《3》もう一つの称号

「しっかし、始祖については置いといて、まさか<虚獣>と話せる日が来るとは思わなかった」


 まだ興奮冷めやらぬといった感じでリルはレトイに視線を向ける。


『正確には私は<虚獣>ではなく眷属だ。眷属は私のように自我を持っている。私を含め二体しかいないから見たことが無いのは仕方ない』

「意外と少ないんだな」


 リュウキが率直な感想を述べる。レトイは頷いて続けた。


「ああ。自我がほとんどないものの方が多い。自我が薄い分創造主の思考に従う。お前たちの言う<虚獣>はこれだ」

「実はその<虚獣>に片言ではあるんだけど言葉を話すものが出てきていてね。今までは無差別に周囲を破壊するものばかりだったんだけど」


 オウルがレトイに<虚獣>に表れている変化について説明した。


『その内容は?』

「<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>の封印関連の単語だったね」

『……そうか』


 少し考え込むようにレトイはやや目を伏せた。


『前にも言ったが、自我の薄い<虚獣>は創造主の思考に影響を受けやすい。<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>の復活という願望が<虚獣>に伝わったものだと考えられる』

「でも、なんで突然……? 今まではそんな<虚獣>いなかったのに」


 首を傾げながらリルが疑問を口にする。するとキサラが口を開いた。


「……封印が何らかの理由で弱まってきているのではないか?」


 彼女の言葉を聞いて、オウルは組んでいた腕の片方を上げて顎に手をあてた。


「なるほど、それなら辻妻が合うかもしれないね。封印の力で<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>の意志までは今までの<虚獣>には伝わっていなかったけど、封印が弱まって伝わり始めているのかも」


 レトイとキサラの話を元にオウルはそう推測を立てる。


「まあ、封印が弱まったといっても、ほんの少しかな。でなければ今頃意志のある<虚獣>で溢れているだろうからね」


 今のところ人語を話す<虚獣>は一体しか確認されていない。とはいえ、今後増えないとも限らないので注意が必要だろう。


(あの時俺が力を使ったせいか……? いや、人語を話す<虚獣>に遭遇したのはそれよりも前か……)


 リュウキは難しい表情で考えを巡らせていた。


「問題はなぜ封印が弱まっているかだが……」

「ね、ねえ、ちょっと待って」

「なんだよ」


 リュウキが話を進めようとすると、リルが慌てた様子で口を挟んだ。


「<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>だの封印だの話がすごいことになってるけど、祭器追跡隊の私たちじゃ手に負えないんじゃ? 上の人とか、関係ある人に話した方が……」

「関係ある人ならいるよ?」

「……へ?」


 リュウキが何か言う前にオウルがそう言った。予想外の言葉にリルは目が点になる。

 その後ろでリュウキがオウルを見るが何も言わない。それを確認してか、オウルは少し間をおいて続けた。


「ラナイちゃんには称号がもう一つある。<封印の聖女>」

「え、それって……」


 その称号を持つ者は現在一人しかいない。三年前から聞くようになった称号。


「<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>を封印したっていう、あの!?」

「そうだよ」


 驚きのあまりやや大きな声でたずねるリルにオウルはしっかりと頷き返した。

 その後、引き継ぐようにリュウキが再び口を開く。


「……ラナイと俺は三年前に<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>と対峙してる。いわば関係者だ」

「リュウキも!?」

「なんだよ、文句あるのか?」

「い、いや……」


 伊達に<封印の聖女>の護衛をしているわけではないらしい。確かにあの<死を誘うもの>を何らかの方法で退けさせるくらいだし。


「二人とも私と歳がそんなに変わらなさそうなのに、すごいなって」

「好き勝手好んで対峙したわけじゃない。巻き込まれたんだ」


 リュウキは相変わらず憮然としたように話しているが、彼の纏う空気はどことなく重かった。

 そこでリルは昨晩のリュウキやラナイとのやり取りを思い出す。

 ……リュウキ達は三年前に親しかった仲間の二人を――


「――あ、そうよね……んじゃ、ありがとう!」


 暗くなりかけた空気を変えようとリルはわざと明るい声で言った。


「…………は?」


 いきなりお礼を言われて意味が分からずにリュウキは面食らう。


「リュウキとラナイが頑張ってくれたから<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>は封印できて、長引くかもしれなかった戦乱に終止符を打てたってことじゃない」

「…………」

「三年前は私はまだ修練生だったから参加はしてないんだけど、あの時のことはよく覚えてるのよね。虚無神が聖域に向かってきてるってことで、同級生の間でもすごく不安が広がってた。大結界の近くには普段見かけない聖騎士がたくさんいて……」


 高台から見た大結界の遠くの空は、灰色から徐々に不気味な闇色に染まっていた。


「それに――前にも話したけど、私の姉もね聖騎士なのよ。姉の方はもちろん参加しててね」

「……姉?」


 リュウキは呟くようにたずねる。普段他の人の血縁関係にあまり興味を示さない彼がそんな反応をしたので、ラナイは少し違和感を覚え視線を向ける。

 リルは特に気にすることもなく頷いて続けた。


「うんうん。四歳年上で私とは違って槍を使ってる聖騎士でね。滅多に帰ってこないけど、流石に顔を見せに来たし。虚無神が復活して一ヶ月くらいだったかな」


 いつもの調子でふらっと戻ってきたように見えた姉の姿。しかし、どこか無理をしてそう振る舞っているような気がして。

 やはり彼女も緊張しているのだろうとリルはその時思ったのだった。


「普段は各地を転々としてるらしい姉も非常事態ってことで呼び戻されたみたい。有事の際に聖騎士が動くのはわかってたけど、まあやっぱり私は心配だったわけよ。だから、少なくともが生きているのはリュウキたちのおかげでしょ」

「…………」


 やはり、リルはフィルが生きていると思っている。とはいえ、詳しくたずねることは――


 一方、リュウキがほとんど黙りこくっているのでリルは内心慌て始める。


(あれ……私変なこと言ったのかな……)


 またいつものように嫌味でも言われるのだろうかとリルがリュウキの様子をうかがっていると、彼は徐に口を開いた。


「そんなこと言われたのは初めてだったから少し驚いただけだ」


 フィルの話が出てきて少し動揺していたが、リュウキは何とか平静を装った。この言葉も嘘ではない。


「え、初めて……?」


 リルは戸惑いの表情を浮かべた。やっぱり変なこと言ったんだろうか。


「うーん、まあ、魔族のリュウキくんに対してはどうしても風当たりは厳しくなるかもね」


 オウルがリュウキの境遇を察して言った。

 そもそも<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>を復活させたのは魔族だったという話だ。


「あ……そっか……」


 この重い空気を何とかしようとリルは思い切って言った。


「よし! それなら今日から毎日リュウキにお礼言ってあげるわね!」

「なんだいきなり。鬱陶しいからやめろ」

「えーいいアイデアだと思ったんだけど?」


 さも迷惑そうな顔をするリュウキにリルは笑顔で絡んだ。


「いいねそれ、俺も一緒に言ってあげるよ」

「おい……」


 オウルまでリルの話に乗る。それをラナイが無敵の笑顔で締めくくる。


「よかったですねリュウキ」

「よくない……」


 うんざりとリュウキは呟いたのだった。

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