《6》暗躍する者たち

「……男三人もいてまだ娘一人捕まえられないとはな。お前たち遊んでたのか?」


 怒りを堪えた口調で長い銀髪の男は言った。深い海色の衣をまとい、前髪と毛先が青色がかった髪は真ん中くらいまで緩い三つ編みに結って背中に垂れている。

 その男の前にはリルに蹴り飛ばされていたならず者風の三人が立っていた。


「い、いや、そんなわけないじゃないですかイサグ兄貴。これには訳が……」


 その中で一番背の高い男がおずおずと口を開く。数十分前に少女の腕をつかんでいた男だが、あの時とは違い完全に縮こまっている。


「ほほう。言い訳するのか」


 腕を組んでいる長髪の男――イサグの射抜くような視線が突き刺さり、三人はひぃっと震え上がった。彼の目が三白眼であることもその気迫に拍車をかけている。


「例の巫女は一度は捕まえたんです! ちゃんと捕まえたんですよ! でも」

「捕まえたのに逃げられたのか……」

「結果はそうなんですが……」

「…………」

「いや! ちゃんと聞いてくださいって!」


 イサグの銀灰色の瞳が細められていくのを見て男は慌てて言葉をつなぐ。


「捕まえた時に! 聖騎士が! 聖騎士の女が割り込んできて!」

「……聖騎士だと?」


 イサグの眉がぴくりと反応する。


「そうなんすよ! もし返り討ちにでもして目をつけられたらやばいですよね! 今は特に……」


 実際はその聖騎士……リルに返り討ちにされてたのだが自身の名誉のために黙っている男である。

 どっちにしろ、しつこくすると顔を覚えられてしまうかもしれないので早々に退散したのだ。あのままなら、おそらく少女をナンパしようとしたとしか見えないだろう。


「…………」

「…………」


 黙っているイサグの顔色をうかがう三人である。少ししてイサグが口を開いた。


「そうだな。ただでさえ神殿内に聖騎士と天導協会の者どもがいきなりやってきている。こちらに気づかれるのは避けたい」


 イサグが納得したようなので三人は密かに安堵の息を漏らした。


「それで、その報告は三人でするものなのか?」

「……はい?」

「聖騎士に邪魔されたとはいえ、その聖騎士がずっと傍にいるわけでもあるまい。事情を話すはずもないからな」

「…………あー、その」


 誰か一人くらい様子見に残っていてもよかったかもしれない。いや、残るべきだったとイサグの目は言っている。


「はいいぃ。すぐに! 迅速に! 素早く! 探してきます!!!」


 男三人はこのままだと本当に殺されかねないと逃げ出すように走り去っていった。

 その三人をイサグは黙って見送っていたが、近くに別の気配を感じて視線を動かした。


「今の三人、あの様子だとその聖騎士に返り討ちにあってるようにも見えたけど。いいの?」

「構わん。あいつらのほかにもう一人向かっている。奥の内殿に入るのはあの娘の持つ『鍵』が必要だが……いざとなれば俺たちが出ればいい。お前の方は終わったようだな」


 突然話しかけられたにもかかわらず、イサグは驚いた風もなく答える。

 近くに現れたのは彼よりも背の低い十歳を過ぎたくらいの少年だった。

 髪は男とは対照的に短く、くせっ毛のある黒髪だが、前髪の一部に灰色のメッシュが入っている。


「うんー。警護してたやつらも大したことなかったし、簡単だったよ。後はあいつらに任せてきた」


 腕を振り上げて伸びをしながら少年は言った。


「でも、『鍵』が手に入らないと先に進めないよ? さすがにあの次元結界を壊すのは骨が折れるし。下手に壊すと周囲に影響が出るし……それで天導協会に動かれてもまた面倒ー」

「そうだな。あと、少し他に気になることができた」

「え、なになに? 僕がいなかった間に何かあったの?」


 少年は紺色の大きな瞳を興味津々にイサグに向ける。


「神殿のやつらの話だと<深緑の聖女>が今ここに来ているようだ」

「その聖女って、あの?」

「ああ」

「へぇ……あっちから来てくれるなんて、探す手間が省けたね」


 少年はふっと目を細める。その眼に子供には不似合いな冷酷な光が差した。


「だが、早すぎる。こちらの準備が整っていない。<封印の聖女>は意外なところで見つかったが、<神の器>の行方はわかっていない。他にもまだやることが残っている。今回は聖女の波動を覚えるだけだ。ナスル、手を出すなよ?」


 不穏な様子の少年――ナスルに釘を刺すようにイサグは言った。

 聖力や魔力には波動というものがあり、個人差がある。後々聖女に接触できる段階に達した時に、波動をもとに聖女の居場所を探すためだ。


「僕らの邪魔をする奴の一人だから遊んでみたかったんだけど……わかったよ」


 少し不満そうにしながらもナスルは首肯する。ふくれた顔は年相応に見えた。


「そうでなくても<三界の書>の件で警戒しているだろうしな。今の状態で接触してさらに警戒されてはやりにくくなる。俺たちはもう、失敗は許されない」

「……そうだね。今度こそやり遂げるためにも慎重にしなくちゃね」


 言葉の最後の方をやや強い口調で話すイサグに神妙な様子でナスルも頷く。彼らの瞳には、固い決意の色が現れていた。

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