《5》介入、そして帰還

 オウルに吹き飛ばされた二人のうち、ウルガはすぐに体勢を整えた一方、リュウキは膝を折り手を地面に着いていた。疲労と負傷で満身創痍になっていたためうまく対応できなかったのだ。荒い息を吐きながら俯いている。

 ウルガは突然の乱入者に眉を吊り上げた。


「いきなり戦闘に介入するとは何奴……なっ! 貴様は!」


 前方に立つ男の顔を確認するや否やウルガは声を上げる。


「あーやっぱり覚えてたんだ?」

「その顔この百年一瞬たりとも忘れたことはなかったぞ……」

「百年じゃなくて十年ね」


 オウルは気のない声で訂正した。


「できれば引いてくれるとありがたいんだけど」


 無駄だろうなと思いつつもオウルは一応言ってみる。対してウルガは怒りを感じているのだろうか。肩を小刻みに震わせていたが、急に顔を上げると舞台役者のように両腕を大きく広げた。


「ふはははは!! 今日は最高についているらしい!!」


 口元に狂気的な笑みを浮かべ叫ぶウルガ。怒りではなく喜びに打ち震えていたらしい。そして全く会話が噛みあっていない。


「貴様とは再戦したいと思っていたぞ」

「相変わらず話聞かないね」

「そちらから姿を現してくれるとは僥倖!」

「いや好きで現したわけじゃないから」

「さあ百年前の続きをしようではないか!」

「十年前」


 オウルはもう一度訂正した。一気に接近し斬りかかってきたウルガの双剣を投具の光刃で器用に受け止めながら。


「あーこうなるから出たくなかったんだけど……」


 面倒そうに呟きながらオウルは連続で繰り出されるウルガの斬撃をすべて片手の投具のみでいなしていく。

 リュウキを圧倒させていた速さの攻撃をオウルは一歩も動かずに、である。

 このままの状態で数時間過ごしてもオウルには特に(体力的には)問題ないのだが、そんな事のためにわざわざ姿を現したわけではない。

 急ぎ、確認しなければならないことがあった。

 オウルはため息をつくと行動に移すことにした。初めからこうすればよかったと思いながら。


「君の相手しに来たわけじゃないからちょっと大人しくしてて」


 僅かにオウルの手の動きが変わったかと思うと、直後肉薄していたウルガが吹き飛ぶ。

 空中で体勢を立て直そうとするウルガに、続けて空色に輝いた複数の投具が放たれ彼に容赦なく直撃。そのまま遥か彼方まで飛ばされたウルガは岩壁に勢いよく激突した。


「「た、隊長――――!?」」


 ウルガを止めようと近くまで来ていたルメとトリンは驚いてそれを見ていた。二人は慌ててウルガの後を追いかける。

 オウルは遠く土煙が上がっているのを一瞥だけすると逆方向に首を巡らせた。

 少し離れたところに赤毛の少年がうずくまっている。上がっていた息は大分落ち着いてきているようだ。封印の方も効き出しているといいのだが。

 オウルは投具の光刃を消すと少年の方に歩いていく。彼の衣服の隙間から見える紋様を確認しながら。元々の色――深緑色の方が多い。

 

「大丈夫?」


 そう声をかけるとリュウキは少しふらつきながら立ち上がった。そして俯いていた彼は顔を上げオウルを見――刹那。

 刺すような視線と共に、抜き身のままだった紅晶剣を一閃させた。

 ある程度予想していたオウルはそれを難なく避け、リュウキの間合いから大きめに距離を取る。リュウキが剣を振るった時に紋様がもう少し見えたが、紫紺の色も半分近く残っているようだ。


(うーん、こっちのことわかってないか。ちょっと放置しすぎたかな)


 その瞳は茶褐色ではなく紫紺。オウルに向かって殺気を放っているが、どこか焦点があっていないようにも見える。


(手荒になるけど、気絶させた方が早いか)


