《4》魔核と取り巻き その2
「一人で突っ込むからよ!」
軽く息を上げて戻ってきたリュウキを見てリルが頬を膨らませた。彼女の治癒はもう少しで終わりそうだ。
「じゃあお前ならどうするんだ?」
「え、そうね。ラナイの結界を張りながら行くとか?」
「すみません。たぶん私の結界だとあの魔力光線は三本位までしか持ちません」
ラナイが申し訳なさそうに言う。
「じゃ、じゃあ複数で入って光線を分散させるとかは?」
「あれは私も近づいた時に新たに発射されたから、おそらく人数分に分かれると思う」
いつの間にか蔓から抜け出していたらしいキサラが近くで淡々と答えた。
「仮にそれで行けるとして、どうやって倒すんだ?」
不機嫌そうにリュウキは重ねて問いかける。
結界張って行こうが分散しようがしまいが小魔核自体は近づくと消えてしまう。
「……………………」
リルはとうとう言葉がなくなってきた。
「まあまあ。倒せなかったからってリルに八つ当たりはよくないよ?」
見かねたのかオウルがたしなめる様に口を挟んだ。しかし、リュウキは憮然としたまま今度はオウルに目をやる。
「なら、お前ならどうするんだ?」
「ん? そうだね。とりあえず小魔核ならなんとかできるかな」
「……へ?」
「……は?」
予想外の言葉が返って来てリルとリュウキは思わず間の抜けた声を出した。ラナイは瞬きしてオウルを見ている。
「え、何、どうするの?」
リルが代表でオウルにたずねた。
「ああ、皆はここにいていいよ」
「?? じゃオウルは?」
「俺はあっち」
指し示した方向は蔓の這った魔核のある広間。どうやら一人でなんとかできる、らしい。
「リュウキ君も頑張ってたし、俺もたまには隊長らしいところ見せないとね」
そう言いながらオウルは壁に開いた穴をくぐり隣の広間へ入って行った。
襲い掛かる蔓は最小限の体の動きだけで避け、特に何か準備するでもなく、それこそ街を散策するかのように正面から魔核の方に歩いていく。
やがて光線の射程に入ったらしく、リュウキの時と同じように暗赤色の光が左右から五本オウルへと
尚もオウルは何かを構える素振りもないように見えたが、左右に適当に垂らしていた両手が僅かに動く。
次の瞬間、いつの間にか手に持っていた五つの投具を、寸分の狂いもなく一本ずつ光線目掛けて放った。一つに結んだ空色の長い髪が背中で軽く跳ね上がり、聖域騎士団の紋章が描かれた青い上衣が翻る。
髪と同じ色の石のついた投具は、空中で光の刃を形成しながら迫りくる光線に向かう。
確かに投具を投げる速さ、方向の精密さは目を瞠るものがあるが、それでも小魔核が隠れる前に到達できるとは思えない。流石に光線より飛ぶ速さは劣っているし、何より距離がありすぎる。
五つの投具と光線の先端の距離が狭まり、触れるか触れないかまで近づいた時、オウルの口が徐に動く。
「『
直後、オウルの周囲に五つの空色の聖方陣が浮かび上がる。投具の光刃の先に出現したその小さな陣は、暗赤色の光線を接触したところから銀色の光で呑み込んでいく。
光線と同じ速さで逆行した五本の銀色のそれは小魔核へ瞬く間に到達し、小さな結晶はひとつ残らず粉々に砕け散った。
「終わったよー」
広間に入って数十秒で小魔核をすべて破壊したオウルがのんびりとした口調で言う。
「なるほど。光線を放っている間、小魔核は隠れることができない」
「それをうまく利用したんですね」
キサラとラナイは感心したように頷いた。その隣でリルはあんぐりと口を開け、リュウキは眉を寄せて見ていた。
(なんかすごく複雑そうな聖術の陣だった気がするんだけど……それを同時に五つも??)
