第5話 四つ目の社にて・前編
《1》あっちで話そう
巫女イオニアから海底神殿と結界柱の社が危機に陥っていることを知ったリル達は、謎のならず者に占拠されている四つの結界柱の社を順番に巡っていた。
最後のならず者が床に倒れ伏したところで、金髪の聖騎士は口を開く。
「よし、これで全部!」
「変に強い奴とかいなくてよかったねぇ」
ノイエスの言葉にリルは頷いた。
「そうね。にしても、ここで結界柱の社も四つ目か。この調子で神殿の方もうまくいけばいいんだけど……」
そう話す二人の周りにはならず者たちが数人伸びていた。少し離れたところにリュウキとキサラ、イオの姿もある。
「今まで結界柱自体には特に問題はなかったのよね?」
「うん。補助装置や代替用も含めて全部点検したけど可笑しな点はなかったよ」
「結界柱を壊すとか言ってる割には、仕掛けも何もないっていうのも逆に気になるわね……」
リルは眉を寄せて考え込んだ。
「巧妙に隠してあるのかな? それとも私達には思いつかないような方法とか……? ああーもう考え出したらキリがないじゃない……!」
「こいつらは何か知らないのかしらね?」
頭を抱えて呻るリルに、ならず者から捕縛陣の装置――赤い石のついた腕輪を取っていたイオがふと思いついたようにそう言った。
「ふ、ふん。誰がてめぇらなんかに教えるかよ」
キサラに縛り上げられている一人の男が鼻を鳴らして強気に返す。
自分を倒した赤毛の少年を始め、ざっと見たところ歳は二十台の自分よりも全員下のようだ。中には聖騎士や少し目つきの悪いのもいるが、女に負けるつもりはないし、こっちも自慢ではないが強面ではあると思っている。
そもそも、尋問できるような奴がいるようには見えな――
「知ってるんだね! じゃああっちで話そうー」
「は?」
彼女たちの中でも一番年下で、それこそ一番荒事に無縁のように見える少年――ノイエスが広間の隣の部屋を指さしながら言った。予想外の展開にならず者は間の抜けた声を出す。
「新しい方法完成してたんだけど、なかなか試す機会がなくてねー」
新しい方法?? 試す?? ならず者は心の中で突っ込む。そんな彼の両肩と背中にワタ坊兄弟がぴったりとくっついた。
「ノイエス? ほどほどにしときなさいよ?」
声を弾ませるノイエスにリルが釘をさすように言う。ほどほどってなんだろうか。しかもなぜかリルはならず者にどこか憐れむような視線を向ける。
「わかってるってー」
楽しげに答えてノイエスは部屋に向かって歩き出す。その後ろをワタ坊兄弟に引きずられたならず者が続き、二人の姿は部屋の中へと消えていった。
扉をしっかりと閉めたノイエスは、ワタ坊たちによって適当な椅子に座らされたならず者に向き直る。
「よっし、シロウ出番だよー」
「はいです……」
主人の呼びかけに応え、目を閉じたワタ坊――シロウがならず者の目線の高さの位置へふわりと飛んだ。
ならず者は一体どんなことをされるのかと身構える。
手のひらに乗るくらいの大きさ、丸くて白い綿毛。小さな手足。見た目は全く恐ろしさを感じない。
しかし次には何かが起きるのかもしれない。戦慄するならず者はそれを凝視する。
「……」
シロウとならず者が向かい合って数分が経過。
依然として、目の前の白い物体に全く動きが見られないのでならず者は訝しげに思っていた――が、彼はあることに唐突に気づく。
いつの間にか閉じられていた目が開き、自分をじっと見ていたのだ。
一体いつ開いたのか?
記憶を辿ろうとしても、なぜかぼんやりと霧がかかったようにわからない。
その小さな目は、他のワタ坊兄弟たちと同じ黒色で特に変わりはないようだ。
しかし、ならず者は妙な違和感を覚える。
「……?」
部屋に連れ込まれる前後にノイエスの周りを飛ぶワタ坊をいくつか見ていたが、それらとシロウは何かが違うように感じるのである。奇妙な感覚がならず者に付き纏う。
彼は目の前のそれの姿をもう一度確認するように見た。
大きさや綿毛の色に変化はない。小さいので点にも見える二つの目も黒色で――
「……あ」
黒い。
他のワタ坊兄弟の小さな目は、室内の明かりを反射して光が差し、周囲の景色やこちらの姿が映り込んでいたというのに。
――いや、目を凝らすとあらゆる色を塗り潰すその色の中に、黒よりも、闇よりも暗い何かが蠢いていた。
それがならず者の視線に気づき、凝り固まった黒の深奥から彼を覗き見て――
「おーい? ねぇー? 聞いてる――??」
ノイエスはならず者の近くで呼びかけたり目の前で手を振ったりする。しかし、男は前方――シロウを見詰めたまま一向に反応を示さない。
「うん、うまくかかったね」
その様子を確認し、催眠術が成功したとノイエスは満足げに頷いた。
「シロウ、第二段階に行こうか」
「わかったです……」
そう応えたシロウはゆっくりと黒い眼を閉じる。するとその小さな丸い体全体が輝き始めた。
同時にならず者の目がややぼんやりとしたものへと変わる。
ノイエスはどこからともなく長方形の平らな板を取り出してならず者の前に翳した。
「この板の数字を左から教えてー?」
「3、58、21、6、109」
ノイエスがたずねると、意外にもならず者は間をおかず書かれた通りに告げる。板をひっくり返してノイエスは続けた。
「色を左から順に言ってー?」
「青、黄色、黒、緑、赤」
同じく男は淀みなく答える。
「ここはどこ?」
「水中都市スレイシェの<結界柱の社>」
「今は何してる?」
「椅子に座ってる」
「誰に倒された?」
「赤毛で少し目つきの悪い無愛想なガキ」
この時隣の広間から誰かのくしゃみが聞こえたかもしれない。
「よしよし、正解だよ!」
「……」
嬉しそうに言うノイエスに対してならず者は表情を変えずに沈黙したままである。
ノイエスはそろそろ本題に入ることにした。
「どうやってお兄さんたちは結界柱を壊すつもりなの?」
「それは――」
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