい、私は顔から火が出る程恥ずかしかった。これを聞かれたらまたドンに揶揄われる事間違いなしだ。
子どもが三人集まり一気に賑やかになる。そんな中、近くに立派な木が何本か立っていた。
「……ちょっと、太めの枝が欲しいのよねぇ」
私がそう呟くと、子ども達が一斉に反応する。
「なんで?」
「んー、ウルヒム達のおもちゃにどうかなって思ってさ」
「おもちゃ?おもちゃって何?」
そうか、この子達は生まれてからおもちゃを与えられた事がないのか。
遊ぶために使う道具だよ、と簡単に説明し私はその木をもう一度観察する。
細い枝がいくつか落ちているが、これでは細すぎる。制作あそびに使えそうなので一応は持って帰るが、もっと太い枝が欲しい。
「あの枝を切ればいいんですかぁ?」
「まぁね。でも切る道具なんて無いし、あっても使えるか分かんないし、無理やり折ったら木が痛んじゃうし……日を改めてかなぁ」
「私切りますよぉ?」
「出来るの?」
ロンドは微笑みながら、地面に落ちている小石を拾う。拾った右手が一瞬光ったかと思うと、先ほどまでの小石は立派な斧に変化していた。
「こ、これで大丈夫ですっ! さて、切りますよぉっ、お、おとと…」
振り子のように揺れながら斧を振りかぶる姿はこんなに恐ろしい物だとは。
私は子ども達を下がらせて、ロンドに一回斧を置くように伝えた。一度戻ってアルクにお願いした方がよっぽど無難だ。集合場所のすぐ近くにも木はあったし。
そもそも魔法使いのロンドが、斧を使えるのかどうかも分からない。
「一回アルクの所に戻ろっか」
「そ、そうですねぇ~そろそろ集合時間ですし~……ああ、目が回ってしまいましたぁ」
私とロンドの言葉に対し、ウルヒムは不満そうな顔をする。
「まだ遊びたかったなー帰りたくないなー」
ぐずぐず言いながらも、先ほどの“お約束”を守るためにちゃんとついてくる姿が微笑ましい。私は「集合したら、一回皆でかけっこ競争して遊ぼ」と伝える。一斉に走って、ゴールしたらそのまま並んで自然に帰るという寸法だ。
「かけっこ競争!?」
体を動かして遊ぶのが大好きなウルヒムは、その言葉に目をキラッキラさせている。
村の中じゃなかなか走る事は難しいだろうし、折角外にいるんだから思い切り体を動かしてあげたい。
子ども達とおしゃべりをしながら集合場所に戻ってくると、キルンを見ていてくれていたアルクが待っていた。
「アルク、キルンをありがとうね。悪いんだけど、ちょっとお願いしたい事があるんだー」
「なんすか?」
「ロンドに斧を貸してもらって、枝を…あ、イオーラも戻って来た」
銀色の髪を振り乱しながら、イオーラが走って来る。
しかし、ここから見た限り元気いっぱいの三つ子ちゃんの一人がいない。
「イオーラおかえり……ね、オルレリは?」
「……!」
私がそう質問すると、イオーラは走って来たのにも関わらず白い顔をますます蒼白に変えて俯いてしまった。彼女の細い肩に触れると、小刻みに震えているのが分かる。
「イオーラ?」
「……わ、私、オルレリとはぐれちゃって……かくれんぼをしてて、私は鬼だったんだけど……気づいたらどこかへ……てっきりこっち戻ってるかと思ったんだけど……っ、私、も、もう一回探してくる…」
「……待った。私も一緒に行く」
「なんでっ! あんたが付いてくる必要ないっ」
「だめ。私は全員無事に連れて帰るのが仕事よ。ロンドとアルクには悪いけど、二人で引率して教会に戻ってもらっていい? ウルヒム、オルレリが迷子で大変だから、ロンドお姉ちゃんのお手伝いしてあげて。自分でしっかり歩くのよ」
「わかったまかせて! ……でも、オルレリはだいじょぶかな……」
頼もしさと妹を案じる不安そうな声、両方受け取り、私は精一杯力強く答えた。
「大丈夫!すぐに戻るから先に帰ってご飯の準備しててね」
「うん!」
ロンドとアルクで、ウルヒムとエルとカントとキルンを連れて帰ってもらう事になってしまった。十分程の道のりとは言え少し心細い。
一瞬、ドンを召喚しようかとも思ったが、今どこで何をしているか分からないし、もしも大切用事の最中だったと考えるとなかなか踏み出せない。それに私が魔力酔いで倒れたら迷惑にも程がある。あの二人で引率出来ない事はないだろうし、申し訳ないがやっぱり彼らだけで帰ってもらおう。
「ロンド、アルク、よろしく」
「サクラさんもぉ…天気も少し怪しくなってきましたしぃ…」
「なるべく早く帰るよ」
「チビ達は任せてくださいっす」
「うん、頼りにしてる」
見送りもそこそこに、私はイオーラの案内で2人がかくれんぼをしていた場所に向かった。しかし、先ほど彼女が探した場所でもあるそこにはオルレリの影は無かった。イオーラの顔色はますます悪くなる。
「イオーラ、すぐ見つかるから」
「でも、子どものゴブリンがうろついてるのを何も知らないニンゲンに見つかったら――ッ! オルレリ、捕まったり殺されちゃったりするかもしれない……! それなのに、私が目を離して……」
そうか、あの子達にはそういうリスクもあるのだ。私はその考えに至らなかった自分を恥じた。ニンゲンの社会でゴブリンが生きるというのは、思ったほど甘くは無いらしい。
