《3》合流

 リルたちは<虚獣>を封印している術式陣があった公園の広場を後にし、街の外に向かって歩いていた。

 行きと同じ道を辿っているようなので景色は見覚えがあるものだ。しかし公園に入る前と比べて一つだけ変化していることがあった。

 周囲の魂の数が、明らかに増えているのである。

 公園の中では最初のうちは気のせいかと思っていたリルだが、徐々に疑惑が強くなり、通りに出たところで確信に変わっていた。


(だ、大丈夫なのかしら……)


 キサラにとってもその場で少し立ち止まるくらいには想定外のことだったらしい。リルはたずねてみたかったが、声を出してはいけないのでそれもできなかった。

 公園に入る前と出た後で変わったことと言えば、キサラが<虚晶核>を持ち出したことくらいである。状況的にそれしか考えられなかった。


(そもそも、あそこにあった<虚晶核もの>勝手に持ってきてよかったのかな……)


 今更ながら心配になってきたリルである。本当に今更だが。


(ラナイやキサラの話だと<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>とは対立してたらしいから、悪い<虚獣>じゃなさそう……?)


 そんな感じでリルがいろいろ考えながら歩いていると、やっと街の外が見えてきた。

 しかし急にキサラは立ち止り、後ろの二人に止まるように手で制した。どうしたのだろうと訝しむ彼女たちに、キサラは文字の書かれた板を見せる。一体どこから取り出したのだろうか?

 長方形の木製の板には次のように書かれていた。


 ”予想外に門番の数が増えている。彼らは避けて通れない。他の場所を探す”


 リルの目にはどの魂も同じように見えるのだが、キサラには判別できるらしい。

 それから三人はいくつか街の外が見える場所へ行ったのだが、やはり門番の魂が多いらしくなかなか出ることができない。リルたちは何度目かになる木の板でやり取りをする。


 ”ここも無理そうだな。この分だと街の外側を囲っているかもしれない”

 ”じゃどうするの?”

 ”…………”


 その時、周りを漂っていた魂たちが一斉にこちらを見た。音は立てないようにしていたにもかかわらずにである。

 突然の事にリルは思わず声を上げそうになるが、その口をキサラの手がむぐりと塞いだ。


「~~~~~~」


 押し寄せる魂たちは三人に襲い掛かって―――行ったわけではなかった。彼女たちの体を次々とすり抜けていく。


「「「……………………」」」


 遠くに見えていた魂すらもいなくなり、薄い霧の中リルたちだけが取り残された。キサラは門番と魂たちが向かった方向を少し見ていたが、リルの口から手を放すと言った。


「今のうちに出る」

「え、なに? 何かしたの??」


 訳が分からないとリルは目をぱちくりさせる。それはラナイも同じだった。


「私は何もしていない。私たちの他に街に入った者のところに向かっただけだ」

「その人大丈夫でしょうか……」


 ラナイは心配そうな顔をする。おそらくこの街の注意点を知らずに声や音を立てたのだろうが。


「あいつなら問題ない」


 キサラには気にした様子はなかった。


「え、知り合い?」


 誰かわかっているような口ぶりにリルたちは首を傾げる。しかしキサラはそれに答えず街の外に歩いていく。

 二人は気にはなったが、今のうちにと小走りでキサラについていった。

 ベイルスの街を覆っている霧を抜けると荒涼とした風景が遠くまで広がっていた。草木は枯れ果て命の息吹はほとんど感じられない。これもやはり<虚無大戦>の影響が残っているのだろう。

 キサラは街からある程度離れたところで立ち止まる。そして改めて街の中に視線を向けると言った。


「助けるか」


 同時にキサラの足元の影が細長く伸びて街の中に突っ込んでいく。


「「!?」」


 リルとラナイは驚いてそれを見た。

 間もなく細長い影は何かを掴んで勢いよく戻ってきた。影に掴まれてきたのは、


「「リュウキ!」」


 むっすりと不機嫌な顔をした赤毛の少年であった。ソーラス遺跡でキサラの影のことは見ていたので特に抵抗しなかった。


「なんだ、リュウキだったんだ」

「なんだじゃねぇ、なんでこんな所にいるんだよ!?」


 思わずリュウキは怒鳴っていた。ラナイとリルがなぜかベイルスに向かったと知ってから気が気でなかったが、二人の(無事な)姿を見たら今度は腹が立ってきたのだ。


「え、いや、不可抗力というか、知らなかったというか」


 リュウキの気迫に圧倒されリルはしどろもどろになる。場所を聞こうとしたらキサラは瞬間移動してしまったのだ。先に聞いておくべきだった。

 そもそも二十分で終わると聞いてこんな遠くに連れてこられるとは思いもしない。


「リュウキこそよくここが分かったわね」

「自分の聖獣置いていっただろ」

「あ、そっか」


 聖獣は契約主の位置が分かることにリルは思い至る。


「あとは支部にある転移装置とオウルの聖獣に乗ってここまで来た」


 流石に聖獣に乗って飛ぶだけでは時間がかかりすぎるので、リュウキたちは転移装置の設置されている天導協会を経由していた。

 

「んでヴァレルやオウルは?」

「話し中悪いが、予想外のことが起きた」


 リルが周囲を見回しながら姿の見えない相棒たちについてたずねたところで、キサラが話に割り込んできた。


「?」


 何事かとキサラを見ると彼女は街の方を指差した。街に背を向けていたリルたちは振り返る。そして目に飛び込んできた光景に三人は驚きの声を上げた。


「ひええええ!?」

「!!」

「街から……!」


 ベイルスの街を漂っていたはずの亡者たちが溢れ出し、なんとこちらに向かってやってくる。


「これがここにあるせいか」


 キサラの手にある薄紫色の球体を見てリュウキは目を瞠った。


「……!? なんでがここに」


 その<虚晶核>には見覚えがあった。辛うじて、ではあるが。


「……っ」


 不意にリュウキの脳裏をいくつかの光景が駆け抜けていく。


 悲鳴と怒号に満ちた三年前のベイルス。街と人を蹂躙していく<虚獣>の群れ。その中で対峙する他とは少し違う二体の<虚獣>。

 うち片方の上下に出現した灰色の術式陣……それになぜか闇色の異なる術式陣が重なって見える。

 所々赤みがかった闇色はなぜか酷く胸騒ぎを覚えた。これ、は……


 そこでリュウキは我に返った。耳に翼の羽ばたく複数の音が聞こえてきたからだ。視線を上げると銀色の天馬と獅子のような体躯の聖獣の姿があった。


『ちょっと、どうなってるのよ!?』

「うわーなんか大変なことになってるね」


 四人の傍に降り立ったヴァレルは訳が分からず慌てているが、ラシエンの背に乗ったオウルは言葉の割にはあまり緊張した様子はない。

 とりあえず飛行手段ができたのでリルは内心ほっとする。


「街の上空に着くや否や飛び降りるなんてリュウキ君もせっかちだね。ヴァレルの探知があるのに」

「……ほっとけ」


 肩をすくめながら言うオウルにリュウキはぶっきらぼうに返した。

 リュウキは到着すると居てもたってもいられずに自分で探しに行ったらしい。

 よくよく考えればヴァレルはリルの場所はわかるのでそのまま乗っていればよかったのだ。

 今回はキサラに運ばれてオウルより早くリルたちを見つけたが。

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