《4》一つ目の再会

 リルたちは石畳の上を歩き、白い神殿の青い石柱に囲まれた入り口までやってきた。そこをくぐると白亜色の天井や壁が目に入る。窓から外の光を取り入れており神殿の中は思いの外明るい。

 一行が神殿に入ったところで焦げ茶色の髪の女性がこちらに気づいた。水色と白の長衣をまとった背の高い女性だ。刺繍のされた細長い布を頭に巻き、うなじのあたりで結んでいる。


「何か御用で……え、ラナイ……?」

「ジェスナ姉さん。お久しぶりです」


 馴染みの顔を認めてラナイは嬉しそうに微笑んだ。

 ジェスナと呼ばれた女性は、ラナイが来たのが意外だったのか一瞬驚いた表情をしたが、すぐにぱっと顔を輝かせた。


「ラナイ!? ラナイじゃない!! 三年ぶりじゃないの……!!」

「はい。すみません、本当に久しぶりになってしまっ」


 ラナイの言葉の途中でジェスナはがばりと抱きついた。


「もう、心配してたのよ! イオから手紙は来てることは聞いてたけどまったく顔を見せないし! そっちはどうなの!? ちゃんと食べてる? 寝れてる?」


 ジェスナはいろいろ一気にたずねるが、ラナイは顔面にジェスナの衣服が被さり返事ができないようだった。

 というか息をするのすら怪しい状態ではないだろうか。

 ラナイのそんな様子にジェスナが気づかないので、見かねたリュウキは思わず言っていた。


「おい、それじゃラナイが何も話せないぞ」

「え、ああ、ごめんごめん!」


 指摘されてジェスナは慌ててラナイを解放した。


「いえ、大丈夫です」


 やっと息ができるようになったラナイは呼吸を整えつつそう答えた。


「って……今の声は」


 ジェスナは聞き覚えのある声に首を巡らせると、リルたちの中にもう一人見知った顔がいるのに気づいた。


「リュウキ? リュウキよね!?」


 なぜかラナイの時よりも驚いた様子でジェスナは声を上げた。


「……久し、ぶり」


 リュウキは頷きつつ短く挨拶する。ジェスナと視線が合ってリュウキは無意識に体を硬直させた。

 実はジェスナは、リュウキが”会わなければいけない”うちの一人だった。

 さっきは思わず感覚で声をかけてしまったが、今改めて顔を合わせるとどう接すればいいのかわからなくなっていた。

 何か遠慮しているような普段とは違う様子のリュウキだったが、ジェスナは頓着せず食いつくように言った。


「戻ってきたの!? いや戻ってこれたの!? 大丈夫だった!?」

「あ、ああ。ラナイもいたしな」


 やけに心配してくるジェスナにリュウキはやや気圧されたように答えた。

 まさかそういう言葉をかけられるとは思っていなかったリュウキは戸惑っていた。


「ただ戻ったわけじゃ……その話はあとでいいか?」

「あ……そうね」


 リュウキはちらりとリルとオウルの方を見る。ジェスナもリュウキの視線に気づいて慌てて頷いた。

 部外者の前でする話ではないという意味に取ったジェスナだったが、リュウキはその辺の事情までは二人に話していないので躊躇った。


「すみません。だいぶ内輪の話になってしまって……数年ぶりにあったんでちょっと興奮してしまって……」

「いえいえ、久しぶりに会ったんでしたら仕方ないですよ」


 先程までの姿を見られてしまったことを恥じるジェスナに、リルは気にしないように言った。

 しかし三年ぶり……? 二人が<虚無大戦>に巻き込まれたことは聞いたが、それから一度も会っていない……会えていない?

 そういえばパルシカも三年と言っていたことを思い出したリルである。

 どういうことなのか気になったが、リュウキが言葉を濁したので言いにくいことなのだろう。





「えっとあなたたちは……」


 ジェスナが改めてリルとオウルの二人に目を向けると、オウルの方が口を開いた。


「私たちは聖域騎士団です。神殿の宝物殿に用事がありまして……これを」


 そう言って彼は筒状に巻かれた一通の書状を差し出す。神殿に寄る前に天導協会支部でもらったものだ。

 受け取ったジェスナはそれを確認して困った顔をした。


「……大神官当てですね。すみません、大神官は今会議中でして少し時間がかかりますが……」

「俺たち急いでるんだ。それを大神官が目を通せばいいだけのはずだから、ちょっと行ってきてくれないか?」


 悠長に待っている時間も惜しいリュウキが会話に割り込んだ。


「え、でもね……」


 ジェスナは渋る。


「お願いします!」

「うーん」


 リルも頼んでみるがジェスナは首を縦に振らない。


「お願いしますジェスナ姉さん」

「わかった。いってくるわ」

「「「………………………………」」」


 だがラナイが頼むとジェスナはすんなり承諾したので、リルたちはさすがに黙り込む。


(なんであっさり……)

(……ほうほう)

(……相変わらずかよ……)


 そんなジェスナにリルは眼が点になり、オウルは何やら納得し、リュウキは呆れていた。

 ジェスナは昔からラナイには甘いところがあるのだ。

 ちなみにラナイ自身は気づいていなかったりする。


「ありがとうございます。助かります」


 ラナイは純真無垢に微笑む。


「いいのよいいのよ。ラナイの頼みだし急いであげたいけど、実際には他に何人か話を通さないといけなくて」


 いくらラナイの頼みとはいえ、決められた手続きを飛ばすことはジェスナもしないようだ。


「わかってます。どのくらいかかりそうですか?」

「そうね……三十分くらいかしら」


 ジェスナは少し考えてそう答えた。


「ではここで待ちますね」

「……ただ待ってるのもなんでしょ。メルファさんには会ってきた?」


 首を傾げながらジェスナはたずねる。ラナイは僅かに視線を彷徨わせ首を振った。


「いえ、まだです」

「じゃちょっと行って来たら? メルファさんもラナイに会えたら喜ぶだろうし。そちらの聖域騎士団の人たちも、よかったら外を散歩してきてもらっていいですよ」

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