《2》もやもやの正体は

 居間で話しているリルとリュウキを少し離れた階段の傍から眺めている人がいた。風呂場に行ったはずのラナイである。

 何か言っているのはわかるが内容までは聞き取れない、そんな距離だ。

 忘れ物をしていたことに気づき自身の荷物が置いてある居間に取りに来ていたのだが、二人を見ているうちに足が止まってしまっていた。

 彼女たちが話しているところなんて何度も見ていたはずなのに。

 今回に限ってなぜかリュウキが落ち着きがないように見えたせいだろうか。


(……胸のあたりがもやもやする……)


 そこでラナイはその感情の正体に気づいて頬を紅潮させた。


(やだ……妬いてるの私……!?)


 今まで感じたことが無かった感情にラナイは困惑する。

 リュウキは積極的に他人と関わろうとする方ではないので、自分以外の女性とそんなに話したりしているのは見たことが無かったからだろうか。

 記憶にあるのは、かつて一緒にいた山吹色の髪のあの人くらいだが。


(フィルさんと話してるのを見た時だってこんな気持ちにはならなかったのに……! リュウキだって私以外の人と話すことくらいあるわよ……!)


 自分にそう言い聞かせるが、なかなか胸のもやもやが消えない。こんな状態で二人の前にはとても出られないので、逃げるようにラナイは裏口から外へ出た。


 まだ日が暮れてから数刻しか経っていないゼルロイの街はまだまだ祭りの真っただ中だ。色とりどりの明かりが大通りを照らし様々な出店が軒を連ねる中、ラナイはあてもなくふらふらと歩く。

 行き交う人の合間を縫うようにやや俯きながら進んでいると、不意に目の前を人影が遮った。


「あ、お嬢ちゃん!」

「今度は一人?」

「……?」


 自分に声を掛けられていると気づくまで少し時間がかかった。

 顔を上げると、見知らぬ二十歳前後の青年が二人、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて立っていた。いや、一度だけ少し前に会ってるので知らなくはないだろうか。


「……あ、あの時の」


 リルと夕食を買って帰る途中、声をかけてきた青年たちだ。

 ラナイにはよくわからなかったが、リルが少し彼らと会話をした後なぜかこのうちの一人を投げ飛ばした。


「リルさんに投げられた人」

「「…………」」


 青年たちは笑顔のまま一瞬言葉に詰まる。


「あぁ~うん、あの時は痛かったなぁ~」

「大丈夫ですか?」

「ちょっと大丈夫じゃないかもなぁ~まだ痛い」


 投げられた方の男が腰のあたりに手を当てて痛そうな顔をする。その仕草や声がやや大袈裟に見えなくもないのだが。

 しかしラナイは全く気にせず(気がつかず?)に心配そうな表情で彼を見ていた。


「看ましょうか。これでも私治癒術ができるんですよ」

「ん、それよりお兄さんたちと遊んでくれた方が早く治るよ」

「そうそう、遊んだ方が断然!」

「え??」


 彼らの言葉の意味が分からずラナイは首を傾げた。


「今は暇なんでしょ? 別に荷物も持ってないようだし」


 あの時のおっかない連れもいないし。

 ずいっと迫られてラナイは反射的に身を引くが、いつの間にか後ろにもう一人の男が回り込んでいた。


「おっと」

「……!」


 自分より背が高く、がっちりとした体格のいい男二人に挟まれてラナイは体を強張らせる。


「そんなに警戒しなくても大丈夫。遊ぶだけだからさ」


 男は変わらず笑顔を浮かべているが、ラナイはそれが急に怖いものに感じられた。

 思わず助けを求めるように周囲を見回すが、いつの間にか人がまばらな場所に来てしまっていたらしく、やや遠くに数人いるのが見えるだけだった。


「……っ」


 目の前にいる男の手がラナイの肩の方へと伸びる。ラナイはぎゅっと目を瞑り、両手を胸の前で強く握りしめた。

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