《5》ラナイのナンp(殴)

 誰かが殴られて倒れている。(たぶん作者)


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 ラナイが何やら考え込んでいる様子だったが、やがて意を決したように口を開いた。


「あの、キサラさん」

「なんだ?」

「以前どこかでお会いしたことあります?」

「…………」


 突然のラナイの言葉に場が一瞬沈黙に包まれる。キサラはわからないが、リルとリュウキは予想外の言葉に驚いたのは間違いない。


「ラ、ラナイって意外と大胆……ナンパしてぶっ!!」


 最後まで言わせずにリュウキがリルの頭を勢いよく殴った。


「いきなり何すんのよ!?」


 涙目になりながらリルが声を上げる。


「お前が変なこと言うからだ」

「ん? あーそうね。この場合ナンパじゃないか。女同士だし」

「……そういう意味じゃない……」


 もう一度お見舞いしてやろうかと思ったが、馬鹿らしくなってやめた。


「あ……変なこと聞いてすみません。忘れてください」


 自分でもよくわからないといった感じでラナイは苦笑する。


「キサラに似た人……? 魔族に知り合いでもいるの?」


 リルがたずねるとラナイは小首を傾げながら答えた。


「いますけど、そういうのとは違うような……」

「雰囲気が似てるとかじゃない?」


 オウルはそう言ったが、やはりどこか違うようでラナイは首を傾げたままだ。

 そこでリルが驚きの声を上げた。


「というか、魔族に知り合いいるんだ!?」

「はい。知り合いというか、友達ですね」

「そうなんだ。私はいないのよね。リュウキも知り合いだったりするの?」

「あ、ええ……そうですね」


 なぜかラナイは戸惑ったように言葉を濁す。そこでキサラが話に入ってきた。


「魔族の知り合いならいるだろう?」

「あ、そうね。キサラとは知り合ったことに」

「いや、私ではなく」


 キサラはある方向に視線を向ける。そこに立っているのは。


「彼も魔族だろう?」

「……え?」


 言った意味を理解するのに数秒かかった。言っていることは簡単だが、あまりにも予想外のことだったのだ。なぜなら……


「リュウキが魔族!? え、でも、全然魔気感じないんだけど!? それに聖刻の入った剣普通に持ってるわよ!?」


 魔気を持つ魔族が、純粋な聖術の聖気量よりは劣る刻印式とはいえ、聖気を帯びた剣に触れて何も起きないはずがない。キサラの時のように反発現象が見られるはずだ。


「……確かに俺は魔族だが、魔気が人並みしかないだけだ」


 意外にもあっさりリュウキは認めた。別に隠すつもりはないらしい。


「”低魔力体質”っていうのだね。神人でいう”低聖力体質”と同じものだよ。魔族にもそういう人が稀に生まれるからね。ちなみに人間はもともと聖気も魔気も低いけど、たまに逆に聖気が高い人がいるよ。ラナイちゃんのような聖女がそれだね」


 オウルがすらすらとそう説明する。


「……っていうのはアカデミーで習ったはずだけど」

「う、そんな昔のことは忘れたわ!」


 リルにとっては三年前の話のはずなのだが。まさか居眠りが多かったなどと言えないリルである。


(……俺の場合”生まれつき”じゃないが)


 そこまで言うつもりは毛頭ないのでリュウキは心の中で付け足した。


「オウルはあまり驚いてないわね。実は気づいてたの?」

「まぁね」

「なんだ、私だけ気づいてなかったのね……」


 鈍いのかなぁとリルはぼやく。そんな彼女と話しているオウルの方をリュウキはちらりと見た。


(低魔力と同じくらい”下がって”いるから、早々気付くものじゃないが……”知らされていた”と考える方が妥当か。”監視”はやはりこいつだな)


 今度はその奥のキサラに視線を移す。


(魔族の女の方は……知っているということは……いや、それならわざわざ疑われるようなこと言うはずがない。ラナイが可笑しなことを言ったのは気になるが……)


