《4》イオの頼み事

 大広間ではキサラとイオがリルたちの帰りを待っていた。

 今まではその間に捕縛陣に閉じ込められていた人たちを外に出し、彼らと一緒にならず者を逆に陣の中に運んでいたのだが、ここではノイエスの尋問の間にすべて終わっていた。

 特にすることもないのでキサラが広間の端に立っていると、そこに真面目な表情をしたイオが歩いてくる。


「ねぇ……頼まれてほしいことがあるんだけどいい?」

「内容によるが」


 近くに人がいないのを確認して、イオはやや小声で続けた。


「難しいことじゃないのよ。これを持っていてほしいの」


 そう言ってイオは首の後ろに両手を伸ばし、首から下げていた銀色の細いチェーンを外す。

 上衣の下に入れていた先端部分――水底のように深い蒼色の石を引っ張り出すとキサラに向かって差し出した。

 雫の形をした内側は細かな金粉が舞っており、その中心に水色の紋章が浮かんでいる。


「実はならず者の仲間がこれを狙っていて。神殿の奥に入る時に必要な<水鏡の鍵カトスヴァ>よ。あたしは大神官様からこれを託されて逃げてたんだけど、これから神殿へ行くでしょう? あたしは戦えないし、もし捕まったりしたらまずいから戦える人が持っていた方がいいと思って」


 キサラは受け取ろうとはせず確認するようにたずねた。


「……その話は私には初耳なのだが、リルやリュウキは知っているのか?」

「ううん、キサラさんに初めて話してる」

「それならまずはリュウキにでも話した方がいいのではないか? 知り合いなのだろう」

「――っ。だ、ダメ!」


 キサラの言葉にイオは思わず声を大きくする。すぐに我に返ってイオは慌てて言った。


「あ、ごめんなさい。急に大きな声を出して」

「いや、気にしなくていい。リュウキはダメなのか? あいつも戦えるが」

「……それは、そうなんだけど」


 イオはそこで言い淀んでいたが、やがて顔をあげて苦笑いを浮かべた。


「今は、ちょっと話しかけづらくて。ほら、最初あたしたち気まずい感じだったでしょ」


 嘘は、言っていない。そう思っているのは事実だから。

 ただ……本当の理由が他にあるだけだ。自分勝手な理由が――


「そうか。たまにリュウキの方を見ているから話しかけたいのかと思っていた」

「え……?」


 キサラの言葉にイオは目を見開いた。自分がまさか無意識にそんなことをしていたと知って狼狽えつつもなんとか平静を装る。


「ぐ、偶然よ。それに今は非常時だし、あたしたちの事情は置いといた方がいいから」


 イオはやや早口にそう言った。視線が泳いで、少し歯切れが悪くなったが。


「ならば私から話せば問題ないか?」

「え、それは……」

「あいつらが狙っているということは重要なものだろう。そういう情報は共有すべきだと思う」


 キサラが言っていることは正論だろう。それでもイオは何か気掛かりなことがあるのかしばらく迷っていた。しかし最後には決心したらしく頷いた。


「……わかった。ただ、ちょっとお願いがあるの」


 イオは真剣な表情でキサラを見た。


「あたしがキサラさんに<水鏡の鍵カトスヴァ>を渡していることは内緒にしておいてほしい」

「なぜだ?」

「ほら、リュウキ達が知ったら私とキサラさんの二人を気にしないといけなくなるでしょ。そうすると戦力が分散しちゃうし。キサラさんをかばうような素振りを見た相手がもし<水鏡の鍵カトスヴァ>の在り処に気づいたりしたらいけないから」

「…………」


 キサラは何か思うところがあるのかすぐに返事をしなかった。

 一方、イオは固唾を呑んで相手の反応を待つ。

 この提案は言い換えれば自身が囮になると言っている事と同義だ。特にリュウキが聞けばすぐに見破られて反対されるのは目に見えていた。

 まあその場合は、『どっちにしろ狙われるのは変わらない』や『もし自分が捕まったらどうするのか』などで言いくるめられるとは思っているが、その説得言い合いだけで時間を食ってしまう。彼がなかなか引き下がらなかった場合はもっと時間がかかる。

 ならばいっそのことリュウキには知られないようにした方がいい。我ながら随分と自分勝手だとは思ったが。


(……でも、それでも)


 イオは密かに唇を噛みしめる。

 本当に時間をかけている場合では、ないのだ。ジェスナやミレイを始め、ラナイまで神殿に捕らわれている。

 しかも、神殿を占拠している者たちが狙っているのが<水鏡の鍵カトスヴァ>。神殿の奥――宝物殿を含んだ内殿に入ろうとしているということだろう。あそこには――……


 やや俯いていたイオはちらりとキサラに視線を向ける。目の前の彼女はまだ黙ったままだ。もしかしたらリュウキのようにこちらの真意に気づいて考え込んでいるのかもしれない。

 イオは緊張しながらキサラの方を見ていた。

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