第2話 祖父の家
翌日、伍は勢いよく私の部屋を開け放った。
私は夏休み初日と言うこともあり、ぐっすりと寝ていたったが、弟の強襲により、その安眠は妨害された。学校で日々溜まっていった疲れがまだ完全には取れていないのに、伍はお構いなしに叩き起こす。
「なに! こんな朝は早くから」
私は叩き起こされたせいで機嫌が悪くなり、少し頭に来たので睨んでしまった。
「じいちゃんの家に行こう」
「今から? って言うか何のために?」
「昨日なぜかブルーボックスが繋がらなかったでしょ。だから昨日のうちにまた未来の僕に電話して聞いてみたんだ。そしたら、回線領域の他に電波領域がるみたい。」
「電波領域?」
「そうそう、例えば山の中でアンテナが立ってないところだと、圏外になる。でも山を下りて、アンテナの近くに行けばまた電波が入る。つまり、時間の他に場所も関係しているらしいんだ。まぁセオリー通りにいけば、平地の方が入りやすそうだけど、なんてたってこれは未来電話。そう簡単じゃない」
「じゃあなんで、伍同士は繋がるの?」
「未来の僕が言うには、僕たちを繋ぐための特定の場所がこの家だったらしい。その場所の条件は相手にとって一番、思い出深い場所なんだって」
「そんな、スピリチュアルじゃあるまいし」
私は思わず、笑ってしまった。今までずっと科学的な話だったのに、いきなりオカルトまがいな話になったので、可笑しかった。
「一概に馬鹿には出来ないよ。ニコラ・テスラだってアストラル体、つまり人間の魂について研究していたし、エジソンだって霊界通信を研究している。つまり、精神世界と科学文明はいつも隣合わせなんだ」
「よく分からないけど、つまりはそれをおじいちゃんの家で試すのね。でも今もあるのかな。二十年間に亡くなったんでしょ、流石に土地とか売っちゃたんじゃない?」
「昨日の話聞いてなかったの? 四十年経った未来の僕はじいちゃんの家から論文を見つけたんだよ」
私は伍にそう言われて少し赤くなった。
「じゃあ早く支度して、良太さんに家の場所、聞こうよ」
「分かったわ」
良太さんとは私の叔父である。実は私たち姉弟は母親が亡くなった後、父に虐待を受けた。
確かに母を失ったショックは父も大きかったのだろう。そのせいで、父は酒浸りになり、会社もクビになった。その当てつけで父は私たちに暴力を振るうようになってしまったのだ。それを助けてくれたのが父の弟である良太さんだ。
たまたま、独身でさらに一戸建てに住んでいたため、私が中学一年生の時からお世話になった。
叔父はあまり、口達者なのほうではない。でも人一倍私たちには優しく、面倒を見てくれる。
そんな叔父も今日は休日のため、家に居るはずだ。テレビの音が廊下に漏れ出すから居るのが分かる。私はそっと戸を引いて、叔父に姿を見せた。
「良太さん、おはよう」
私が軽く挨拶すると、叔父は笑顔で返してくれる。だが私の後ろから同じように、伍が挨拶をすると、叔父は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「もう大丈夫なのか……」
叔父の顔は昨日久しぶりに会った時の私と全く同じ表情だった。
「大袈裟だよ良太さん。たった三か月じゃん」
「心配したよ、俺はてっきり、この生活にストレスを感じてしまったのかと思って……」
少し、気まずそうにする伍に対し、叔父は伍を命一杯抱きしめた。
「まぁまぁ落ち着いてよ」
伍は叔父の肩をやさしく撫でてなだめる。この二人の姿を見ていると、どちらが大人なのか分からない。
「感動の再開のところ悪いんだけど、良太さん。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
伍が冷静に質問をした。
「なんだい?」
叔父は抱きしめていた手を放し、伍の顔を覗き込んだ。
「まぁちょっと、ソファに座ってよ」
「……うん」
叔父は不思議そうにソファに座る。私と伍も叔父の目の前の座り、一呼吸置いた。
「そんなかしこまってなにかあったの?」
「いや、大したことじゃないんだ。でもちょっと聞きたいことがあってね」
