《4》侵食する力

 肩で息をしながらリュウキは目の前の男を睨みつけた。

 こちらは全身傷だらけだというのに男の方は数ヶ所傷が付いているだけだ。


「剣の腕は悪くないな。万象術をうまく組み合わせている。久しぶりに骨のあるやつに会えたが……まだ足りないな。先程の力はどうした?」

「……お前なんかに勿体ない」

「そうか。いつまでそう強気でいられるか見ものだな」


 言い終わるか終わらないかのうちにウルガの足が地を蹴った。オウルを除き完全には目視しきれない例の速さで距離を詰めるために。一方リュウキはその動作が瞬間、反射的に迎撃態勢をとる。


 ……今まで初動それから見えたことはなかったが――……


 そのことが頭の片隅に浮かんだものの、それが何を意味するのか思い至る時間はなかった。

 お互いの武器の間合いに入ったのだ。赤い剣と双剣が激しく火花を散らして斬り合いを繰り広げていく。

 リュウキの横薙ぎの攻撃をウルガは身をかがめて避ける。彼の剣が頭上を通り過ぎるとその反動のまま跳躍し双剣で斬りかかった。

 それをリュウキは両手で剣を支える姿勢で、ウルガの斜め上からの攻撃を受け止める。


「くっ……」


 勢いのついた大人の男一人分の体重がのしかかって流石に腕が痺れたが、リュウキは無理やり剣を振るってウルガを弾き飛ばした。

 間髪入れずにリュウキは次の行動に移る。

 紅晶剣からしばらく溜めておいた火の霊気をありったけ引き出した。

 リュウキの意志に呼応したのか、樋の真紅の石を挟む二つの白い石が輝いたかと思うとその表面に金色の紋様が浮かび上がる。すると火の霊気が更に強く溢れ出した。どうやら霊気を増幅させる効果を持つ紋様が描かれているらしい。

 緋色の刀身が煌々と輝いていく。まるで炎を内包しているかのようだ。


「<万象風源>。風よ、炎を纏いて嵐の如く吹き荒れよ!!」


 言い放つと剣をウルガに向かって振るった。風の力と白い石で増幅された火の力は炎の嵐となって相手に迫っていく。

 体がまだ空中にあるため回避不可能と踏んでの攻撃だ。

 攻撃を食らったところで追撃をかけようとリュウキは駆け出すが、突然炎の嵐が切り裂かれる。

 そして消えきっていない炎を突き抜けて双剣が閃き、複数の斬撃が飛んできた。


「―――!!」


 恐ろしいほどの速さだったが、リュウキにはその筋が見えた。

 それに一瞬違和感を覚えたが深く考える間もない。自分の首を狙ってくる攻撃のみ咄嗟に剣で受け止める。

 他の斬撃は腕や足のいたるところを切り裂いていき、リュウキは血を滲ませながら吹き飛んだ。

 一方、周囲に残った炎を双剣で払ったウルガは目をすがめてリュウキを見る。


(……こいつ、息も上がって限界そうなのに逆にだんだんキレが出てきている……面白い)


 ウルガの視線の先では、荒い息のリュウキが片膝をつき赤い剣を支えにしてこちらを睨んでいた。

 その瞳の半分がいつの間にか紫紺の色に染まっていることや、破けた袖口や衣服の隙間から見える深緑色の紋様の色まで徐々に変化していることは、彼にとってはどうでもいいことだった。

 双剣を構えるとウルガは引き続き攻撃を仕掛ける。





 

 押され気味だったはずのリュウキが今はほぼ互角……いや、少し押し始めている。


「…………」


 なんかリュウキの纏う異質な気配が強くなっているような……?

 あまりこういう感覚に鋭い方ではないリルにも感じられた。ラナイが必死になるような何かがある。それもいい方ではないのは確かだ。

 肩に乗ったラシエンがオウルを見ずに固い声で言う。


『……オウル』

「わかってるよ。止めてくる」


 あの熾烈な戦いの中にリルやラナイが入っていくのは危険すぎる。最早オウルの個人的な事情……いや私情など構っている場合ではなかった。

 オウルはリルの治癒を中断し立ち上がる。同時にラシエンが彼の肩から飛び降りた。


「俺が行ってくるからそこにいてね」

「え?」


 リルが斜め前に立っていたオウルを見ようとしたが、もう彼の姿はそこから消えていた。


 リュウキとウルガが息もつかせぬ剣戟の応酬を交わす中、ほんの数秒二人の間に距離があく。

 刹那、人一人分が入るか否かのその間に一陣の風が降り立ち空色が閃いた。

 左右の手に一本ずつ投具を持ったオウルは、その光でできた刃をそれぞれ剣と双剣の刀身に当てると、二つを引き離すように持ち主ごと強く弾き飛ばす。リュウキとウルガは何者かが割り込んで来たことには気づいたが、その動作までは反応しきれなかった。

 なぜなら、二人の眼が空色を捉えた時には既に体が後ろに向かっていたのである。


「……!?」


 リルとラナイ、ヴァレルは目を瞠る。彼女たちの目にはリュウキとウルガが突然反対方向に吹き飛んだように見えたからだ。

 ラシエンとキサラは目で追えていたのか表情に変化はない。

 二人が戦っていた場所には、いつの間にあんな遠くまで移動したのか、オウルが空色の髪をなびかせ立っていた。

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