《2》彼らの名は?

「それでは私たちはこれで。道中お気をつけて」


 軽く頭を下げてラナイは別れの挨拶をする。


「あ、待って。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 すると金髪の少女がやや慌てた様子でそう言った。

 違うかもしれないがもしそうだったら困る。そんな焦燥感に駆られて彼女は思わず呼び止めた。


「?」


 ラナイは数回瞬きして小首を傾げる。


「そっちの人、”リュウキ”って呼ばれてたけど、もしかして”リュウキ・ザトル”?」


 金髪の少女はラナイのやや後方に立つ赤毛の少年を見ながら問いかけた。

 治癒を施してくれた少女の名前は今のところわからないので、とりあえず判明している方に確認をしてみることにしたのである。

 対する二人の返答に間はなかったが、


「違う」

「あら、リュウキのお知り合い?」


 彼らの口から真逆の言葉が出てきた。


「…………」

「…………」

「…………」


 妙な間が流れる。

 その間三人は悩んだり考え込んだり誤魔化そうとしたりしていた。


(えっと……本人は否定して、連れの方は肯定して……どういうこと!?)

(リュウキの名字違ったかしら……)

(俺の名前を出してきたということは……今一番会いたくない神人の一人の可能性が高いな。なんとかやりすごして別れないと)


 この金髪の少女をどう撒くか考えながら少年は口を開きかけるが、その前に発言した者がいた。


「本人は否定しているから人違いなんじゃないかな?」


 突然の四人目の声に三人は驚いて振り返った。

 木の上に一人の男がしゃがんでこちらを見ていた。空色の髪と瞳、どうやら金髪の少女と同じ神人のようである。

 長い髪を後ろで結んだ青年は、白地に青い縁取りのある長衣を翻し軽やかな身のこなしで降りてきた。腰から下げている環状の装身具についた細長い銀飾りがいくつか揺れ、澄んだ音を僅かに響かせる。


(こいつ……いつの間に)


 まったく気配に気づかせなかった男に少年は警戒するが、金髪の少女は見知った顔に声を上げた。


「オウル! なんでここに?」

「一旦合流しようかと思って探してたらヴァレルが空で漂ってるのを見つけてね」

「あ、忘れてた」


 オウルと呼ばれた青年は少女たちの方へ歩いて来る。

 彼の服装が金髪の少女と色合わせや柄が似ているのを見て、赤毛の少年はなんとなく嫌な予感がしてきた。

 ちなみにヴァレルとは少女が乗ってたペガサスのことである。忘れられていたと知ったら足蹴りにされるに違いない。


「というか、いつからそこにいたのよ?」

「えっと、”蔓に一番絡まってた”くらいかな」


 前話の終了付近にはすでにいたらしい。


「ちょ、そんな前からいたの? さっさと出てきなさいよ」

「いやー楽しそうに話してたから邪魔するのも悪いと思って」


 食って掛かる少女をオウルは笑顔で受け流した。

 二人が話している間にリュウキがラナイを促してその場から立ち去ろうとすると。


「あ、もう行くのかな? うちのリルがお世話になったみたいで。傷の回復までしてもらってありがとうラナイちゃん」

「いえいえ、こちらもお世話になったので……あら、どうして私の名前を?」

「ちょっと、”うちの”って何よ。私の保護者ですか……って、え?」


 一瞬場が沈黙に包まれる。

 だが、金髪の少女――リルが事の次第に気づき大声を上げた。


「ええ――!? ラナイにリュウキってことは、<深緑の聖女>ラナイに、その護衛のリュウキ!? やっぱりあんた、”リュウキ・ザトル”じゃないの!!」


 聖女は苦笑し、護衛の少年はため息をついた。







 事の発端は数時間前に遡る。

 聖域の一角が何者かに襲撃され、いくつかの祭器が持ち出されてしまった。

 それを取り返すため追跡隊が編成され、リルとオウルはその一員だった。人界の天導協会からも二名派遣され、合計四人で祭器を追うことになっていた。

 人界は聖域に隣接していて、主に人間が住んでいる。聖域よりも広く、大小さまざまな国があった。天導協会は聖域と協力関係にある人界の組織である。

 リルとオウル、神人組は人界のとある聖堂で残る二人と合流することになっていたのだが。


「なんで私たちが到着する前に勝手に出発してるのよ!?」


 理解できないといわんばかりに喚くリル。対してリュウキは面倒そうに言った。


「聖堂に伝言を残しておいたはずだが?」

「聞いたわよ! ”追跡は二人で十分だから来なくていい。帰れ”。あんた上の命令に背く気!?」

「俺はお前たちの話があった時に断った。なのに勝手にお前たちを寄越したのは聖域そっちだ。したがって待つ理由はない。大体一人二人増えても足手まといなだけだ」


 決めつけるリュウキにリルは言い返す。


「初対面なのに足手まといかどうかなんてわからないでしょ!?」

「自分の聖獣の攻撃も避けられない実力だろ?」

「うぐっ……」


 言葉に詰まるリルの頭には、数十分前にはなかった絆創膏が十字に張り付いていた。忘れられていたと知ったヴァレル(リルは隠そうとしたがオウルにばらされてしまった)に足蹴りにされた跡である。


「あ、あれは……うん、味方だし別にいいじゃない。攻撃性のある獣や<虚獣>だったら……」

「味方だろうと敵だろうと攻撃は攻撃だろ?」

「うぐぐ……」


 リルは何とか言い繕おうとするが、相手はかなり手強いようである。

 次の言い訳、ではなく言い分をリルが必死に探していると、二人のその様子を眺めていたラナイがのんびり言った。


「二人とも楽しそうですねー」

「「どこが」」


 リルとリュウキは同時にラナイへ顔を向け同音異口に切り返す。図らずも声が重なった二人はすぐに睨むような視線を投げ合った。

 そんな彼女達を見てラナイは瞬きすると小さく笑いを零す。


「二人とも息もぴったりだね」

「ちょ、オウルまで……話をややこしくしないで……」


 ラナイは思ったことを言っただけだろうが、オウルはそうではないだろう。からかうオウルにリルはがっくりと項垂れた。

 一方、そんな三人を見ていたリュウキは心の中に戸惑いが広がるのを感じていた。


(調子狂うな……ラナイは笑っているし、まるで―――……)


 リュウキの脳裏に三年前の光景がよぎる。


 今よりは少し短い髪のラナイは楽しそうに微笑み、山吹色の髪の少女も屈託のない笑顔を浮かべている。隣には憮然とした表情のリュウキ。その頭を強く撫でているのは、にんまりとした顔の栗色の髪の青年―――


 不意に周囲の空気が一変した。冷たく凍るような気配が全身を覆う。それは一瞬だったが、何が起きたのか判断するには十分だった。

 思わずリルは息を呑んだ。


「これって……」

「出た、ね」


 顔に緊張を走らせるリルに対し、オウルは先ほどと変わらぬ様子である。周囲を窺うように見るラナイの横でリュウキが一点を睨んだ。


「ここから近いのかな。放っておくわけにいかないから……」

「移動の手間が省けるな」


 リルの言葉を遮って、リュウキが背中の剣に手をかけながらそう言う。


「え?」

「来るぞ」

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