第7話 少年の抱えるもの

《1》リル、下敷きになる

  話題になっていたリュウキとラナイの二人は、窓から夕焼け色の空が見える空き部屋の一室にいた。

 ちなみに一階が鍛冶屋の工房となっていて、二階から上がパルシカの住む家である。

 寝台の上で上半身を起こしているリュウキが口を開く。


「ラナイ、治癒はもういいからオウルたちの方にいっておけ」

「でも、まだ……」


 ラナイは傍に椅子を持ってきてそこに座って治癒をかけていた。

 致命傷になるような傷はなかったが、大小さまざまな傷をリュウキは負っていた。

 この程度で済んでいるのは、力に呑み込まれそうになりかけていたおかげでもあるが……

 大きい傷は治した。後は小さい傷だ。


「これくらいは舐めておけば治る」

「だめですよ。跡が残ったら……」

「別に男だから気にならない」

「…………」


 ラナイは珍しく不満そうだ。リュウキはそんなラナイを見て小さく息を吐いた。

 さっきからなんとかリルたちの方に行くようにしたいのだが、ラナイは頑なに動こうとしないのである。

 本当は、リルに黙ってラナイを連れて出ていくのにその二人を一緒に居させるのは不都合だった。

 だがさすがにリュウキも今の状態ですぐに動く気にはならなかった。まだかなり疲労感もある。


「あのなラナイ、<虚獣>の中に意志を持つものが現れているようなんだ」


 仕方ないのでリュウキは事情を説明することにした。


「意志……?」


 予想外の話にラナイは瞳をしばたたかせる。


「今までのやつはただ周りのものを破壊するだけだったが、意志を……目的を持つとなると話は別だ。俺もその新種にあったんだが……気になることを言っていた」

「言うって……<虚獣>が言葉を?」


 リュウキは頷いて話を続けた。


「<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>に生み出された<虚獣>が持つ意志は言わなくてもわかるだろ?」

「…………」

「俺は今の状態じゃお前をちゃんと守れるかわからない。だからオウルやリルの傍にいた方が安全だ」

「でも、それはリュウキだって」

「俺はすぐにどうこうならないだろ。でもラナイは別だ。<封印の聖女>」

「…………」


 沈黙するラナイを見て、リュウキはやっと納得してくれたかと思い話を終わらせようとする。


「そういうことだから」

「……嫌です」

「は?」


 リュウキの言葉を遮ってラナイが呟くように言った。

 まさかまだ拒否されるとは思っていなかったリュウキは眉を寄せる。


「お前ちゃんと話聞いてたか?」

「だから、嫌です!!」


 突然怒鳴るラナイにリュウキは唖然とした。 訳がわからないリュウキは困惑する。


「ラナイ、まだ怒ってるのか?」


 気絶させて力を使ったことにまだ腹を立てているのかと思うが、


「心配しているのよ!!!」


 ラナイは椅子から勢いよく立ち上がり、更に大きな声で言い放った。

 そこでいきなり部屋の扉が大きく開く。

 ノックもなしに突然だったので、リュウキは反射的に紅晶剣を手に取ると寝台から身を乗り出した。

 だが扉から姿を現したのは、


「うわ―――っ」

「きゃ―――っ」

「ありゃりゃ」

「おっと」


 折り重なって部屋になだれ込んできた三人と戸口に立った一人。


「ごめごめ、ちょっと姿勢が辛くなって……年は取りたくないねぇ」


 一番上に乗っかったパルシカは苦笑する。


「いえいえ、まだお若いですよ」


 そう言うのは戸口に立ったオウルだ。


「あらお上手ね」


 上機嫌になるパルシカの下で、銀髪の少女――人型の聖獣ヴァレルが口を挟む。


「とりあえず上から退いてもらっていいですか……」


 ヴァレルのさらに下、一番下で二人の下敷きになって呻っているのはリルであった。


「お、重……」


 気絶寸前だったリルが体を起こした時だった。四人はなんだか殺気にも似た物騒なオーラを感じる。

 首を巡らせると、リュウキが周囲に暗雲を発生させて今まさに剣を抜くところだった。


「うわわ、リュウキ落ち着いて? 傷が開くわよ?」


 リルは慌てて宥めようとする。


「傷はラナイが治したんじゃ?」

「あ、そっか」


 ヴァレルの冷静な指摘にリルは素直に返す。いやこの状況で指摘する突っ込むヴァレルもある意味すごいが。


「あ、あたしは二階に上がったらリルとヴァレルがこの部屋を覗いているから何かと思ってね」


 パルシカは早口に説明しながら少女二人に視線を向けた。


「同じく」


 オウルだけはなぜか笑顔だ。


「の、覗くなんて失礼な。なんかラナイが声を上げているのが聞こえたから気になって……ねっ」

「そ、そうそう」


 同意を求めるようにリルが隣のヴァレルを勢いよく見ると彼女も慌てて頷き返した。


「…………」


 リュウキは黙っている。やや俯いているので表情は見えない。その横でラナイはまだ驚いた顔をしていた。

 何とか納得してくれたようだと思う三人だったが、リュウキは恐ろしく静かな声で言った。


「……ていけ」

「「「え??」」」

「お前ら、三枚下ろしにされたくなかったらとっとと出ていけ」


 顔を上げたリュウキの瞳に宿る光が本気とも取れたので、四人は慌てて退散していった。

 開け放たれた扉をしばらく睨みつけていたリュウキだが、リルたちが去っていったのを気配で確認すると大きく息を吐く。

 そして抜きかけていた赤い剣を鞘に戻した。


(……<封印の聖女>のところは聞かれていなかったみたいだな……)


 なんだかどっと疲れを感じたリュウキである。それに、扉の向こうにあんなに人がいたのに気付けなかった己に呆れた。 

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