《3》人助け

 店の表に出るとリュウキたちはいなかったが、銀髪の少女――人型になったヴァレルが待っていた。リルが近づいてくると彼女は肩をすくめて言った。


「やっと来たわね。リルってばノイエスには甘いんだから……」

「あ、甘いって何よ!? ただ何となくほっとけないだけよ! 食べるのは忘れるし、物はよく倒すし……」


 言うなれば、手のかかる弟みたいなものだろうか。


「はいはい、わかったわよ。リルがなかなか来ないからオウルたちは先に戻ってるわよ」

「なかなかって、二、三分でしょ? 十分も二十分もかかってたわけじゃ……」


 ヴァレルは適当に流して神殿へ向かって歩きはじめ、リルは言い返しながらそれを追っていった。

 そして、白い神殿が見えてくるあたりまで来たところで、リルたちの耳に何か声が聞こえてきた。横手の建物の影からだろうか。


「いやよ! 離して!」

「やっと捕まえたぜ……」

「手間かけさせやがって」


 やや短めの髪の小柄な少女が数人の男に囲まれている。その少女は男の一人に腕をつかまれているようだ。男たちは荒々しい口調のとおり見た目も粗暴な感じである。

 焦げ茶色の髪の少女は自分の腕をつかんでいる男に言い放った。


「放してったら!」

「あーあーうるせえ。ちょっと痛い目見るか?」

「女の子に乱暴するなんて最低!! そんなのだから彼女もできないのよ!」

「あんだと!?」

「なによ、図星だった?」

「このガキ……!」


 逆上した男が手を振り上げ、強気だった少女が怯む。他の男たちが止める気配もない。

 だか男はその手が少女に届く前に、金髪の少女に蹴り飛ばされていた。


「ぐは!?」

「!?」

「!?」


 いきなりの乱入に男たちと少女は驚いてリルを見る。少女を守るようにその前に立ったリルは口を開いた。


「か弱い少女一人に男が複数で、しかも暴力を振るおうとするとか、あんたたちどれだけ恥ずかしいことしてるかわかってる?」

「なんだてめぇは!? 関係ない奴はすっこんでろ!」


 蹴り倒された男を起こしつつ仲間の一人が怒鳴る。


「そういうわけにはいかないわね。嫌がる人を無理やりとか見過ごせないわよ」


 対して腰に手を当てたリルは物怖じした様子もなく言い返した。


「立ち去るなら今のうちよ。私急いでるから無理に追いかけない」

「あぁん!? こっちは三人だ! 状況が分かってないようだなお嬢ちゃん」


 男たちは諦める気はないらしい。まあ、こっちは女一人……当然といえば当然だが。

 ちなみにヴァレルはあっちで呆れ顔で見ている。たぶん男たちの目には入ってないだろうが。相手は男が三人もいるがヴァレルは手を貸すつもりはないようだ。


「あっそう。さっきも言ったけど、急いでるから手加減しないからね?」

「怪我しても恨むなよ!」


 そう言いながら三人のうち頭一つ分背の高い男がリルに掴みかかろうと突進してきた。

 リルは自分に向かって伸ばされてきた手を躱すと逆にその腕を掴む。そして男の突っ込んできた速度を利用して流れるような動作で相手の体を宙に浮かせた。

 一瞬の後、男が地面に叩きつけられる音が響きわたる。


「ぐあ!!」


 背中を強かに打ちつけて男は呻き声をあげた。


「あ、兄貴!」

「くそ、こうなりゃ俺たちが!」


 兄貴と呼ばれた男が地に転がされたのを見て子分の二人がリルに向かってくる。時間が惜しいリルは男たちがこちらに到着する前に自分から接近することにした。


 ちなみにリルはもともと足が早い方だったりする。どこぞの戦闘狂やその上をいく空色の神人が規格外なだけで。

 そこらのチンピラなどには引けを取らない。


 見たところ二人の足はそれほど早い方ではない。彼らから見たらリルが急接近してくるように見えただろう。


「「……!?」」


