《2》らっしーの苦手なもの

 再び地上に降り立った一行はラナイの探知の結果を待った。

 前回の探知よりは半分ほどの時間で聖女はやや硬い口調で告げる。


「……<書>の気配を感じます。この方角だと<人界の書>がある場所、ですね」

「……そうか」


 ラナイの言葉を聞いてリュウキも表情を険しくした。


 <聖域の書>が盗まれた時点で、他の保管場所にも警戒するように通達がいっているはずだ。警戒の中そういう状況になったとすれば、相手はいったい何者なのか。リュウキは改めて戦慄する。


 それに、<人界の書>の保管場所には……


 水色と白の巫女服を来た一人の少女の姿がリュウキの脳裏をよぎった。


「ま、まずいじゃないそれ……! 早くいかないと!」

「とりあえず向かおうか。場所は?」


 慌てた様子でリルがヴァレルの背に乗り、オウルが行先をたずねた。


「スレイシェだ」

『スレイシェだと!?』


 リュウキが書の場所を言うと、なぜかラシエンが引き攣った声をあげた。


『スレイシェって、あの、海の中に沈んだ、周り水だらけの、あの、スレイシェか!?』

「そうだが」


 やけに動揺しているラシエンをリュウキたちは怪訝な顔で見る。あ~となにやら納得している様子のラシエンの相方であるオウルを除いて。


「海に沈んでるわけじゃなくて、海の底に作られた都市でしょ?」

『おおお同じことだろ!!』

「え、まあ、そうかもしれないけど……とりあえずらっしー落ち着いて?」

『こここれが落ち着いてられるか――――』


 顔面蒼白のラシエンをリルは宥めようとするが、彼はその辺を落ち着かなさ気にうろうろうろうろしている。


「なに、会いたくない人でもいるの?」

『とんでもなくいる!!!』


 リルがたずねるとラシエンは勢いよく振り返って答えた。


「そんなにいっぱいいるの……?」

『あの場所はダメだ、絶対にダメだ!!!』


 ぶんぶんと首を振ってラシエンはそう主張する。そんな彼にラナイも首を傾げた。


「そんなにダメなのですか……?」

『何が何でもダメだ――――!!!!』

「そうですか……」


 なにやらラナイは悲しそうな顔をする。するとリュウキが目を据わらせて言った。


「おい、わかったから少し黙れ。それ以上騒ぐならスレイシェの海底に沈めるぞ」

『ななななんて恐ろしいこと言うんだ!!!? 俺を殺す気か!?』


 ずざーーーーっとラシエンは丘の隅っこに高速移動して怯える。


「…………」


 ちょっと脅かしただけのつもりなのだがラシエンが本気で逃げるのでリュウキは面食らった。


『で、一応私たち急いでるはずなんだけど?』


 こんなことしてる場合ではないのでは、とヴァレルが呆れた様子で言った。


『……ち、近くまでは飛んでいってはやる。事態が事態だしな』


 ヴァレルの指摘に、少し思い直したらしいラシエンはオウルたちの方に戻ってきた。

 さすがに任務中なのをほっぽり出したりはしないらしい。物凄く嫌そうではあるが。




(主にラシエンのせいで)遅れた分を取り戻すためにリルたちは移動速度を飛ばした。

 いくつか山を越えたところで急に視界が開け、広大な水をたたえた青い海が姿を現した。


「あそこの建物にスレイシェに入るための転移装置がある」


 切り立った海岸の上の白い建物を指さしてリュウキが言った。


『あれね』


 リルとラナイを乗せたヴァレルは風を切ってそちらに向かい、その後をラシエンと黒い魔鳥が飛んでいく。

 ちなみにラシエンはというと海が視界に入らないようにあらぬ方向を向いている。もちろんそれだけでは飛ぶのに支障があるので、ちらちらと確認はしているようだ。あと、先頭を行くヴァレルの翼を目印にしていたりする。

 転移装置のある建物の近くにリルたちが降り立つと、ラシエンは一刻も早く離れたいといわんばかりに海の方向から遠ざかった。


『じじじじゃあ俺は帰るからな!! オウルも絶対呼ぶんじゃないぞ! 絶対だぞ! 呼んだら絶交だからな!!』

「はいはい」


 そう言い残しラシエンはその場から消えた。


「……どうしたのらっしーは?」


 ラシエンの消えた場所をぽかんと見ながらリルはたずねる。

 オウルは苦笑した。


「らっしーは水が苦手でね」

「水!? スレイシェに誰かいるわけじゃなかったのね」


 確かに水ならいっぱいいるというのはある意味頷ける。


「そうだったんですね。それなら仕方ないですね。とてもきれいな場所なのに……」


 ラナイは残念そうに言った。


「ん? ラナイはスレイシェに行ったことあるんだ?」


 どんな場所か知っているかのような口ぶりにリルは首を傾げた。

 ちなみにリルは二年間人界に配属されていたため、知識として地名と特徴を覚えている程度である。


「はい。三年前までそこの神殿に所属してました。私の故郷でもあります」

「そうなんだ。じゃあ庭も同然な街なのね!」


 ラナイの言葉にリルは両手を叩いてはしゃぐ。


『水中都市かー。どんなところか楽しみね』

「スレイシェ行ったら案内してよ」

「いいですよ。海中の景色がよく見える場所があってですね」


 リルとラナイとヴァレルがなにやら盛り上がっているが、リュウキは至極真面目に言った。


「おい、遊びに行くんじゃないぞ」

「あ、ええ、そうですね」


 確かにこれから<三界の書>を取り返しに行くのだ。観光している場合ではない。

 ラナイは表情を引き締めるが、少し残念そうだ。一方リルは口を挟まれたので不満そうに言う。


「ちょっとリュウキ、ガールズトークで盛り上がってるのに邪魔しないでよ」

「がーる……?」

「なんでもない。ともかく空気読んでよね?」

「…………」


 だから遊びに行くんじゃないんだぞそこの三人……

 僅かに顔を引き攣らせているリュウキの肩をオウルがぽんっと叩いた。



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<番外編>


リル:なんでらっしーは水が苦手なの?

ラシエン:え!?それは……そう、俺は火属性の聖獣だからな。相性的に合わねぇんだ

ラナイ:そうだったんですね

リル:ふーん?ヴァレルは風の聖獣だけど別に火は怖がったりしないけど……

ラシエン:へ、へぇーーそりゃ珍しいな!

リル:珍しいのかな?

リュウキ:……いや、確か聖獣にそんな性質は

ラシエン:あっ、虚獣!

リュウキ:!?(条件反射で反応

ラシエン:っと悪い悪い。見間違い

リュウキ:……(じろり

オウル:あっ、向こうから大波が押し寄せてくるよ

ラシエン:は?そんなわけ(突然後ろから大量の水を掛けられる)ギャーー溺れるーーー

ラナイ:落ち着いてください。ホースの水ですよ!

リュウキ:……なんでそこで水掛けてるんだよ?

キサラ:合図をしたら放水してほしいとオウルに頼まれた

ラシエン:(←我に返った)何ぃ!?おい(怒

リル:溺れる……?

ラシエン:!!なななんでもねぇ。忘れていいぞ!

リュウキ:……(自身が泳げないから水が苦手ってことか……)

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