(あの陣、光線の魔力を性質的に相容れない聖力に変換して撃ち返してたが、それを一枚でやったのか。普通は何重かの陣を介すんだが、どれだけ緻密な術式を組んだんだあいつ……)
心の中で二人はそんなことを思ったのだった。
「あの小魔核そのうち再生しちゃうから、魔核に向かうなら急いだ方がいいよ」
オウルは魔核の周りでいくつか淡い光が放ち始めている事に気づいて言った。リュウキが返事の代わりに彼の横を通り過ぎていく。
「オウルだけで全部魔核まで壊せるんじゃないの?」
入れ違いに戻ってきたオウルにリルがやや呆れたように声をかける。すると彼は「いやいや」と首を振った。
「『小魔核だけなら』って言ったよね? 俺あまり聖力量高くなくてね。だからわざわざ小魔核の魔力を使ったんだし。一人で魔核まではちょっと難しいかな」
消費した聖力の回復よりも小魔核の再生の方が早いということらしい。
苦笑しながらリルに話すオウルを、斜め後ろに立ったキサラはなぜかじっと見つめていた。
一方、広間に戻ったリュウキは一直線に魔核へと走っていた。再生中の小魔核からはあの厄介な光線は飛んでこない。
そのまま剣で蔓を斬り裂きながらリュウキは魔核に接近し、剣を振りかぶる。
しかし、魔核の周囲に障壁が発生しその攻撃を防いだ。
「く……」
リュウキは障壁に刀身を押し当てたまま柄を握る手に力を込める。するとゆっくりとではあるが剣が障壁に食い込んでいく。
(いけそうだ、が)
背後から蔓が勢いよく迫ってくる。ここに留まっていてはいい的だ。障壁を壊すよりも蔓の方が早い。
しかし、リュウキが回避しようと動くよりも早くその蔓は一本残らず切り裂かれた。
どこからともなく飛んできた複数の投具によって。
遠く視界の端で空色の聖騎士が構えもせずにひらひらと手を振っているような気がしたが無視し、リュウキは続けて柄を握る手に力を込める。目の前の障壁に剣を中心にして徐々に罅が広がっていく。
(もう少し……)
体重を傾けて押し込むと障壁は乾いた音を立てて一気に壊れた。 同時に、剣の刀身にいくつか亀裂が走る。無理し過ぎたらしい。
リュウキは腰に差していた短剣を鞘から引き抜き、勢いよく魔核に突き立てる。しかし刀身が短いので深くまで刺さらず魔核は割れない。
「くそ……」
罅の入った剣では刺さる前に壊れてしまうだろう。周囲に視線を向けると小魔核の結晶が僅かに見え始めている。あまり時間がない。
どうするか考え始めるがそれはすぐに必要なくなった。
「リュウキ!」
いつの間にか銀色の剣を持ったリルがすぐ後ろまで来ていた。ラナイの治癒が終わり、リュウキを追いかけて来ていたのだ。
リュウキが横に退くとリルが魔核に聖契剣を突き刺す。すると魔核は真っ二つに割れ、周囲を取り巻いていた蔓はみるみる枯れていった。
「ふう……」
それを確認しリルは一息ついた。
「片付いたようだな」
キサラは壁や床の枯れた蔓を見ながらそう言った。
「蔓は見えないわ取り巻きはいるわで大変だったわね。そういえば、なんで急に見えるようになったのかな?」
リルは首を傾げた。彼女の疑問はもっともだ。
偶然……にしてはタイミングが良すぎる。リュウキはちらりとキサラを見た。
(この女が何かしたようだったが……言うはずないか)
「ここの装置は魔植物を隠すように作動していたので、少し操作して見えるようにした」
リュウキの予想に反してキサラはそう説明した。別に隠すつもりはないらしい。
「そうだったのね。助かったわキサラ!」
リルは呑気にお礼を言っているが、リュウキにはまだ疑問があった。
「なんでそんなこと知ってるんだよ?」
「以前ここについては聞いたことがあった」
「誰に」
「…………」
さすがにそこまで言うつもりはないようだ。気にはなるがこちらの目的には関係ないので追及はしなかった。
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