《2》幻術

 やがて白と青の回廊の突き当りが見えて来る。同時に爽やかな水の香りと水が流れる音が聞こえてきた。

 回廊が途切れた先は円形の広間だった。精緻な彫刻のある丸い柱がぐるりと周囲を囲み、柱の間を水が流れ落ちている。

 柱と柱の間は人が二、三人通れるくらいの間隔になっており、それぞれ紋章が描かれた薄い石板のようなものが浮いていた。

 そのうち一番奥の方にミレイは歩いていく。


(神殿は特に変わりないようですし、感じた二つの<書>の気配は聖域と魔境ということでしょうか……)


 とはいえ、なくなっていても神殿関係者が気づいていないという可能性もあるので確認しておいた方がいいだろう。神殿を信頼してはいるが、念には念を入れないといけない。

 ミレイについていきながらラナイはそう思った。


 紋章の描かれた石版の前に立ったミレイは、自身の懐から蒼玉で装飾された鍵を取り出すと石版の窪みに差し込んだ。すると石版は一瞬淡く光を放ち消滅する。

 同時に石版の後ろを流れていた水の幕が真っ二つに割れて通路が現れていた。


「こちらです」


 ミレイはそう言って二人を招く。ラナイが歩き出したところでオウルが不意に口を開いた。


「……待って」


 どうしたのだろうとラナイは後ろを振り返った。

 オウルはその場から動かずにある一点を見ている。ラナイがその視線の先を辿ると広間の一角に行きついた。

 目を凝らしてみるものの、特に変わったところは見当たらない。


「……?」


 一方、オウルは青い腰帯付近の細長い飾りを数個手に持つと、円形の広間に無造作に投げる。空色の丸い石がついたそれは空中で光の刃を形成し床に突き刺さった。


「わが聖力はまやかしを打ち払い、正しき姿を示す……『幻影崩し』」


 投具に込められた力はオウルの紡いだ言葉に呼応し、一瞬眩い光を放つ。そして周囲の空間が歪んだかと思うと、投具を中心に景色が変わっていく。


「……え、え?」


 ラナイは思わず声を上げるが、さらに驚いたのは眼に入ってきた広間の状態だった。

 先ほどまでは傷一つなくきれいに磨き上げられた大理石の広間だったのだが、今は壁や柱が所々壊れていて、砕けた破片が床にも散らばっている。


「こ、これは……!?」

「どういうことかな。幻術まで使って隠したかったのかな?」

「…………」


 ラナイとオウルはミレイに説明を求めるが、彼女は黙ったままだった。

 そこへ突然第三者の声が響いた。


「なんだ、ばれちゃったんだな」

「……!?」


 声がした方を振り向くといつの間にか入り口付近に一人の大柄な男が立っていた。神官服は着ておらず、粗野な感じの男だ。


「幻術に気づかなかったら他の奴らと同様にそのまま帰してやれたのに……鋭いのも考え物だな神人のにーちゃん」


 男がそう言うと同時にオウルとラナイの周囲に赤い術式紋のリングが現れる。


「……! これは術封じの結界」


 赤いリングを見てラナイは狼狽えた。これは文字通り、聖術や魔術、また万象術の行使を妨げる結界の一種だ。これではオウルの聖術やラナイの結界も使えない。


「神殿関係者じゃなさそうな格好だけど、どちら様?」


 オウルは慌てた様子もなくたずねる。


「あんたたちには関係ない。二人ともこっち来な。もちろん巫女のねーちゃんもだ」


 男が踵を返すとオウルとラナイは赤いリングの力で強制的に引っ張られ歩かされた。ミレイにはリングはかけられていないが、抵抗する様子もなく大人しくついていく。


「……ごめんなさい」

「ミレイさん……一体何が?」


 謝罪の言葉を口にするミレイにラナイは困惑の表情を浮かべながらたずねる。

 あの広間の様子や、先を歩くどう見ても神殿関係者ではない謎の男を見ても、何か起きているのは間違いない。


「……それは」


 深刻そうな顔のミレイが言いかけると、ならず者の男が口を挟んだ。


「おい、喋ってねぇでさっさと歩け。着いた先でゆっくりやってろ。話し相手には困らないしな」

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