《4》角持ち
その頃、追われている少年は息が上がり始めていた。しかも、今自分がどこを走っているのかもわからなかった。知らない森ではなかったが、無我夢中で走るうちに道に迷ってしまっていたのだ。
同じところをぐるぐる回っているのではないかと錯覚するぐらい景色が変わらなかったが、視界の先で木々が途切れているのが見えた。
街道や人里に出れば助けが求められるのではないか――そう期待し少年は最後の力を振り絞った。
「……っ!?」
しかし、森を抜けた少年の目に飛び込んできたのは崖――行き止まりだった。
もちろん後ろからは怖い獣が追いかけてきているので引き返すことはできない。
崖の端で立ちつくした少年に灰色の獣が襲い掛かった。同時に、その獣たちを覆うように影が落ちる。
一気に跳躍し<虚獣>の真上をとったリュウキは、落下の勢いを乗せて一直線に剣を振り下ろす。先頭の<虚獣>を叩き斬り、少年の前に着地。彼はすかさず後続の<虚獣>にも剣を一閃させた。
金縛りにあったかのように動けなかった少年だったが、灰色の獣たちが消えていくのを見てへたりとその場に座り込んだ。
「ぁ……ぁりがとぅ」
少年はお礼を言おうと口を開いたが、喉がカラカラでうまく声が出なかった。
「それよりさっさと立て。置いていくぞ」
残りの<虚獣>を片付けながらリュウキは淡々と言った。ラナイならばもう少し気の利いた言葉をかけるだろうが、リュウキはそんなもの持ち合わせてはいなかった。
しかし、森の方まで移動しても少年の気配が動かないので、訝しんで振り返ると、
「あ、あの……立ちたいんだけど立てなくて……」
「…………」
動かないのではなく、動けなかったらしい。
仕方ないので少年のところまで戻り、立たせるために手を伸ばす――
「!!」
突然背後に気配を感じ、リュウキは振り向きざまに剣を横に薙いだ。
すると剣の触れたところから、こちらに飛び掛かろうとしている一体の<虚獣>が霧が晴れるように姿を現した。
さっきまでの<虚獣>より一回り大きく、しっかりとした体躯の獣だ。そして何より違うのは。
(角持ち……<尖角虚獣>!)
獣の額から伸びる細い一本の角。<尖角虚獣>は<虚獣>の上位にあたる存在だ。
姿を暴かれた<尖角虚獣>だったが、そのままリュウキに肉薄する。
リュウキも片手で持っていた剣を素早く両手に持ち直し<尖角虚獣>に斬りかかった。
しかし、刃が<尖角虚獣>に届く寸前でその獣の前方に防御壁が展開する。聖気と<尖角虚獣>のまとう気がぶつかり、一瞬強い風が巻き起こった。
<尖角虚獣>は退くどころか防御壁を張ったままそれを押し付けてきた。
「……っ」
後退しそうになったリュウキだったが、脚に力を入れてなんとか踏ん張った。後ろには少年がいるし、その先は崖だ。
押し返すのは難しい、かといって受け流すと後ろの少年に当たる。
(……どうする……)
そうこうしているうちに、今度は両端から灰色の<虚獣>たちが二人めがけて襲い掛かった。
リュウキは<尖角虚獣>の防御壁を押し付けられ動けない。
「ちょっと、か弱い女の子二人に<虚獣>押し付けておいて、文句言う前に何やられそうになってるのよ?」
その声と同時にいくつもの眩い光の筋が駆け抜け、襲い来る<虚獣>を弾き飛ばす。僅かに遅れて銀色の剣閃が追撃をかけそれらを一掃していった。
聖術の光弾と聖契剣で<虚獣>を倒したリルは、リュウキの動きを封じている<尖角虚獣>にもそのまま剣を振る。
実は一方向しか防御壁を展開できない<尖角虚獣>は、横から飛んでくるリルの攻撃を避けるために飛びのいた。
少し遅れてラナイも駆けつけてきた。
「よかった。無事だったんですね」
ラナイはリュウキとその後ろにいる少年を見て安堵した。
「当たり前だ」
リュウキは何事もなかったかのように言うが、
「何言ってるの。危なかったくせに……」
リルが横でそう付け足す。
「お前が勝手にそう思って割り込んできただけだ」
「なんですって……ん?」
リルは言い返そうとして足元から何かが割れるような音が聞こえてきて動きを止める。
足元は岩場だ。割れるものといったら……
「う、わあああ!!」
「っ!!」
「えええ!?」
少年とリュウキとリルの足元が大きく崩れる。リルは聖契剣を思わず消してしまったものの、森側に近い方に立っていたので何とか崖の端にしがみついた。
だが、リュウキと少年はそのまま落ちていく。
「!! リュ……」
『リル、来るわよ!!』
ラナイが驚いて声を上げるが、<虚獣>たちの動きに気づいたヴァレルの緊迫した声がそれを掻き消す。
<尖角虚獣>が新たな<虚獣>数体と共に襲い掛かってきた。
ヴァレルは上空から急降下しリルを背中に乗せ舞い上がる。その間にリルは聖契剣を再召喚し、自身の聖気と剣に宿るヴァレルの力を合わせて聖術を組み上げていく。
青緑色の石が眩く光り、刀身の周りに光彩を放ついくつもの丸い光が現れた。
<虚獣>ならばそこまでする必要はないが、<尖角虚獣>を倒すには強力な技にしなければならない。
「≪
崖の上に飛んだところで、リルはラナイの背後に迫っていた<虚獣>たち目がけて大きく剣を振り抜いた。青銀色の光球を纏った斬撃が放たれ、それは防御壁を張った<尖角虚獣>を含めた<虚獣>たちを次々と消滅させていく。
しかし、数体が攻撃を掻い潜りすり抜けてしまう。
やや遅れて張られたラナイの結界の横を通り過ぎ、残った<虚獣>たちは崖へと駆けていった。
一方、リュウキは落ちる途中でなんとか少年の腕をつかみ、体勢を整えて剣を崖の側面に突き立てようとしていたが。
「リュウキ! そっちに<虚獣>がいった!!」
リルの声が聞こえてくるのと同時に、崖から飛び降りこちらに向かってくる灰色の獣を視界にとらえる。いつもならラナイが結界を張って防ぐのだがこっちに気を取られて遅れたのだ。
リュウキはやむなく剣を構えなおし<虚獣>に斬りつける。その間にみるみる崖下に近づいていく。
下に見えるのは川だ。リュウキは少年に向かって言った。
「息止めろ、川に落ちる!」
崖の下で水飛沫が上がった。不意打ちしてきた<尖角虚獣>と<虚獣>を倒したリルとラナイは心配そうに崖下を見下ろした。
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