 一気に至近距離まで駆けたリルは、驚いている男たちのうちの一人に向かって左拳を繰り出す。狙うのは腹。


「ぐっ!?」


 突然攻撃を受けて男が一瞬怯む。

 リルは格闘術を完全に修めているわけではない上に、男子が放つそれよりは威力は低いため決定打にはならない。

 それはあくまで牽制と、次の本命のため。

 左拳を素早く引っ込ませるとリルはその反動のままに体を捻り右足で中段回し蹴りを放つ。

 次の瞬間、強烈な一撃が側面から突き刺さり男は吹き飛んだ。リルは拳術は基本しかできないが、足技は得意であった。

 残った男は蹴りを食らった男の方を目を剥いて見ていたが、顔に怒りの表情を浮かべた。


「こ、こいつ……!」


 素手では敵わないと悟ったのか男は懐に手を差し込む。

 リルはそれに気づき僅かに目を細める。一歩踏み込み、何かを取り出そうとして脇が開いているところに肘鉄をくらわした。

 男が痛みに動きを止めた隙に、リルは体を起こすと同時に片足を上げ、男の腹のど真ん中目がけて脚を勢いよく伸ばす。


「ぐふぁ……!」


 リルの鋭い蹴りが腹にめり込み、最後の男は宙を舞い仰向けに倒れ込んだ。


 こうして数分後にはガラの悪い男たちの中で立っていられる者はいなくなっていた。リルは鼻を鳴らしながらパンパンと手をたたく。手ではなく足の方を多く使ったが気分的には手を叩きたいらしい。


「まあこんなもんね。懲りたらもうこんなことするんじゃないわよ。あっと」


 絡まれていた少女のことを思い出して首をめぐらせた。少女はリルの邪魔にならないように少し離れた場所に立っていた。


「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「うん、平気。ありがとう」


 小さく焦げ茶色の頭を下げる少女の姿を改めて見てリルはあることに気がつく。


「ん、あなた神殿の人……?」


 神殿の中で会った巫女……ジェスナと同じような水色と白の服装をしている。

 少女は首の後ろから見える一対の水色の布を揺らして頷いた。


「ということは巫女さん? 巫女にまで手を出すとかどこまでこいつら腐ってるの……」


 リルは呆れた様子でまだ地面に倒れ伏している男たちに視線をやる。


「…………」


 その後ろで巫女の少女は睨むように男たちを見ていたが、リルは気づかなかった。

 と、そのやられた男たちが呻きながら起き上がる。


「くっそ……何なんだお前……」

「聖騎士がならず者に後れを取るわけないでしょ」

「な……聖騎士……!?」


 男たちは何やら驚いた様子でリルを見た。リルの後ろにいた少女もはっと彼女を見つめる。

 三人のうち少女の腕をつかんでいた一人が一瞬考えるような表情を浮かべると、連れの男たちに向かって言った。


「……ちっ、おい、お前らいくぞ!」

「お、おう」

「いやでも、いいのかよ?」

「いいから来い!」


 躊躇う仲間の一人を怒鳴りつけ、男たちは走り去っていった。

 ならず者を追い払ったものの、リルはんー? と首をかしげる。


「なんで驚かれたんだろ……そんなに珍しいのかしら」

「とりあえずそういうことにして、早く戻らないと?」


 ヴァレルがいつの間のか近くに立っていた。


「ああ、そうだった。ごめんね、急いでるから私はこれで! 道中気を付けてねー」


 少女の返答も待たずにリルはヴァレルと駆け出した。

 背を向けたリルに向かって少女が咄嗟に口を開く。まだ声の届く距離だ。


「――――……」


 しかし、すぐに何かを躊躇するような顔になる。結局、少女が声を出すことはなく、リルもそんな彼女の様子に気づくことはなかった。

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