《3》聖騎士になった理由

 リルと黒髪の少年は神殿関係者が集まる大広間へ続く通路を歩いていた。結界柱の広間からは位置的にやや遠く、たどり着くには少し時間がかかる。リルは少年に話しかけてみることにした。


「誰かと一緒に来てたの?」

「あ、うん。弟と兄さんと一緒だったんだけど……」


 聞けば、<結界柱の社>内の一般向けに開放されている資料展示室を三人で見学に来ていたが、この少年がちょうどトイレに行っている間に例のならず者たちが乗り込んできたのだという。


「通路に出ようとしたところで、なんか騒がしいことに気づいて。角からこっそり見たら怖い人が他の人を連れて行くのが見えたんだ。兄さんたちが待ってる資料展示室に戻りたかったけど、あの人たちはそっちの方に歩いていったから戻るにも戻れなくて……。二人とも無事だといいんだけど」


 話しているうちに兄たちの安否が気になって来たらしく、少年はやや俯き気味に歩く。


「大丈夫。ならず者に捕まってた人たちは今向かってる大広間の方にいるし、もしどこかに隠れてたりしても、私の他にもこの社内を確認してる仲間がいるから見つかるって」

「そうだね」


 リルが励ますように言うと、少年も安心したようで顔を上げて頷いた。


「そういえば、あの結界柱の広間にいたお兄さんが悪い人たちはもういないって言ってたけど、お姉さんの仲間が倒してくれたの?」

「私と仲間でね」


 そう答えると少年は瞬きしてリルを見る。


「え、お姉さんも?」

「うん」


 すると少年はぱっと顔を輝かせた。


「へぇー、女の人なのにすごいな。戦う女の人ってかっこいいよね。僕もお姉さんみたいになれるといいなぁ」

「いやいや、私なんか大したことないんだけど……ん??」


 苦笑しつつそう返していたリルはあることに気づき、思わず立ち止まり振り返ってしまった。


「ああ、やっぱり気づいてなかったよね……僕、これでも女子だったり」


 リルが驚いた顔をしているのを見て、黒髪の少年――いや、少女は苦笑いを浮かべる。


「ご、ごめんね。男の子っぽい感じもいいよ! 凛々しいじゃん!」

「気を遣わなくていいよ。慣れてるから。僕こんな格好だし、喋り方もこんなだしね」


 少女は胸元を飾り気のない革紐で結んだだけの長袖の上衣と濃色の半ズボン姿を見下ろしてそう言った。

 リルが続けて口を開こうとするが、それよりも先に少女の方が何か思い出したように視線を横に向けた。


「あ、お姉さん。実は資料展示室に忘れ物しちゃってるんだ。寄ってもいい……?」


 リルたちはちょうど通路が二手に分かれているところに来ていた。リルが向かおうとしていた方とは別の通路を少女は見ている。


「それくらいはいいよ。もちろん」


 すまなさそうな表情の少女にリルは嫌な顔することなく軽く受けあった。




 もう一歩の通路を歩いていくリルと少女の間はしばらく無言が続いていた。正確にはリルが(珍しく?)黙っているからではあったが。と言うのもリルは話すタイミングを失って内心焦っていたのである。


(う……どうしよう……今更言うのも……でも……)


 意を決したリルは勢いよく後ろの少女を振り返る。前を歩いていたリルが突然こちらに顔を向けたので、少女は瞳をしばたたかせて見返した。


「私はリルっていうんだけど、名前聞いてもいい?」

「え、えっと僕はユナムだよ」


 なにやら力が入った様子のリルに少女は気圧されたように答えた。


「ユナムね……あのねユナム、私もある人に助けられてね、その人がすごくかっこよく見えて自分もそうなりたいなって思って聖騎士になったのよ。あ、いや私なんてその人に比べたら全然弱いしかっこよくなんかないんだけど!」


 思い切ってリルは言うことにした。半ば自棄になったともいう。


「で、その人も女性なのに全然飾りっ気のない人でしかも男勝りな性格の人。ああ、この場合性格はどうでもいいか! ともかく! 見た目なんか気にしなくていいのよ!」


 リルは一気に思っていたことを口に出した。対してユナムは目を丸くしてそんな彼女を見ていた。


「…………」

「…………」

「……あ、えと、なんかやっぱり後付けみたいだよね……ごめん」


 リルはユナムを励まそうと思ったのだがやはり遅かったかと気を落とし前に向き直る。

 しかし、少し間をおいてユナムの言葉が聞こえてきた。


「ううん……ありがとう」


 リルは前を向いていたのでその時のユナムの表情はわからなかったが、その声が少し嬉しそうだったような気がした。

 ユナムの忘れ物があるという資料展示室へは一本道だった。やがて突き当りに大きな部屋が見えてくる。


「ここの部屋で合ってる?」

「うん……あれ、確かこの辺に置いてたと思ったんだけど……」


 室内に入ったユナムは休憩用の長椅子の周りを見回している。どうやら目的のものが見当たらないようだ。


「どんなの?」

「これくらいの大きさの紐で縛った布袋。薄い茶色で白い横線が二本あったはず。中は小物を入れてるだけだからそんなに重くないよ」


 リルが後ろからたずねると、ユナムは顔を上げて手振りで大きさを伝える。


「了解。んーと……」


 入り口に立っていたリルも資料展示室に入り、ユナムの小さな布袋を探し始めた。

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