《4》再び神殿へ

 時は少し遡ってリルがチンピラの相手をし始めた頃、リュウキたちはというと。


「…………」

「うんうん、リルたち遅いねー」


 眉間にしわを深く寄せたリュウキの隣でオウルが何度も頷きながらそんなことを言う。


「何も言ってないだろ」

「顔に書いてあるけど?」

「…………」


 リルがなかなか店から出てこないので、リュウキたちは先に神殿に戻ってきたのだ。ちなみにキサラは先程と同じくレトイとともに外で待っている。


「道に迷っているのでしょうか……」

「仮にわからなくてもその辺の人に聞けば済むだろ」


 心配するラナイにリュウキは素っ気なく言う。そこへジェスナがリュウキたちのいる部屋に入ってきた。


「ごめんごめん、お待たせ。ってあれ? 一人いないわね?」

「道草を食ってるだけだ。気にするな」

「…………」


 リュウキがやはり素っ気なく答えるとジェスナは瞬きして彼を見た。


「? なんだよ」

「いやーただの任務仲間なのかと思ったけど……そうでもないのね」

「は?」


 何やら嬉しそうな顔をするジェスナにリュウキは面食らう。


「何にやにやしてんだよ……」

「ベッツに~」


 目を据わらせるリュウキだが、ジェスナは明後日の方を見て理由は言わなかった。


(……ラナイから、”あの後”ずっと落ち込んでるって聞いてたけど、いい仲間に会えたみたいね)


 ちらりとラナイの方を見ると、彼女はジェスナの言いたいことが分かっていたようで微笑んだ。


「しばらく見ないうちに大きくなったなーって思ったのよ。昔はこーんなに小さかったのに」

「何年前の話だそれは。三年前でもそんなに小さくなかっただろ……そもそもジェスナが昔から背が高すぎるだけで……」


 俺は普通だと言おうとしたところで、ジェスナが地鳴りでも聞こえてきそうな雰囲気を纏っているのに気づく。リュウキはしまったと思ったがもう遅かった。


「だ・れ・が・背が高すぎる……ですって?」

「……空耳だ。忘れろ」

「しっかり聞こえてたわ―――!!」


 ジェスナは思いっきりリュウキの頭を叩く。久しぶりすぎて忘れていたがジェスナに身長の話は禁句だった事を身をもって思い出したリュウキである。


「痛った……おい巫女が暴力振るうなよ……それに背の話振ってきたのそっちだろ……」

「言い訳しない」

「…………」


 もう一回ぺしりと叩かれてリュウキは今度こそ黙ることにした。


「……ふん。まあいいわ。思ってたより元気そうだし今日は流してあげる。辛気臭い顔してたら馬鹿兄貴が浮かばれないもの」

「…………」


 ジェスナはまだ不機嫌そうだったがどこか安堵したような様子だ。対してリュウキは言葉に詰まったように沈黙した。


「さ、行きましょうか」


 そう言ってジェスナは踵を返しかけるが、


「奥の宝物殿へ入るのは<深緑の聖女>だけです」


 不意にやや低めの静かな声が響いた。声のした方を見ると、応接間の入り口に真っ直ぐな長い髪を切り揃えた巫女が立っていた。


「え、ミレイ?」


 ジェスナがやや目を見開いて自分と同年代くらいの巫女――ミレイに視線を向ける。


「私が案内します」

「え、それは私が」

「あなたは残る方のお相手をしていてください。十五分ほどで戻りますので」

「……わかったわ」


 なにやら有無を言わせぬ雰囲気のミレイにジェスナは少し間をおいて頷いた。

 その様子にリュウキとラナイは一瞬違和感を覚える。


(……なんだ?)

(……?)


 ミレイも、ジェスナとリュウキやラナイの仲を知っている巫女の一人としてリュウキも知っている。久しぶりにジェスナとリュウキたちが再会したので気を利かせたとも取れるのだが……


「ラナイちゃんだけ? できれば俺も同行希望なんだけど」


 そんなリュウキたちの直感を知ってか知らずか、オウルがそう言い出す。


「上からの通達です」

「例の宝物は聖域からの委託のはずだけど。委託元がそのものを見ちゃいけないのかな?」

「…………」

「それに俺、一応この隊の隊長なんだよね。隊長として任務の責任があるんだけど?」


 任務自体に宝物の確認は含まれていないのだが、言わなければわからない。


「……少々お待ちを」


 食い下がるオウルに折れたのか、ミレイはそう言い置いて部屋を出ていく。

 少しして戻ってくると彼女は言った。


「許可が出ました。ではお二人案内します」

「いやーよかった。隊長の面目が潰れるところだったよ」


 安心したようにオウルは微笑む。どこまで本気で言っているのかわからないが。


「じゃ、リュウキ君はジェスナさんと雑談しながら待ってるんだよー」

「別に話すことなんかない……」

「なんですって? 相変わらず素直じゃないわね」


 ジェスナは呆れたようにリュウキを見るが、彼はそっぽを向く。そんなリュウキを見てジェスナは肩をすくめ、ラナイは苦笑した。


「さっさと行けよ。ぐずぐずしてるならリル諸共置いてくぞ」

「はいはい。行こうか~」


 これ以上リュウキが不機嫌になる前にオウルはミレイたちとともに部屋を出ていった。

 リュウキはむっすりとした顔でオウルたちを見送っていたが、先ほどの引っ掛かりが気になりジェスナに視線を向けた。


「……おい、何かあったのか?」

「……え?」


 同じくミレイたちを見送っていたジェスナは驚いた様子でリュウキを見る。


「いや、俺の気のせいかもしれないが……ミレイが来た後なんか少しおかしくなかったか?」

「あ、ああ……気まずいのわかっちゃったかしら? 実はちょっと喧嘩してて……」

「……喧嘩?」

「大丈夫、大したことじゃないから!」


 怪訝な顔をしてリュウキがたずねるとジェスナはやや声を大きくしてそう答えた。

 喧嘩したならその経緯など聞いてみようかとも思ったが、リュウキはそういうのは慣れていなかった。喧嘩の当事者になることならよくあったが。

 後でラナイにでも話してみるべきか……

 この時ジェスナは扉の方を見ながら拳を握りしめていたのだが、リュウキは気づかなかった。

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