「なんでも聞いてくれ」
叔父はテレビを消し、少し構えて、耳を傾ける。
「私たちのおじいちゃんいるでしょ、二十年間に亡くなった」
「俺の親父のことか」
「そのおじいちゃんが住んでいた家の場所を教えてほしいの」
私は慎重に質問した。いきなり、家があることが分かっていては怪しまれる。この電話の存在を口外するのは避けたかったのだ。
「親父の家か、まだ残っていたな。確か俺が鍵を持っているはずだけど。なんでまたいきなり」
「ちょっと興味があって、僕のおじいちゃんのこと知りたいんだ」
伍はすぐにそう言って、フォローする。
「まぁ鍵を渡すのはいいけど、老朽化してるし、中に入っても何にもないぞ」
「でもいいんだ。じいちゃんの住んできた家に行ってみたいんだよ。ただの興味本位だからさ」
伍の真剣な表情に叔父はついに折れ、承諾してくれた。
「分かった。じゃあ鍵を渡す。確かこっちにあったはずなんだけどな……」
叔父はそう言って立ち上がると、リビングの端に置いてあるタンスの引き出しを開けて、金属音を立てながら鍵を探した。
「あったぞ、これだ」
古いタイプの鍵だった。その後、叔父は地図を書いてくれて、とても丁寧に説明してくれた。祖父の家は一駅挟んだ田舎町で、さほど遠くはない。
私と伍はすぐに支度を済ませ、出発した。
駅からは徒歩五分程度だが、外観は一気に老け込んだ。山がすぐ近くにあり、威圧を感じる。
「ここか」
祖父の家は平屋で、周りは田んぼと山ばかり、近くには民家はなく孤立して寂しく建っていた。叔父の言う通り、かなり年季が入っていて築五十年は下らないだろう。
そんなノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。
「早速入ろうか」
伍は叔父に貰った鍵を玄関の鍵穴に差し込み、扉を開けると、挨拶もなしにずかずかと足を踏み入れる。
中は閑散としていたが、物が片付いている様子はなかった。玄関先にあったカレンダーは二十年前のままで、まるでこの家だけ時間が止まっているかのようだ。
家の造りは居間の他に数部屋と書斎。そこまで広い豪邸ではないが、住むには十分の家だった。
「じゃあかけてみよう」
伍は靴も脱がないうちに玄関に座りこみ、すぐにダイヤルを打ち始める。しかし、結果は昨日と同様、ベルが鳴る気配はない。
「やっぱりダメみたいね」
「思い出深い場所が家とは限らない、仕方ないよ」
伍は半分、落ち込んだような仕草を見せる。
「もう諦めたら?」
「何を言っているんだよ。ここで止めたら僕の三か月は全て無駄になっちゃうんだよ。絶対電話してみせる」
「でも他に手がかりがないじゃない」
「そんなのここに一杯あるじゃん。この家全てが手がかりだ」
伍はすぐに立ち上がり、祖父の家を見渡した。
「分かったわ、探しましょ」
私は諦めの悪い伍に呆れ、吐息交じりにそう言って、従うことにした。
靴を脱ぎ、家に上がると、伍は顎を抑え、廊下に立ち尽くして何かを考えている。玄関の先には廊下が続いていて、その先に書斎と居間、そして台所、トイレと続いている。正面には風呂場が構えていて、この廊下こそが家の中心になっていた。
「やっぱり、書斎じゃない?」
「それはもうないでしょ、未来の僕もここに来たって言ってた。つまり、論文は書斎で見つけたんだ。でもそこに電波領域に繋がる手がかりがあるなら教えてくれるはず、でもそこには何もなかった。まぁ僕のことだから、お目当ての論文を見つけた後は無駄を詮索をしなかったんだろう。つまり、未来の僕がまだ見ていない思い出の手がかりは他にある」
「でもここに一人で暮らしてたんでしょ」
「そう断言できるかなぁ」
伍は思わせぶりな態度を取りながら、ふらっと居間のほうへ赴いた。
「お姉ちゃん、これとかどう?」
そう言って、襖を開け放つ、すると私の目に仏壇が飛び込んできた。
「これは……まさかおばあちゃんの?」
「これこそ、じいちゃんの思いでそのもの。そうだと思わない?」
伍はしたり顔をして、壁に手をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます