《2》隠れていた少年

 二人が部屋に籠ってから数十分後、扉が開きどこか落ち込んだ様子のノイエスが出てきた。


「うーん……」

「どうしたの? 珍しいわね。失敗したとか?」


 リルが意外そうに問いかけるとノイエスは首を振った。


「ううん。うまくいったんだけど、この人何も知らなかったんだ」

「え、そうだったの!?」

「僕らに負けたのが悔しくて見栄を張ってたんだって。他にも何か些細なことでもわからないかなと思っていろいろ質問したんだけど、あんまり……」


 結果は芳しくなくノイエスは肩を落とした。

 オウルとは別行動なのでリルたちは知る由もないが、ならず者たちは街を沈める方法について詳しくは知らされていない。彼も例外なくそうだったようだ。


「余計な時間食っちゃったね」

「まあその辺は気にしても仕方ないでしょ。今は切り替えて……って」


 ノイエスを励まそうとしたリルは、部屋からワタ坊兄弟に引っ張られて出てきたならず者を見てぎょっとする。


「ちょっと、ほどほどにって言ったじゃない! これのどこがほどほどなのよ!?」


 全身の色が抜け落ちてあらぬ方向を見たまま微動だにしない姿はどう見ても異様である。


(……何があったんだ)

(……何があったのかな)


 ノイエスにくどくどと説教を垂れているリルの後ろでリュウキとイオは同時に心の中でそう思った。具体的な内容を知るのはやや気が引けたが。

 キサラだけは真っ白なならず者を物珍しげに眺めていた。




 その後、今までの<結界柱の社>と同じようにリルとリュウキは社の中にならず者や残っている人がいないか確認、ノイエスが結界柱に異常がないかの点検に向かった。キサラはイオと共に広間にて待機である。

 ちなみに例のならず者はもう一度ノイエスが別室に連れ込んで元通りにしたので(たぶん)問題はない。


「シロウの催眠術は今のままだとちょっと強いかな。調整した方がよさそうだなぁ……。何回も質問しているうちに廃人になっても困るし……元に戻す手間もかかっちゃうし」


 先の催眠術の反省点と改善を考えているうちにノイエスは結界柱の広間へとやって来た。


「とりあえず先にこっちを終わらせなくちゃ」


 幅の狭い段差を数段上り、天に向かって伸びる結界柱の前へと歩いていく。

 結界柱は目に優しい暖かな淡色で、その表面をいくつかの術式紋の帯がゆっくりと巡回している。


「えーっと、まず補助用のはと…………異常なし。代替用のは……」


 結界柱を囲むように設置された台座から宙に浮かぶ半透明の管理画面を引き出し、ノイエスは手慣れた様子で操作する。ワタ坊たちは結界柱の周りを飛び回って必要な情報を採取していた。


「うんうん……うん、異常なし。じゃあとは本体っと」


 不意に結界柱の周囲にいたワタ坊兄弟の一体がノイエスの方に飛んできた。


「…………(ちょんちょん)」

「うん? どったのロクロー?」

「…………」

「え!?」


 ロクローが声を発したようには見えなかったが、ノイエスは何やら驚いた声を上げる。


「うーん、そうだねぇ……じゃ、そうしよっか」


 少し考え込む素振りを見せた後、ノイエスは何やら頷くと結界柱の広間から出ていく。

 その様子を物陰からじっと見ている人影があった。神人の少年の姿が見えなくなったのを確認し、そろそろと物陰から出ようとした時。


「隠れんぼしてるの?」

「っ!?」


 背後から突然声をかけられてその人影はびくりと飛び上がる。


「うわああ!?」


 人影――黒髪の少年は悲鳴のような声を上げながら後ずさった。彼が怯えた表情を浮かべているのを見て、その人は敵意がない事を示すようにひらひらと両手を振った。


「あー大丈夫、僕はこのお社を解放しに来た味方だよぉ。というか悪い奴はもう倒したよ」


 どうやって回り込んだのか、背後から声をかけたのはノイエスだった。この少年が隠れていることにロクローが気付き、主人にどうするか相談したのである。


「……え、そうなの? そっか……よかったぁ……」


 ノイエスの言葉に緊張が解けた少年はその場に脱力した。


「脅かしちゃったかな。ロクローが声かけた方がよかったかな?」


 うーんとノイエスは真面目な顔で悩んだ。ロクローが声をかけた場合、おそらくその場に無言でいるだけになるだろうが……


「う、ううん! ありがとう」


 ロクローが何かよくわからなかったが、少年はとりあえず感謝の言葉を述べた。


「みんな向こうの広間にいるよ。あーこういう場合って送った方がいいのかな。でも僕ここでやることがあるし……」

「悪い人がもういないなら僕一人でも大丈夫だよ。お兄さん忙しそうだし」

「うーん、でも子供一人でってダメだよ……ん?」


 どうしようかと首を傾げたノイエスだったが、徐にロクローの方に視線を向けた。ノイエスもどちらかというと子供っぽく見えるのはここだけの話である。


「…………」


 またロクローが何かをノイエスに伝えたようだ。主人は数回瞬きした後、ぱんっと両手を軽く叩いた。


「おーちょうどいいところに。少年、ちょっと待っててね!」


 ノイエスはそう言い置いて通路に出ていく。そして数分のうちに金髪の聖騎士を連れて戻ってきた。


「この子だよ。お願いー」

「任せて」


 リルは十代前半くらいの少年を見て頷いた。彼女が見回っていた場所はちょうど結界柱のある一角を含んでいたのである。


「このお姉さんがみんなのところまで送ってくれるからついていってね」

「わかったよ。ありがとうお兄さん」


 少年は礼儀正しくぺこりと頭を下げた。


「じゃあ行こっか」

「うん」


 リルが少年を促すと、彼はこくりと頷き返した。こちらを見送るノイエスに向かってもう一度お辞儀をしてから、少年はリルの後について結界柱の広間から出ていった。

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