《3》灰色の獣

「来るぞ」


 リュウキが言い終わるのが早いか、近くの木々の間から何かが飛び出し四人に襲い掛かってくる。

 だが、その攻撃が彼らに当たることはなかった。見えない壁――ラナイの張った結界に弾かれたのだ。軽く掲げた杖の薄緑色の石が燐光を放っている。


 飛び掛かってきたのは灰色の獣。

 狼のように見えるが眼は紫色であり、ただの狼ではない。何よりまとう気配が野生の獣の類ではなかった。


 突然見えない壁にぶつかって灰色の獣が一瞬怯む。

 その隙にリュウキが獣との距離を詰め、刀身に青い紋様の描かれた剣を斜めに振るう。これが普通の獣であれば鮮血が舞うのだが、その灰色の獣は斬られたところから霧状になって消えていく。

 続けて二、三体の獣が現れたが、リュウキが一人ですべて倒してしまった。リルとオウルも戦えないわけではないのだが。


「ふむ……援護は必要なさそうだね。対<虚獣>用に聖術の込められた刻印式の武器使ってるようだし」

(というか、手伝おうものなら一緒に斬られそう……)


 オウルの言葉にリルは心の中で突っ込みを入れた。リュウキの背中が手出し無用といってるのは気のせいではないだろう。


「二人だけでいいっていうだけの実力はあるわけね……」


 悔しいが、目の前で示されたら認めざるをえない。


 <虚獣>は他の獣と違い、聖術や魔術などの特殊な方法を用いなければ倒すことができない。

 しかも性質が厄介で触れた対象を無に帰してしまう。草木なら枯れ、建造物の場合は朽ちる。人間や神人などは力を奪われる。

 ただ、多くの<虚獣>はそれほど力が強くないので<虚獣>を上回る力をぶつけることで倒すことができる。


 とりあえずこの場はリュウキに任せることにして、リルは他のことに取り掛かることにした。<虚獣>が現れた場合、目の前の<虚獣>を倒していればいいわけではないのだ。

 リルの手元に術式が刻まれた光の帯――蒼い聖紋のリングが一瞬現れ、鍔に青緑の石が埋め込まれた銀色の剣が出現する。

 一見普通の剣に見えるが、リルのそれは”聖契剣”といって聖獣との契約で使用できる特殊な武具だ。


「オウル、近隣の天導協会に連絡よろしく。私はこの辺一帯に探知かける。もし上位種角持ちがいたらそっちを先に倒さないときりがないし」


 そう言いながらリルは術の下準備として聖契剣を地面に突き刺した。すると剣を中心に地面をいくつもの細い光が走り、円や四角等を組み合わせた複雑な幾何学模様を形成していく。


「連絡は入れておいたよ。<虚獣>のことよく知ってたね」

「まあ、二年は人界に配属されてたからその時に叩き込まれたって感じよ。というかオウルも人界に配属されてたんじゃないの? 今回の任務は<虚獣>がよく出る人界だから、人界で実戦経験のある神人が選ばれたんじゃ……」


 聖気を纏った青銀色の光が地面に聖方陣を描き終わった時だった。


「うわああああ―――!!!」


 木立の向こうから悲鳴が聞こえてきた。声からして子供のようである。ここからそう遠くはなさそうだ。

 <虚獣>の相手をしていたリュウキが声のした方に駆け出し、ラナイもそれを追いかける。リルは地面から聖契剣を抜く動作があったのでやや遅れて走り出した。

 オウルはというと、


「いってらっしゃーい」


 ひらひらと手を振って三人を見送ったのであった。おそらく誰も聞いていなかっただろうが。

 オウルは一緒に行かずにその場に残ることにした。三人いれば充分だろう。それに……


「君たちの相手を誰かやらないとね」


 ついとオウルは視線を動かした。

 そこには数匹の<虚獣>が集まっていた。リュウキの時のようにいきなり襲い掛からず、オウルの様子をうかがっている。

 まるで、自分より強い者に出会ってどう出るか考えているかのように。

 オウルの手が徐に動き、深藍色の腰帯付近で揺れる空色の石がついた細長い飾りへと伸びる。それが合図になったかのように<虚獣>は一斉に飛び掛かった。





 少し走ったところで<虚獣>の群れが横切っていくのが見えた。

 その群れの前方を十歳くらいの少年が走っている。二つの距離はまだあるが、子供の足では追いつかれるのも時間の問題だ。

 リュウキは<虚獣>に斬りかかって注意をこちらに向かせようとするが、数匹は少年の方を追いかけていってしまう。


「くそ……」


 攻撃を中断してリュウキも数匹の方を追いかけた。さっきの神人の一人がこっちに向かってきているのはわかっていたので、相手をしていた<虚獣>はそっちに押し付けることにする。

 そうとは知らないリルが間もなく到着した。


「いるのは<虚獣>だけ……さっきの声の子はどこに……ってちょ!?」


 一、二体倒してリュウキが走り出したのでリルは驚いて声を上げた。


「まだ残ってるわよ!?」


 しかしリュウキは止まることなくそのまま行ってしまった。

 後を追おうかと思ったが、<虚獣>を放っておくわけにもいかない。リルとともに残っていたラナイが事情を察し説明したが、納得できずに<虚獣>に八つ当たりしたリルであった。

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