《5》リル、こける

 ジェスナの提案もあり、神殿側の準備が整うまでリルたちはスレイシェの街に出ることにした。といっても三十分くらい。そんなに街の中を見ては回れなさそうだが。


「行きたい場所かー。ラナイの言ってた水中の景色が良く見える場所とここの結界はってる場所と……神殿の夜景も見てみたいわね!」


 リルは希望をいくつか言ってみる。


「おい……三十分くらいしかないんだぞ」


 能天気なリルにそんなに行けるかとリュウキは呆れた。それにまだ昼前。夜ですらない。

 そこへ神殿から少し離れた場所で待っていたキサラがやってきた。姿は見えないがレトイも近くにいるはずだ。


「……その様子ではまだ終わっていないようだな」

「準備に三十分くらいかかるんだって」


 オウルがキサラに簡単に説明した。


「そういえば、メルファさんって誰?」


 ラナイの知り合いのようではあったが……


「あ、私の母です」


 リルの質問にラナイがそう答える。


「ラナイのお母さんかー。せっかくこの町にいるなら時間あるし会っていきたいわね」

「ええ、まあ……」


 なぜかラナイはさっきから浮かない顔をしていた。


「どうしたの? 会いたくないとか?」

「いえ、そういうわけでは」

「んじゃお母さん苦手とか?」

「そんなことないですよ」


 そう言いながらラナイはリュウキの方を見た。


「リュウキはどうします?」

「俺もメルファさんには挨拶しようと思うが」

「……ですよね」

「……別に俺一人でもいい。リルたちの案内でもしてていいが」


 気の進まない様子のラナイに訝しみながらもリュウキはそう言う。無理に会わせるのも気が引ける。


「リュウキもラナイのお母さんとは顔見知りなんだ?」

「俺とア……俺も三年前までこの町にしばらく住んでたからな。なにかと世話になった」


 リルが首を傾げながらたずねるとリュウキは一度言い直し答えた。

 なので、リュウキもラナイと彼女の母メルファのことは知っているのだが、別に普通の親子だった。どちらかというと仲のいい方だと思っていたのだが……

 この三年の間に二人の間に何かあったのだろうか。


「そうだったん……だぁぁあああ!?」


 誰かと一緒に住んでたのかなと思いつつ相槌を打とうとしたリルは、背中にいきなりの衝撃を受けて前のめりに転んだ。突然リルが勢いよくこけたので全員の視線が集中する。


「リ、リルさん大丈夫ですか……!?」

「ここは平らだが……躓く者もいるのだな」

「何もないところで転ぶなよ……」

「ふむ、リルにも意外と天然なところが」


 そして心配されたり感心されたり呆れられたり天然疑惑をかけられたりした。ちなみに順番は、ラナイ、キサラ、リュウキ、オウルだ。


「あるわけじゃないない! 違うのよ!!」


 がばりとリルは起き上がって否定した。


「なんか背中に勢いよくぶつかってきたのよ!」

「背中ですか?」

『リルってば背中に何かついてるわよ』


 首を傾げるラナイの横で亜空間で待機していたヴァレルが、リルの背に白い丸いものがくっついていることに気づく。

 手に乗るくらいの大きさで、表面は綿毛だ。


「なんでしょうこれ……」

『あれこれって』

「うううう……ううー」


 背中のそれをラナイたちが覗き込んでいると、その綿毛に覆われた謎の物体から声が聞こえてきた。


「! この声はまさか」


 何か思い至ることがあるらしいリルは声のするあたりに手を伸ばす。

 予想通りふわふわしたものが手に当たるのを確認すると、それを掴んで目の前にぶら下げた。

 よく見れば白い綿毛に小さな目が付いていて細い手と足が生えている。


「うううーりるりる――――><」

「これってあの偏屈の」

「助けてください!!! マスターが……マスターが……><」


 リルの言葉を待たずにふわふわした丸いものは必死に訴えてきた。


「マスターが死にそうなんです!!!」

「え……えええ!?」


 予想外の事態にリルは思わず大声を上げていた。

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