 オウルはそう瞬時に判断を下すとやや身をかがめた。

 すぐに接近せずに相手の様子を窺う。いつものリュウキであればオウルは即座に行動するのだが、今の彼に対しては少し慎重になっているらしい。

 虚ろな目をしたリュウキも片手で持っていた剣をゆっくり構え始める。


「邪魔するならお前もころ……」


 リュウキが言い終わる前に乾いた音がその場に響いた。

 息を呑んでその光景を見ていたリルやヴァレル、ラシエンが驚いてその音の発生した中心を見る。今まさに距離を詰めようとしていたオウルも軽く眼を見開き止まっていた。

 いつの間にかラナイがリュウキの傍に移動して、彼の頬を平手打ちしたのだ。


「リュウキ! しっかりしてください!」


 それからなんとラナイは何度もリュウキの頬を平手打ちする。

 リルたちが言葉もなく見ていると、やられっぱなしだったリュウキが急にラナイの手を掴んだ。

 ラナイはびくりと震えてリュウキを見る。


「……ラナイ、痛い」


 顔を上げたリュウキは疲れたようにラナイを茶褐色の眼で見返したのだった。

 紫紺に染められかけていた深緑色の紋様もいつの間にか消えていた。






 その後ウルガはしつこく勝負を挑んできたが、オウルがすべて適当にあしらった。

 どう撒いたものかと悩んでいると、ウルガに突如緊縛の術式紋が出現し、彼を拘束すると転移陣が展開して回収していった。勝手に襲い掛かっていくウルガに青ざめていたルメとトリンはその魔方陣を見てさらに顔を青くしていたが。

 残された部下二名は、こちらが天導協会の関係者だと知るとなぜかものすごく頭を何度も下げてから戻っていった。

 魔境の近くで勝手に暴れたのはこっちなのだが……よくわからないリルであった。

 とりあえず一行はキサラの瞬間移動でゼルロイの街まで戻ってきた。


「ベイルスではすまなかった。<死をいざなうもの>については完全にこちらの落ち度だ。かなり危険にさらしてしまった」

「まあまあ、聖域も魔境も調査はしてたらしいけど誰も気付けなかったわけだし……結果的にあそこの幽霊たちは解放できたから結果オーライってことで」


 軽く眼を伏せているキサラにリルは明るく声をかけた。

 実際あれを何とかしたのはリュウキの力だが。

 リルやヴァレルはいろいろ疑問はあったが、リュウキは倒れる寸前、ラナイは半泣き状態でとても聞ける状況ではなかったのだ。

 オウルは何か知っているようではあったが、はぐらかされそうな気がした。


(……それにリュウキのあの力、どこかで……)


 最近ではない。ずっと昔……子供のころに。


 扉が開く音がして、リルは我に返った。

 仕事を終えたパルシカが帰ってきたところだった。


「おかえりなさい。パルシカ」

「ただいま。どうだい、様子は?」


 手荷物を降ろしながらパルシカは訊ねる。


「おかげ様でリュウキもラナイも大分落ち着いたよ」

「それはよかった。あの時は一体何事かとびっくりしたからね。リュウキは傷だらけ、リルに至っては服が血まみれだったし」

「あはは……」


 リルは苦笑するしかない。

 ベイルスから戻ったリルたちは、とりあえず倒れそうなリュウキを休ませるため宿屋に向かったのだが運悪く満室。

 仕方がないのでパルシカに頼むことにしたのだ。

 ちなみにリルは既に血の付いた服は脱いで体は軽く洗い、今はパルシカから借りた服を着ている。


「ラナイはラナイで……あれは泣いた後だったね。どうせリュウキが泣かせたんだろうけど」

「……なんでわかったの?」

「昔っからそうだったからねぇ」

「…………」


 どんだけ泣かせたんだリュウキ。


「んで、ラナイは?」

「リュウキの傷を治癒してそのまま傍にいるみたい」


 二階へ続く階段を見ながらリルはそう言った。




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 ラナイの( 'д'⊂ 彡☆))Д´) パーン炸裂


 ちなみにこのエピソードの副題(裏題?)は、『オウルの最高についていない日』です。(笑

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