《5》少年の回想

――――なんで俺に構うんだよ?

――――んーちょうどリュウキくらいの妹がいてねー。つい気になって

――――……俺は男だが……

――――あーうん、性格も全然違うんだけど

――――…………

――――弟がいればこんな感じなのかなーって。そうだアラス、リュウキ弟にもらっていい?

――――おういいぜ。こき使ってやれ!

――――わーい、やったー!

――――くっつくなよ。というかなんか違うだろそれ……。そもそもアラスは俺の実の兄じゃないだろ

――――なんだよ冷たいなー兄ちゃんは悲しいぞっ!

――――……わざとらしい……ラナイも何笑ってるんだよ……








 ◇◇◇






 ――――……例えばそれは、呪縛から解き放たれるような。雁字搦がんじがらめの鎖が消えていくような。





 闇の中に沈んでいた意識がだんだんと浮かび上がるのを感じる。




 ぼんやりとした視界に最初に入ってきたのは見慣れた女騎士だった。



 目の前にいる人を確かめるように、ゆっくりと女騎士の名を口にする。


「…………フィ……ル…………?」

「やっと……会えたね……まっ……たく……手間の……かかる……弟ね……」


 苦しげな、しかしそれ以上にほっとした様子で女騎士―――フィルは言った。

 意識がはっきりとして来ると同時に今の状況を頭が認識していく。


 なんで……フィルは……こんなにぼろぼろで……苦しそうなんだろうか……?

 今、俺は、なにをして…………な……にを……


「お……俺……!!!」


 自分が何をしたのか。今の状況をすぐには信じられなかった。だが、手にまとわりつくそれの感触はあまりにも生々しくて。

 否が応でも突きつけられる現実に、少年は頭の中が真っ白になり―――


 そこで、少年の顔に柔らかい山吹色の髪が触れる。気がつくとフィルに抱きしめられていた。





 どのくらいそうしていたのだろう。長いようにも短いようにも思える時間が過ぎたころ、不意にフィルが崩れ落ちる。


「フィル!! フィルッ!!!」


 倒れ込んだフィルに向かって少年は必死に呼び掛ける。対してフィルは首を動かして少年を見ると、ふんわりと微笑んだ。


 いつもの輝くような笑顔ではない。今にも消えてしまいそうな、儚い笑顔だった。


 二人のいる空間が端の方からゆっくりと崩れ始める。だが、少年はそれに気づく余裕はない。

 やや間をおいて聖紋の刻まれた光のリングが展開した。突然現れたそれに驚き、少年の視線が自身の周りに浮かぶ蒼いリングに向かう。

 フィルの聖力で編まれた転移の術式紋。その向こうに見えるのは紫がかった灰色の空間が徐々に崩れていく光景。

 意図を察した少年の目はすぐにフィルに戻る。

 自分たちはこの空間から脱出するのだろう――そう思った、が。


 目の前のフィルには、聖紋のリングが、見当たらない。


 先の戦闘で大半の聖力を使い果たしてしまい、恐らく一人分の力しか残っていないのだ。

 それを迷いなく少年に向かって使用している。

 このままではフィルは転移できない。消滅してしまう空間に居ればどうなるか、そんな事は火を見るよりも明らかだった。


「やめろフィル!!」


 しかし、聖紋のリングは変わらずに輝きを増していく。

 言ったところで止めてくれないことは、わかっていた。自分が逆の立場なら、同じことをするから。


「俺じゃなくて自分に使ってくれ!! 頼むから……!!」


 頭ではわかっていたとしても、それでも言わずにはいられなかった。

 青銀色の光が強くなっていき、フィルの姿が見えなくなっていく。いや、これは眼に涙が滲んで視界が歪んでいるせいだろうか。


「ダメだ、フィ……っ!!」


 聖紋のリングは一際眩い光を放ち、少年の体を、悲鳴に近い言葉すら包み込んで転移を発動させる。


 一瞬で少年の姿が掻き消え、その後には僅かに残った光輪の残滓が舞うだけだった。それも空間に溶けるようにゆっくりと消えていく。



 フィルは、精一杯微笑んで少年を送り出したのだった―――――






 ◇◇◇◇◇◇




(フィルの妹か……そうだな、聖域が意味のない人選をする筈がない)


 リュウキは一人で街外れの森の中を歩いていた。ゼルロイは東側に山がそびえ立っており、街の南から東にかけて深い森が広がっている。


 パルシカとは話の区切りがついたところで別れた。

 ラナイと待ち合わせをしていたが予想外の事実を知って動揺したので、とりあえず気を落ち着かせてから向かうことにしたのだ。

 こっちが平静を装っていても、なぜかラナイには気付かれてしまうので余計な心配をかけてしまう。

 とはいえ、一人でいるといろいろ考えてしまうのであまり意味はないかもしれない。

 なんとなく疲れを感じてリュウキは近くの木にもたれかかった。


 三年前のある光景が頭に思い浮かぶ。

 そこにいるのは今よりも幾分幼い顔立ちのリュウキとラナイ、そして栗色の髪のまだあどけなさの残る青年と山吹色の髪の十代後半の少女。


 青年の名はアラス。傭兵組合に所属していた剣士の彼は、見かけによらず(そう言うとアラスは怒っていたが)剣の腕は一流で、リュウキの剣技も彼に教えられたものだ。

 彼は魔族だったが低魔力体質のため魔術は使えなかった。そのかわり万象術を会得していて、リュウキにも剣のついでに一緒に教えていた。


 少女の名はフィレクシア――呼び名はフィル。背中にかかる髪を真ん中あたりでゆるく結んでいて、蒼い瞳はやや大人びているがたまに悪戯っぽさも見せていた。容姿のとおり神人で、聖域騎士団の聖騎士で槍が得意だった。

 

 最初はリュウキとアラスだけだった。そこにラナイが加わって。少ししてフィルがいるようになっていて。

 いつの間にか当たり前になっていた……二度と訪れることのない光景。


 なぜなら、あの二人はもういない―――




「……!」


 唐突に背後に危険を感じ、リュウキは弾かれたように顔を上げた。

 振り返ると一匹の獣がこちらを見ていた。ただの獣ではない。灰色の毛、紫色の瞳、<虚獣>だ。

 こんなに近づかれるまで気づけなかった自分に苛立ちながら、リュウキは紅晶剣の柄に手をかける。

 初めて握ったが、不思議と手になじむような感覚に包まれた。昔、剣をアラスに教わる時に彼が使っていた剣を自分にくれたことがあるせいだろうか……

 再び感傷に流されそうになったが、今は敵に集中しなければと己を叱咤し剣を抜き放った。





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 冒頭の二つ目の回想は序章前半の別視点でもあります。

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