《5》二つ目の再会

「あの後もしかしてずっと追いかけてきてたの……?」


リルがたずねると、焦げ茶色の髪の少女は頷き自身の身分と名を告げた。


「ええ……あたしはアストー海底神殿の巫女イオニア。ちょっと話があって……」


 そう言いかけたところでイオはある人物に目が留まる。彼女は瞬きすると目を見開いた。


「……リュウキ?」

「……やっぱりお前イオか」


 二人は互いに自身の名前を言いあった。どうやら神殿の中で再会したジェスナに続き知り合いのようだ。

 だが、その後嬉しそうな顔をしたジェスナと違い、イオは一瞬複雑な表情をするとリュウキから視線を逸らしてしまった。

 リュウキもどことなく固い表情を浮かべる。

 場に一瞬妙な空気が流れた。


「……?」


(なんだろ、あまり仲良くないのかな……?)


 そんな彼らの様子を見てリルは心の中で思った。


「……話というのは?」


 特に二人で話が進むわけではないようなのでリルは先を促した。


「あ、えっと、……」


 イオは自分から言い出したものの何やら迷っている様子だった。

 自分がいるので言いにくいのかともリュウキは思ったが、イオは今はこちらを気にするようには見えないので何か別のことがあるようだ。

 それはそれで何か引っ掛かりを覚えたリュウキは訝しげに彼女を見る。

 やがて、イオは思いきったように口を開いた。


「助けてほしいの。他の結界柱のやしろもここと同じことになってて」

「ええ~!?」

「そうなの!? 急いで何とかしなくちゃ……」

「……ちょっと待て」


 それは大変だと早速向かおうとしたリルとノイエスをリュウキは引き止めた。

 イオとは気まずかったので一瞬迷ったが、何か引っかかりを感じたので気づいたら口に出していた。


「……なんでリルに助けを求めるんだ?」

「え?」

「?」


 リュウキの言葉の意味が分からずにリルとノイエスは首を傾げた。リュウキは違和感の正体を確かめるように言葉にしていく。


「……社は基本的に神殿の管轄のはずだ。何か起こった時にまず動くのは神殿だろ。なんで部外者リルに頼む?」

「ん、あれ、確かにそうだね」


 リュウキの指摘にノイエスも頷いた。この結界柱の定期点検を請け負っているのでその辺の事情も知っていたようだ。

 結界柱の点検は聖域がやっているが、有事の際にまず動くのは神殿のはずである。リルやノイエスは神殿関係者ではなくたまたま居合わせただけの部外者だ。


「…………」


 イオは何も言わない。


「え、それはまあ、顔見知りのリュウキがいるからじゃないの?」


 あの二人の様子ではイオも言いにくいかなと思ってリルが口を挟む。訳ありっぽいとはいえ、やはり緊急事態なので助けを求めたのではないのだろうか。


「食堂から神殿に戻る途中でならず者から助けたんだろ? 俺はその時いなかった」

「あ、そういえばそうね……」


 リルが聖騎士なので追いかけて来たと考えられる。聖騎士が神殿関係者ではないのはイオだってわかっているはずだ。


(それに、リルはその後神殿に入っている。イオも神殿の巫女だから中に入って追いかける事は可能だったはず。だがなぜか入らなかった……)


 入っていればどこかで追いつけていたはずだ。何しろリルは部屋に通されてそこでジェスナたちと話をしていたのだから。

 考えながらリュウキは嫌な予感がしてきた。


「まだ俺たちに言ってないことがあるんじゃないのか?」

「…………」

「神殿に知らせられない、もしくは知っていても動けない事情があるんじゃないのか」

「……神殿はすでに知ってるわ」


 イオはそう答えたが、他に何を隠しているのかなかなか言おうとしない。


「神殿には今ラナイも来てる」

「え……ラナイが」


 ラナイの名前を聞いてイオの表情に動揺が浮かぶ。


「…………。…………実は」


 予想外のことを聞かされてとうとうイオは折れた。


「神殿にもこいつらがいるの。各結界柱を押さえているから、街の警備隊や天導協会に知らせたりしたら結界柱を壊して街を沈めると脅されてるのよ……」

「え、えええ!?」

「なんだってぇー!」

(やはりか……)


 まさかそんな深刻なことになっていたとは、とリルとノイエスは目を瞠った。リュウキは大体予想はついていたが、できれば外れてほしかった。

 脅迫されていたのでイオはなかなか口を割ろうとしなかったのだ。だが、これでジェスナやミレイの様子がおかしかったことも腑に落ちた。


「そんな状況の神殿にラナイとオウル置いてきちゃったってこと!? 今すぐ助けに……でも私たちだけじゃ難しいかしら? 聖域騎士団か天導協会にも知らせて……あああ、知らせたら街沈んじゃうからダメで……」

「落ち着け。まず他の社の様子も調べてここと同じ人数くらいなら俺たちだけで奪還する。でないと神殿に乗り込んでも手も足も出せないからな」


 わたわたと慌てているリルに冷静な様子のリュウキが言った。


「わ、わかったわ。それにしてもリュウキはよく落ち着いてられるわね」

「……騒いでも解決するわけじゃないしな」


 そう返すリュウキだったが、それは半ば自分にも言い聞かせていることでもあった。

 口で言うほど冷静かと言われればそうでもないのだ。焦っている自分がいる一方、冷静になっている自分もいる。

 なぜ冷静な自分がいるのか、それはなんとなく予感がしていたからかもしれない。

 ミレイとジェスナのやり取りの違和感――いや、神殿で最初にジェスナがラナイを見た時の驚きようを見てから、だろうか。


「こっちはこっちでできることやるしかない」

「そうね。それがいいわね!」


 リュウキの言葉にリルは力強く頷いた。

 それにラナイの方には幸いオウルがついている。早々危機に陥ることはないと信じたい。


「ぼくも手伝うよー。結界柱に何か仕掛けられてたら大変だし! 重要な神代の遺産を壊すとかそんなこと絶対にさせないぞ!!」


 ノイエスは拳を握りしめて意気込んだ。

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