《4》キサラの作戦

 結界柱のやしろの広間では、門番兵や神職の人たちが一ヶ所に集められ結界のようなものに閉じ込められていた。

 その周りには見張りの男が三人立っている。


「あー暇だぜ……」

「おい、気を抜くなよ。他の町よりは大きくないとはいえ、天導協会もあるんだぞ」

「でも、門番兵も俺たちの仲間がなりすましてんだからそうそう気づかれないだろ? しかも定期点検を装ってるから誰か来ても追い返せるしな」

「……なあ、もしその定期点検する奴来たらまずくねぇ?」


 一人が不安そうな顔をして言った。


「それなら気にしなくてもいいぜ。点検日は二ヶ月ごとにほぼ固定になってて、次はまだ数週間先らしい」


 まさか急用が入って今回は前倒しされているとは知る由もないならず者たちである。最初に喋った男が眠そうに欠伸をした。


「んん……そろそろ交代の時間だよな。あいつ起こしてくるわ。もう限界だぜ」

「おう、お疲れ」

「お疲れさん。あー俺も早く寝たいぜ」


 三人のうち一人の男がその場を離れていく。四人目は広間の端で仮眠をとっていたのだ。


「お前さっき寝たところだろーが」

「へへ、ばれたか」


 と、男たちが呑気に話していると、突然声をかけられた。


「すまない。出口はどちらだろうか?」

「ん? あっちの通路を行くと出られるぜ」

「そうか。助かった。どうも迷ってしまって困っていたところだ」

「それは大変だったな。……ってちょっと待てぇ!?」


 何気なく受け答えをしていた男が叫ぶ。


「お、お前なんで捕縛陣の中にいねぇんだ!!」

「いや、最初から外にいたが」


 灰色の髪の女は淡々と言った。


「なにい、それじゃ俺たちの確認不足かよ! お前ちゃんと隅々まで調べなかったな!?」

「俺はちゃんとトイレまで全部調べたぞ!」

「……いや、ともかくだ。おい、あんた大人しくこっちに来い」

「あそこにいるのが何かわかるな? 人質もいるんだ。妙な真似するなよ?」


 言い合いをしていた男たちは考え直し、威嚇するように武器を見せて女の方を向く。片方の男は見せしめに捕縛陣の中から女性を一人引っ張り出し、武器を突きつけた。

 だが、男たちの意識はそこで飛んだ。

 女はただ立っていただけだ。何かしたわけではない。驚くこともなくその様子を見ていた彼女は言った。


「うまくいったようだな」


 昏倒した男たちの後ろにはいつの間にか金髪の少女と赤毛の少年が立っていた。


「キサラがこいつらの気を引いてくれてたおかげで簡単に倒せたわね」

「社を占拠してるっていうからどんな強者かと思ったが……ただのならず者か」


 キサラがならず者の気を引きつけている間にリルとリュウキは彼らの後ろに回り込んでいたのだ。

 そこにノイエスが手を振りながらやってくる。


「こっちもやっつけたよぉ」


 その後ろには交代しに行った男をワタ坊たちが引きずっていた。その頭には大きなたんこぶができている。

 ワタ坊兄弟は手のひらに乗るくらい小さい割にはかなり力持ちのようだ。確かにノイエスの助けを求めて背中に体当たりされたリルがこけたくらいである。


「あと一人は?」

「仮眠取ってた人はワタ坊忍び込ませたときにすでに熟睡させておいたから大丈夫ー」

「あら、ノイエスやるじゃない!」

「えっへん」


 リルが感心するとノイエスは得意げに胸を張った。念のため気絶させた男たちも眠らせておくことにする。

 ワタ坊たちが眠り粉をならず者たちに振りまいていると、捕縛陣の中にいる髭面の男が声を上げた。


「! そこにいるのはノイエス君か!」

「門番のおじさん、お兄さんも! 助けに来たよ!!」


 名前を呼ばれて振り返ったノイエスは嬉しそうに言う。陣の中央あたりには他に五、六人の人が座り込んでいた。


「それはありがたい。今日の午後ノイエス君が来ることになっていたから心配していたんだが、まさか逆に助けられるとはな。しかし、門番兵だというのにこの通りあいつらに捕まってしまって……情けない限りだ……」

「人質とって脅してきてさ……卑怯な事しやがって!」


 年配の門番は悔しそうに言い、隣にいた若い方の門番は憤慨していた。


「っ……いってぇ……」

「ああ、悔しいのはわかるがあまり興奮するな。応急処置はしたが傷口に響くぞ」


 若い門番は頭に布を巻いていたが血が点々と滲んでいる。


「わあ、怪我してる! ワタ坊に治療を……ってあれ、そういえば悪い人たち倒したのにこれ消えてない」


 ワタ坊に治療させようとして、捕縛陣が変わらず発動していることに気づいたノイエスは首を傾げた。リルも門番兵たちを閉じこめている捕縛陣をしげしげと眺める。


「術の基点になるようなものはないから設置型ではないみたいね」


 こういった陣の発動には二種類ある。

 術者自身が発動させている場合と、聖気や魔気を込めた術要石ヴィカと呼ばれるものを使う場合である。後者の場合、聖気や魔気の低い者でも陣を発動させることができるのだ。


「術者が他にいるということか。まあこいつらがこんな術使えるようには見えないしな」


 足元に寝転がっている男たちを見やってリュウキは言った。


「ああ、もう一人外套をかぶった小柄なやつがいたな。そいつがこの陣作ってたぞ」

「小柄……どう見てもこの中にはいないわね。どこかに潜んでるのかしら?」


 門番の言葉にリルはあたりを見回す。


「うーん、先にワタ坊たちに下調べさせといたけど、この人たち以外には誰もいなかったんだよねー。もう一度調べて見よっか?」

「それなら心当たりがある」


 ノイエスがワタ坊に探させようとすると、キサラがそう言った。


「え?」

「?」


 どういうことかと三人がキサラを見た時、広間の端の方で声が上がった。


「きゃあ! なにこれ!?」


 リルたちが驚いて声の聞こえてきた方に視線を向けると、物陰の後ろで黒い縄に捕まった少女がもがいていた。

 黒い縄はよく見ればキサラの足元から伸びる影である。自然にできた広間の影に自分の影を紛れ込ませていたようだ。


「え、いつの間に!?」

「私たちが中に入ったその後ろをつけてきていた。特にこっちに攻撃をしてくるわけでもないので放っておいた」

 

 目を瞠るリルにキサラは淡々と答えながら細長い影をこちらに引き寄せた。体が軽く宙に浮いて少女は小さく悲鳴を上げる。


「不審者でちょうど小柄だ」

「ち、違うの。あたしは……」

「そういうのは教えてほしいかも……ってあれ、あなた……」


 少女の顔を見たリルがあることに気がついた。


「神殿に戻る途中でならず者に絡まれてたあの時の! しかもこの格好だけでも神殿の巫女さんだってわかるわよ?」


 少女は神殿にいた巫女と同じ、白地に水色で刺繍された衣服だ。キサラは神殿にはついてこなかったので巫女たちの服装までは知らなかったのだ。

 怪しい人物ではなかったとわかったので、キサラは少女を影から解放した。


「見当違いだったか。すまない」

「ううん、あたしもいつ出ていこうか迷ってこそこそしてたから……」


 謝罪するキサラに巫女の少女は首を振ってそう言った。

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