《3》水中都市へ

 水中都市スレイシェ。

 海の底に造られた珍しい街である。記録によると神代から存在する古い都市で、街の中心部には水の神がまつられている神殿が建っている。

 海辺の転移装置から一行は街の中へ足を踏み入れた。スレイシェの街を一目見てリルは思わず感嘆の声を上げる。


「うわーすごい。空が一面海色だわ。あ、あれ魚の群れ!」

「紺碧っていうのよ。リルってば子供みたいにはしゃいじゃって……」


 そんなリルの隣で緩くウェーブかかった銀髪の少女が蒼色の目を半眼にしていた。


「何よーヴァレルこそ詩人みたいなこと言ってるじゃない」

「たまたま知ってただけよ」


 ヴァレルも水中都市を見てみたくて人型でついてきていたのだ。


「こんなにきれいな場所なのに、らっしー来れないなんて残念ね」

「仮に来ても、『生き地獄だー』とか言って卒倒するだろうから景色を見てる余裕はないと思うよ」

「あ、あはは……」


 オウルの言葉にリルはスレイシェの街の中でひっくり返った黄色い猫(これくらいの大きさにもなれる)――ラシエンを想像してしまい、彼に悪いと思いつつも少し笑いを零す。


「というか、やけに具体的だけど実は過去にやったことあるわけ?」


 現実味のある言い方に訝しげに訊ねると、オウルはいつもの涼しげな笑顔で首を振った。


「いやいやまさかー嫌がる聖獣を無理やりなんて★」

「そうですよね」

「「「………………」」」

(やったのか……)


 らっしー可哀想に。

 ラナイだけはオウルの言葉を信じたようだが、それ以外は確信犯だと思ったのであった。


「水中とかいうから水の中で息ができる街なのかと思ったけど、あの半球体状の結界で街全体を覆っているのね」


 街と海とを隔てている透明な壁を眺めてリルが言った。


「ずっと昔からあの結界はあるんですが、どういう原理なのかは考古学者や技術者にもわからないそうですよ」

「ほへーそりゃすごい」

「今は失われし神代の技術ってわけね」


 ラナイの言葉にリルとヴァレルは感心した。


「さすがに原理もわかっていないものに頼るのは危ないから、代替用や補助用も合わせてあるがな」


 リュウキがそう補足する。

 何らかの理由で結界が消えてしまった場合、都市にいる人全員溺れてしまう。

 とはいえ、今日まで特に問題なく結界は稼働し続けている。





「それにしても、てっきり支部に保管されていると思ってたけど違うんだ?」


 リルたちは今街の中を歩いている。人の往来はそこそこあり活気のある街のようだ。

 オウルが<人界の書>の保管場所に入るために必要な書類があると言い、まず天導協会の支部に立ち寄っていたが、保管場所もそこなら外に出る必要はない。


「この街には支部より保管に適した場所があるからな」


 そう言って先頭を歩いていたリュウキは、森と水に囲まれた一角の入り口で立ち止まった。そこには彫刻の入った白亜の柱が対になるように二本そびえている。

 その石柱の間をくぐると中は結構な大きさの広場になっていて、奥の方に白い神殿が建っているのが見えた。


「アストー海底神殿だ。この神殿は人界の中でも強固な結界を展開している場所の一つで、この街の結界もこの神殿の力の一部だな」


 入り口から神殿に向かって白と水色の石畳が敷き詰められ、その両脇を細長い噴水が等間隔で配置されている。奥の神殿は白い大理石の上に青い彫刻の入った建物で、荘厳さを漂わせていた。


「すごく綺麗なところね」

「そうね」


 リルとヴァレルはしばしその光景に見とれていた。敷地全体に流れる水路や噴水が海からの光を受けて幻想的な雰囲気を生み出している。

 一方、リュウキもほんの数秒複雑そうな表情で眺めたがすぐに歩き出した。


(……あれ以来か。いつかは必ず会わないといけないと思ってはいたが……)


 いざその時が来るとやはり逃げ出したくなってしまう。どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 正直リルとヴァレル以上にその場に立ち止まりたい心境だったが、状況が状況だけに行かないわけにもいかない。


「ぼさっとしてると置いてくぞ」

「あー待ってよ」


 先さき行ってしまう(ように見える)リュウキにリルとヴァレルは慌ててついていった。


「海から差し込む光が見えるでしょう。この街で一番開けた場所なので時間帯によって変わっていくんですよ。夜になるとまた違ってきますし」

「へえー夜もまた見てみたいわね」


 ラナイの説明にリルは興味がわいてそう言う。

 ちなみにキサラの姿が見えないが、彼女は外で待っていると言って神殿の近くで待機している。灰色の獣レトイ――緒事情で行動を共にすることになった自我のある<虚獣>――も姿と気配を隠して一緒だ。

 このご時世魔族というだけで変な疑いをかけられても面倒だからと気をつかったらしかった。

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