《4》禁術と死神

『……ねぇ、何か嫌な感じがしない?』


 何やら落ち着きのない様子のヴァレルが、堪えきれなくなったように口を開く。


「ヴァレルってば幽霊怖いの?」

『ち、違うわよ』


 リルが軽口をたたくのでヴァレルはむっと言い返すが、それ以上は返さなかった。

 本当に何か感じているらしいとリルは瞳をしばたたかせる。


『俺も同感。なんかすげーやばそう……』


 その横でラシエンも周囲に探るような視線を向けながら同意した。


「確かに今まで街の中を漂うだけだった幽霊が出てきてるけど……ってあれ?」


 向かってくる幽霊を見てリルはあることに気づく。


「なんだろ? 中で見た時はあんな黒いもや、なかったけど」


 よく見ると、青白い魂たちは黒い霧を纏いながら迫って来ている。


「――っ!!」


 その靄を見た瞬間、リュウキは先ほど感じた胸騒ぎの正体を唐突に理解した。


 頭に浮かんだ光景に出てきた闇色の陣は見たことも本で読んだこともない。

 しかし……

 あの陣と靄は同じもの―――これは。


 一方、眉を寄せて視線を向けていたオウルも、僅かに遅れて思い当たった表情を浮かべた――時だった。

 突然、空気が悲鳴を上げたように振動した。


「……!?」


 その異様な感覚に一同が身をすくませる。何が起きたのかと周囲を警戒するが、変化があったのはベイルスの街だった。


 街の中心部から漆黒の闇が膨れ上がる。そして闇の中、赤光を放つ双眸が不気味に輝いたかと思うと闇が弾け、黒衣を纏った巨大な人影が現れた。

 死神のごとき姿と街を覆いそうな巨大さもさることながら、何よりそれから放たれる圧倒的な気配。聖気でも魔気でもましてや虚無でもない――

 だが、本能が逃げなければいけないと告げている。


「……なるほど、街にこんなものが隠されていたんだね。どおりで彷徨う魂を解放できないわけだ」


 そう言うオウルの口調もいささか硬い。


「な……なんなのよ、あれ……?」


 リルはやっとのことで掠れた声で呟く。我ながら情けない声だと思ったがどうしようもない。


「<死へいざなうもの>。死者の魂を媒介とするので禁術とされている。触れたら最後、命を奪われるぞ」


 険しい表情をしながらリュウキが説明した。本当にその姿の通り死神だったらしい。


「キサラがあそこにあった<虚晶核>動かしたからよね!? じゃあ元に戻せば……」

「街から出した時点で術が発動するようになっていたようだからそれは無意味だ」


 リルの提案をリュウキはあっさり否定する。それに彷徨う魂たちも死神の気をまとっている。もう一度中に入るのは無謀だ。

 そうこうしているうちに頭から黒い布を纏った死神がこちらに迫ってくる。


「うわわ、こっちに来る!!」

「とにかくお前たちは聖獣に乗ってできるだけ離れろ」


 そう言うリュウキだが、当の本人がなぜかその場に立ったままだった。


「!? ちょ、リュウキは!?」

「リュウキ!?」


 ラシエンに乗ろうとしない彼に気づき、リルとラナイが驚きの声を上げる。


「俺は残ってあれをなんとかする」


 リュウキは迫り来る<死を誘うもの>を見据えた。あんなもの何とかできるのかとリルは耳を疑う。


「リュウキ……? 何を……まさか」


 一方、リュウキが何をしようとしているのか気づいたラナイは息を呑んだ。


「だ……ダメです。いけません!」


 珍しくラナイが声を立ててリュウキの腕を掴む。


「これしか方法がない。放っておけば被害が広がる」

「いいえ、天導神官団を呼べばなんとかなります! リュウキがする必要はありません!」

「それまであれを野放しにするのか?」

「その間は私が結界を張って食い止めます!」


 強い意志を込めてラナイが宣言した。その言葉は普通に考えればリュウキを納得させるには十分のはずだが、彼はその場から動こうとはしない。

 やや間をあけてリュウキは再び口を開く。


「……ラナイじゃ、あれだけ強力な術を足止めする結界は無理だろう? それは自分でもよくわかってるはずだ」

「――! あっ……」


 ラナイははっとしたような表情を浮かべ言葉を詰まらせる。焦るあまりリュウキに指摘されるまでその事を失念していたらしい。

 深緑色の瞳に動揺の色が広がり、ゆるゆるとその視線が落ちていく。同時にリュウキの腕を掴む力が弱くなった。

 突き放すように言いながらリュウキは僅かに目を伏せる。


(その原因は俺にあるんだがな……)


 しかしラナイは尚も迷っているようだった。

 リュウキは声を落として続けた。リルたちには聞こえないように。


「この街の状態には俺にも責任がある」


 言葉を探していたラナイは弾かれたように顔を上げた。


「! リュウキのせいでは」

「悪い、ラナイ」


 最後まで聞かずに、リュウキはラナイの華奢な体に当て身をくらわす。

 ラナイは声も立てずに膝から崩折れるが、倒れる前にリュウキが抱きとめた。


「ちょ、ラナイ!? リュウキ何して……!?」


 リルが驚いて目を剥く。二人のやり取りにいろいろ疑問がわいていたが全部吹き飛んでしまった。


「言い合っている時間が惜しい」


 対してリュウキは冷淡とも取れるような口調で言って、気を失っているラナイを預けにオウルの方に歩いていく。


「…………」


 オウルは何も言わずにラナイを抱きかかえるものの、彼も珍しく難しい顔をしていた。ラナイを気絶させたことではなく、リュウキがやろうとしていることに対してだったが。

 もうあまり時間がない。リルはこの場に残ると言ったリュウキが気がかりだったが、ヴァレルに急かされ彼女の背に乗って空に飛び立った。少し逡巡する素振りを見せたオウルも、ラシエンに飛び乗りそれに続く。


「あんたも離れろ」


 リュウキはまだ一人残っていたキサラに向かって言った。


「……だが」


 少し渋る様子を見せるキサラ。この状況に一応責任を感じているらしい。


「なんとかできるのか?」

「……いいや、私の力では無理だ」


 リュウキがたずねると、キサラは首を振ってそう答えた。ソーラス遺跡では助力できたが、今回は何もなかった。


「じゃあ離れておけ。この街の状態は俺にも無関係じゃないから気にするな」

「…………」


 それでもキサラは数秒迷っていたが、何もすることができない以上ここにいても無駄だと判断した。

 キサラの影から人の大きさはあろうかという一羽の黒い鳥が現れ、彼女を乗せて地上から離れて行った。

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