 リュウキは難しい顔をしていろいろ考え込む。そんな彼にラナイが声をかけた。


「リュウキ、追跡できましたよ。ここから北西の方向にわずかに痕跡を感じます」

「わかった。急ぐぞ。こんなところで時間かけ過ぎだ」


 今のところ脅威となっているわけではないのでリュウキは考えるのをやめた。

 リルとリュウキが入口に向かい始め、やや遅れてラナイが歩いていく。その三人の後ろをオウルがついて行こうとすると、


「聞きたいことがあるのだがいいだろうか?」

「ん?」


 そう言って呼び止めたのはキサラだった。足を止めた二人にリルたちは気づかずに歩いていく。


「なぜ本当のことを言わなかった?」

「何の事かな?」


 オウルは斜め後ろのキサラを振り返り首を傾げる。


「お前なら魔核を一人でも壊せただろう?」

「買いかぶりすぎだよ。キサラちゃんも見てたでしょ? 俺じゃ小魔核を壊すので精一杯だよ。それとも、あの時実はまだ俺には魔核まで壊せる聖力があったとでも?」


 苦笑を浮かべてオウルは歩き始めた。ただ、前方のリルたちに追いつくことはせずやや距離を取っている。その後をついて行きながらキサラは続けた。


「そうは言っていない。確かにあのやり方だと無理だろうが、壊してしまえば魔核も十分壊せただろう?」

「いやいや、俺の投具の速さじゃ小魔核が消える前には届かないよ」


 肩をすくめてオウルは否定するが、


「投具じゃなくて、なら十分追いつけるように思えたが?」

「……何の事かな」


 今度は振り返らずに彼は返した。


「蔓に捕まったラナイを助けていただろう」

「……あーあれ見てたのか。何かと鋭いリュウキ君も含めて皆蔓に気を取られてたと思ったんだけどなぁ」


 オウルは困ったように頭を掻く。誤魔化すのは無理そうだと判断したのか、ため息をついてキサラを見た。


「大した理由じゃないよ。必要ないと思っただけだしね」

「その方が早いのに?」

「まあそうだけど。折角こうして一緒に行動しているんだし。皆で協力した方がいいからね」

「協力する方がいいのか?」


 不思議そうにキサラは首を傾げて問いかける。


「俺はいいと思うよ。大体こっちが全部片付けちゃったらリルたちが成長できないでしょ? 若者の面倒を見るのも年長者の役目だしね」


 穏やかな笑みを浮かべ、オウルは前の方を歩く三人の後ろ姿を眺めた。


「だが、もし彼女たちが魔核を破壊するのに失敗していた時はどうするつもりだったんだ?」

「あーその時は俺が出るかな? 協力するのも大事だけど、俺たちには任務もあるからね。あまり時間をかけるのも良くないし」


 たずねるキサラにオウルはやや目を細めて答える。他の任務ならまだしも、任務はそんなに悠長にはしていられない。


「しかし、あの時点では聖力は回復しきっていないのでは?」

「回復するまで待って壊してもいいし、待たずに壊すことも『ちょっと難しい』だけでよ」


 まあ待つくらいならさっさと壊すかな、とオウルは付け加える。その場合なぜさっさとやらないのかとリルたちに責められそうだが。


「……確かに、あの時お前は無理とは言っていなかったな」


 キサラはオウルの言葉を思い出しながらそう言った。


「そうそう、今の話リルたちには内緒にしてくれる?」

「構わないが、なぜだ?」


 首を傾げてキサラがたずねると、オウルはにこりと微笑んだ。


「俺、実は恥ずかしがり屋だから」





 魔植物に捕まっていた人たちは魔気に当てられ衰弱していたものの、全員無事だった。ラナイが一通り治癒を施し、彼らと共に村に戻った頃にはすでに陽が傾いていた。


「本当にありがとうございます。ご迷惑をおかけしたのに息子を助けていただいて……」


 イルミナは深々と頭を下げた。


「皆さんご無事で何よりです。服貸していただいて助かりました。洗って返せないのが心苦しいのですが……」


 ラナイは申し訳なさそうに言った。


「いいのですよ。助けていただいたので十分です。そのままもらっていただいても構わないくらいですよ」


 そんな感じでイルミナとラナイが話していると、着替えたリュウキが部屋から出てきた。


「服ありがとうございました」

「いえいえ」


 お礼を言いながらリュウキは借りていた服を渡す。普段口は悪いがちゃんと礼節は持ち合わせているらしい。

 イルミナはリュウキからきれいに畳まれたマイスの服を受け取った。


「今度は剣とられなかったわね」


 意地悪そうにリルが言う。


「……喧嘩売ってんのか?」


 リュウキはじろりとリルを睨んだ。


「う……ごめんなさい」


 実は近くにいたハリトである。


「ハリト君は気にしなくていいのよ。リュウキが間抜けなだけだから」

「…………」


 明るく言うリルの後ろで怖い顔をしているリュウキである。ハリトに対してではなく、リルに向かって視線が突き刺さっている。

 オウルがそんな三人を面白そうに見るのでリュウキはオウルも睨みつけてやった。


「本当にこのまま発たれるんですか? もう暗くなりますし村に泊まっていかれても……」

「いえ、私たちは先を急ぎますので。そのお気持ちだけいただいておきますね」

「わかりました。道中お気をつけて」


 ラナイとイルミナは外野に気付かずに和やかな雰囲気で話していたのであった。

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