なりふり構わずに走って行ってしまいそうなイオーラを何とか静止し、「イオーラに置いて行かれたら私も迷子になっちゃう、一人にしないで?」と声をかける。彼女は何か言いたそうに口を開いたが、逡巡してその言葉を飲み込んだらしい。
「……仕方ないわね」
「ありがとう」
お互い離れ過ぎない様に気を付けながら、オルレリを捜索する。
広い野原を越えた先には木々が密集している場所もあり、小さな少女が容易く隠れられる。私たちはそこを重点的に探し始めた。
しかし、名前をいくら呼んでも返事は無く、姿も見えなかった。
次第に黒い雲が出始め、パラパラと雨が降ってくる。
こちらの世界は今は春との事だが、雨に打たれれば体は急激に冷えてくるだろう。小さな子なら尚の事。オルレリが低体温症にならないかが心配だ。
私ではなく、葉っぱで傘などの雨よけを作る事が出来るロンドに捜索して貰うべきだっただろうか――いや、彼女はパニックになりやすい。やはりこの手分けの仕方で正解だろう。
木々の間を探しているうちに、雑草が大人の太ももほどまで茂っている地帯に出る。
「オルレリ―!? いるー!? 返事をしてー!」
私が何度目かの呼びかけをした時、呼応するように小さな物音が聞こえた。
「!!」
「オルレリ……!? いるの…?」
イオーラがその音の元を探ろうと、茂みの中を進んで行く。雨は段々強くなり、視界は不自由だ。しかもこの茂みの中では足元は全く見えていない。そんな事は構わず、彼女は足を止める事をしない。
「イオーラ、危ないから気を付けて」
「わかってるからっ! ……ッ、きゃっ」
「イオーラ!」
イオーラの体が突然バランスを崩す。木や茂みで見えなったが、気づいたら崖っぷちにいたらしい。片足を滑らせ転落しそうになるイオーラの手を、私は掴んだ…が、一瞬遅い。腕にかかる重さに耐えきれず、私の足も宙に浮き、二人揃って急な斜面を滑り落ちてしまった。
「やっちゃったね…」
辿り着いた先はぬかるみだった。ぬかるみが多少なり衝撃を吸収してくれたおかげで、2人とも大きな怪我はせずに済んだ。
崖とは言え、さほど高さも無かったし。しかし、
「ここからは戻れそうにないな……」
「……」
遠回りをすれば戻れるのだろうが、私はこの辺りに詳しくはない。イオーラに案内してもらう他無いのだが、彼女は崖から落ちて以降一言も口をきいてくれなくなってしまった。
「イオーラ、立てる?足を痛めちゃったかな?」
「……」
「もしそうならおぶっていくから、道案内だけしてくれる? 私じゃ村まで辿り着けもしないし、イオーラだけが頼りなの。上に戻らないとオルレリも探せないし…」
「……して……」
「?」
薄く形の良い唇をわなわなと震わせながら、彼女は私に詰め寄った。
「どうしてそんな腹の立つ言い方ばっかりするわけ!? 私の事を子ども扱いばっかりして……鳥肌が立つからやめて! もっとハッキリ言いなさいよ、私のせいでオルレリが迷子になった、私のせいで崖から落ちたって! ヘラヘラ笑って、相手にとって都合の良い事ばっかり言って……! 気持ち悪いのよ!」
「気持ち悪い……!?」
初めて言われたセリフに、少なからずショックを受ける。
「ご、ごめん……」
つい口から零れてしまった謝罪の言葉に一層腹を立てたのか、目の前の少女は頭から蒸気が出そうな程に顔を火照らせている。
「すぐに謝ってんじゃないわよっ! なんでそう、なんでそうあんたって! 一昨日初めて会ってからずっと腹が立って仕方がない! もっと嫌がりなさいよ孤児院の仕事なんてっ、他の奴らみたいに! なんでそんなヘラヘラと私達の事受け入れてんのよ気味が悪い!」
気持ち悪いの次は気味が悪いか…多少マシかなとは思うものの、やっぱり心に刺さってくる。
「アルクもアルクよデレデレしちゃって! チビ達だって皆すぐ懐いて! ……ニンゲンが、私達の事、どういう目で見てるか知ってるくせに! あんただって私達の事そのうち見捨てるんでしょ! そうに決まってるんだからっ……私は……私は、あんたの事なんて、絶対に、信じないんだから……!」
そこまで一気に捲し立てると、堰き止めていた何かが壊れてしまったのか、イオーラのサファイアの様な美しい瞳から次々と涙が溢れ出てきた。そして、まるで幼子の様に大きな声で泣き始める。
「イオーラ……」
そうだ、ドンに聞いた。イオーラは捨て子だったと。両親と死別した他の子ども達とは決定的に違う点だ。彼らは両親から愛情を持って育てられ、今もそれが心の基盤となっている。しかし、イオーラは違う。愛情を持たれていたのかも分からず、物心ついた時には一人で生きていた。七年前にドンに拾われてからは衣食住を手に入れたが、それでも心無い大人達にいつも爪はじきにされて来たのだろう。そんな風に心に傷を負っている彼女に、私の事をすぐに受け入れろと言う方が無茶だ。
「うううぅ……うっ、うぅ……」
両足を抱えて泣くイオーラの姿は、いつもよりももっと小さく見えた。
「……」
泣きじゃくる彼女の横に座り直し、子ども達には言うつもりの無かった事を口にする。
「イオーラ……あのね、実は私も、孤児だったの…」
私は、自分の過去を話し始めた。
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